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福岡はラーメンよりうどんで「ウエスト」だし、讃岐もカトキチも凄いよね
福岡はうどんの土地だ。博多ラーメンの存在感が強いため、存在感がないが、実は地場のうどんチェーン、個人うどん店などがそこやここらにある。博多うどんの麺は柔らかい。大阪のうどんと近いふよふよ系である。大阪の麺は丸太く、出汁は透き通っている。ゆえに、単調になりがちで飽きることもある。一方で、福岡のうどんの出汁は、甘い醤油の甘めだし。これが柔らかい麺とよく合う。
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麺は噛めば味が染み渡るし、飲めばするすると胃にダイブ。オリンピック高飛び込み代表に内定。余談だが、幼少期「すうどん」は「酢うどん」だと思っていた。出汁が酢というストイックうどんだと思っていた。ゆえに、大人の、ツウその大人のたべもんだと思っていた。酸っぱいうどんを想像しただけで、口がギュッとなる。わたしは嬉しくないパブロフ。「素うどん」だと知ったのはずいぶんあと。子どもの私は、「酢うどん」を食べる大人の気がしれんと思いながら、もっぱら「きつねうどん」や「月見うどん」を食べていた。
新卒で香川に配属されたとき、まずは、「うどん美味しいしいいやん」と他人事顔で言ってくる友達に対して「人はうどんで引っ越さねぇんだよ」と思い、その次に、讃岐には「すうどん」がなく、「かけうどん」と呼ぶことを知った。だから、大人になった今も、結局「すうどん」を食べたことはない。もしかしたら「酢うどん」なのかもしれない。検証していないのだから、決めつけるのはやめておこう。
福岡のうどんといえば、「ごぼ天うどん」だ。でかでかと、ごぼうの天ぷらが鎮座している。日頃ごぼうの天ぷらに出会うことはあまりない。にもかかわらず、うどんには当然の顔をして鎮座している。どうしてなのか。ごぼうがよく採れるのか。ごぼうの名産地なのか。今のところそのような話は聞いたことはないのだが、福岡といえば「ごぼ天うどん」だと当然のように思っている。
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讃岐うどんのエースは、ちくわの天ぷらだろう。こいつも、あまり他では見ないのに、当然のように固くコシのある麺に腰を据えている。うどんには地域性がでる。
ごぼ天。サクサクと歯ごたえを有しながら、甘いつゆに使ったぐしゃぐしゃの天ぷら衣も楽しめるごぼ天。うどんにはこれが一番合うとすら思わせてくれる。海老天とは何だったのか。天ぷらの4番エースを宿命付けられているくせに、福岡でも香川でもあまり出番がない。うどんにはごぼ天もしくはちく天なのだ。
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これは最近すかいらーくに240億円で買収され話題になった資さんうどん(北九州)。なぜかぼた餅が名物で、福岡定番お土産めんべいとのコラボもある。めんべいとぼた餅の相性は、良くはなかった。
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私が最も好きなうどんチェーンは「ウエスト」である。福岡でしか見かけない。カタカナ書きのファミレスのような看板にもかかわらず、うどん一色の店内。なんと24時間営業の店舗も多々あるのだ。
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加えて17時以降は居酒屋にもなる。(一部店舗除く)もつ鍋 1人前 264円は狂気の沙汰。枝豆やフライドポテトなど様々なおつまみが200円とか300円で頼めてしまう。もちろんビールもある。だからウエストは常に大盛況である。夜中も早朝もうどんだ。確かに、飲みの締めはラーメンではなくうどんに任せた方が、罪悪感も翌朝の胃もたれも少ないだろう。だから、福岡といえば博多ラーメンと決めつけずに、かならずうどんを食べてみてほしい。いや、必ずは過言かもしれない。うどんは気合を入れて食べるものではないから。
特に何も食べる気が起こらないときとか、時間がないとき、安く抑えたいときなどに活躍するのがうどん。うどんと向き合うときは、常に平常心。うどんを食べたいという気持ちではなく、食べたいものがないからうどんくらいで済ますか〜。この気持ち。一見うどん軽視にも見えるこの気持ちこそが、、うどんの美味しさを最大限に引き出してくれる。平常心のはずなのに心がどゅーんと上振れする。少し甘めの出汁が、体に染み渡っていることがわかる。一時的に血液がお出汁になり、私の心臓はお出汁ポンプと化す。人体の60%はお出汁だ。そして私の贅肉こそがうどん麺。私とうどんはこうしてひとつになった。という気持ちにさせてくれる。一瞬させてくれる。うどん化は長くは続かない。うどんとは泡沫の夢。そしてまた次の日にはべつのうまいもんを食べたくなる。それでいいではないか、それ以上何を望むのだろうか。
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うどんについて熱く語ってはみたものの、私の好きな食べ物ランキングでいうと、うどんは下位である。小麦の固まりであるという罪悪感。どうせ小麦を接種するなら上位であるパンを食べたい。加えて、小鉢が大量に並ぶ定食好きな私にとって、7分以内に食べ切れるどんぶり料理はマトリクスでいくと対局に位置するため、比較的嫌い寄りのそれである。
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香川では、流石にうどん脳に侵され、日々うどんを食べていたものの、東京生活では数えるほどしか食べなかったうどん。しかし、ここまでで1700文字くらいうどんについて熱弁するほどの思いもある。うどんとはなんと矛盾をはらんだ食べ物なのか。好きなのに嫌い。嫌いなのに体はうどん。ツンデレすぎる。最後に述べたいことは、福岡のうどんのことではない。カトキチの冷凍うどんはそんじょそこらの讃岐うどんよりうまいから冷凍庫に一生入れておけ。ということだ。一生 keep カトキチ。エブリデイカトキチ。
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そう誓っていたのに、ここ6年くらい買ってもいない。人は変わる。この世に絶対なんてない。でも断言する。カトキチはおいしいよ。絶対ね。以上です。