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【富士川水運歴史館】企画展「山車の歴史と未来」を見に行く

はじめに

 富士川町歴史文化館「塩の華」にある富士川水運歴史館にて、企画展「山車の歴史と未来」(2024.10.8~10.31)を開催しています。水運の河岸として栄えた鰍沢には4台の山車が現存していて、本年は5年ぶりに山車の巡行が行われます。
 トップ画像は富士川町の公式ゆるキャラ、ゆずにゃんです。ゆずにゃん公式Xからの画像です。注 : 筆者はゆずにゃんに会っていません。

水運の河岸にある舟蔵をイメージした建物

 富士川水運歴史館についてはこちらをご覧ください。


山車の歴史と未来

 山車巡行祭り(2024.10.27開催)は富士川町合併15周年を記念した山車の巡行です。10周年に続き5年ぶりの山車巡行祭り開催です。
 水運で栄えた江戸時代から鰍沢に伝わるきらびやかな山車とその歴史を紹介する展示です。

「山車の歴史と未来」
写真は5年前の巡行
裏面は山車の詳しい解説文
富士川水運歴史館の前

 企画展「山車の歴史と未来」(2024.10.8~10.31)は2階の展示室にて開催です。普段は上がることのない2階ですが、企画展示を行う時だけ解放されます。

2階展示室へ

 展示室に入ると、特に目を引くのが山車の車輪と鰍沢ばやしの幕と太鼓です。

展示室の概観

 ガイドの方がおれられ解説していただきました。
 各町の山車は普段は解体されて保管されているといいます。それは山車にはたいへん荷重がかかっており、部材の消耗を防ぐためです。
 唯一分解せずに保管されているのが仲町の山車ですが、台車部分の荷重を減らすようジャッキで支えられているといいます。

山車巡行祭り

 通常お祭りというと毎年、あるいは何年に1度と決まって行うものですが、鰍沢の山車巡行祭りはさまざまな事情によって不定期開催になっていました。
 これまでの山車巡行を転記いたしましたが、かなりの不定期です。本年の祭りは富士川町町制施行15周年を記念しての実施となります。

昭和3年(昭和天皇即位を祝っての山車巡行)
昭和22年(新憲法施行記念祝賀における山車巡行)
昭和25年(富士橋の竣工を記念しての山車巡行)
昭和29年(鰍沢町制施行60年町制祭における山車巡行)
 昭和30年五開村合併し新しい鰍沢町となる
昭和41年(合併10周年における山車巡行)
 昭和47年保存会結成
 昭和49年鰍沢町有形文化財指定
昭和50年~60年(大法師桜まつりにおける山車巡行)
平成2年(天皇(現上皇)即位をを祝っての山車巡行)
平成21年(国道の電線地中化整備、町制施行114年による山車巡行、19年ぶり)
 平成22年富士川町となる(鰍沢町と増穂町合併)
平成25年(「国民文化祭やまなし」における山車巡行)
平成26年(富士川町制施行5周年記念による山車巡行)
令和元年(富士川町制施行10周年記念による山車巡行)
令和6年(富士川町制施行15周年記念による山車巡行)

出展 : 山車巡行祭りの歴史パネル

 平成時代に入ると19年間行われていませんでしたが、道路事情によるもので山車を通すために通行止めができませんでした。しかし平成の合併で鰍沢町が無くなることから合併の1年前に巡行祭り実施に至ります。このころになると周辺にバイパス(甲西バイパス)が出来て通行止めにする影響が無くなったことにもよります。

5年前の巡行祭り
各時代ごとの残る巡行祭りの写真から

山車の車輪

 太鼓や法被を除けば、唯一の実物展示が山車の車輪です。画像では分かりにくいですが、直径1メートル80センチあります。実際の仲町の山車の車輪だといいます。

山車の車輪(1メートル80センチ)

 模型もあります。こちらは上町の山車です。カラーと無色の違いです。こちらの実物は組み立てられた状態で旧52号沿いの収蔵庫にあり、眺めることができます。

上町の山車の模型

4台の山車

 鰍沢にはその昔、各町に山車があり合計6,7台あったとされています。しかし、度重なる水害で川に近いところの山車は流出し、現在は上町(上宿)・二丁目(八幡町・緑町)・仲町(三丁目)・本町の4台のみが残されています。
 高さ4メートル以上、横幅1メートル70センチ、全長7メートルはあるという大きな山車は。現在まで地区ごとに大切に管理されてきました。4台の山車は町の文化財に指定されています。

各町の山車の紹介パネル

 上町の山車は、4台ある山車の中で最大です。組み立てられた状態で保存庫に収められている山車です。展示の山車の模型もこの山車です。

上町の山車

 唯一舞台部分が90度回転する機構をもっており、舞を披露するときは舞台の広いほうが正面を向きます。

90度回転した舞台の写真も

 二丁目の山車は、優美と趣と品が特徴だといいます。四君子(竹、梅、蘭、菊)があります。装飾は開催ごとに変えているそうです。

二丁目の山車
年代により装飾が異なる

 仲町の山車は、鳥居と稲穂を飾っているのが特徴です。地区に稲荷神社があり、脱穀前の稲穂を飾るのだといいます。

仲町の山車
山車の稲穂がスッと伸びています

 本町の山車は、千鳥や龍など彫り物が施されているのが特徴です。

本町の山車
屋根部分に彫刻が施されている

村田一夫氏の写真

 展示されている写真の多くは、地元の写真家故村田一夫氏の撮影によるものであるといいます。10年ほど前まで村田氏の子息が「村田一夫富士川写真美術館」という私設の写真美術館とし自宅で写真を公開していました。その写真美術館は閉鎖され、写真は富士川町に寄贈され、昔の様子を伝える資料として活用されています。

村田一夫氏撮影写真

 こちらは道幅も狭いところを山車がいっぱいに通っています。

昔の道は細かった

 こちらはも道幅はいっぱいです。山車が連なってきています。また人もいっぱいで身動きとれないくらいです

道幅いっぱいの山車

 昭和40年代になると道路も広がってゆとりをもって山車が進んでいます。

道が整備されている

 しかし、昭和時代の末期、平成時代の始めになると交通量の増加のため片側車線にて巡行になりました。

なんとか片側車線で巡行

鰍沢ばやし

 祭り囃子も山車巡行には欠かせません。鰍沢ばやしは、1850年(嘉永3年)、祇園囃子と江戸囃子が入り混じって生まれたものだといいます。巡行する山車ごとに演奏する囃子は異なっていたようですが、現在は鰍沢ばやし保存会により残されているため、すべての山車で同じ囃子を演奏しているといいます。

保存会の幕と太鼓

 太鼓も革を張り替えるなどしていますが、内側に書かれた日付より嘉永3年に作られたものだといいます。

山車や地域の祭りでの演奏の様子

おわりに

 実はあまり注目していた展示ではなく立ち寄ったのでした。しかし町の様子を記録した写真と、ガイドさんの山車と巡行祭りの解説によりなかなか奥深いものだと感じました。町それぞれに歴史があります。残していくことの大切さを感じて本稿にいたしました。

昭和56年の山車巡行

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