【早川家住宅】「地下鉄の父」郷里に残した青年道場の夢 2023春の見学会
はじめに
笛吹市一宮町の桃畑の中にある早川家住宅は、東京に東洋初の地下鉄を開業させた「地下鉄の父」こと早川徳次の生家のあった場所です。
早川は東京地下鉄株式会社の社長を退任したあと、郷里に戻り若者の育成のための私塾「青年道場」を開く計画を進めていました。この住宅は講師舎と呼ばれ、遠方から招く講師の宿泊所として建築されたものです。
個人所有のため普段内部は公開されていませんが、春と秋に見学会が催されています。
見学会より2カ月以上過ぎてしまいましたが、建物の様子を紹介いたします。
早川徳次
早川徳次の地下鉄への情熱と、青年道場の計画までを前稿から再編集して掲載します。
早川徳次(1881年～1942年、明治14年～昭和17年)は、御代咲村(現在の笛吹市一宮町)に7人きょうだいの末っ子として生まれました。父常富は村長を務めました。
早川は早稲田大学在学中より後藤新平(1857年～1929年、安政4年～昭和4年)の書生となり、卒業後は後藤新平が総裁を務める南満州鉄道(満鉄)に入社しました。その後、同郷の「鉄道王」こと根津嘉一郎(1860年～1940年、万延元年～昭和5年)のもとで佐野鉄道(現在の東武佐野線)と高野登山鉄道（現在の南海高野線)の再建を成し遂げ、根津の信頼を得ます。
(1)地下鉄への情熱
1914年(大正3年)、ロンドンを訪問した早川は地下鉄の発達している街に衝撃を受け、東京に地下鉄を作ることを決意します。
早川は、渋沢栄一ら実業家に出資を願い出るために地道な調査と裏付けを取りました。有名なのは豆を使って数えた交通量調査と、軟弱と言われた東京の地質調査でした。
1920年(大正9年)、資本家や政治家たちの説得が実り「東京地下鉄道」の設立にこぎつけます。関東大震災や第一次世界大戦による恐慌など困難な状況に見舞われますが、1927年(昭和2年)に浅草－上野で東洋で初の地下鉄を開通させました。
(2)五島慶太との対立
路線は上野から神田、新橋へと延伸し地下鉄を軌道に乗せました。そうした裏には自動改札の導入や、火災時の安全を考え鋼製の車両にしたり、さらには百貨店の地下に駅を作る代わりに駅の建設資金を負担してもらう。また自身の会社も地下鉄ストアを営業するなどアイデアと多角経営がありました。
多角経営は韮崎市出身で阪急の創業者小林一三(1873～1957、明治6年～昭和32年)から倣ったといいます。また、山梨県立博物館の学芸員O氏によれば「良い品をより安く」の宣伝文句は一三の阪急ストアからの拝借とのことです。
しかし、東急グループの創設者で「乗っ取り屋」の異名を持つ五島慶太(1882年～1859年・明治15年～昭和34年)が地下鉄事業に進出し、新橋駅での路線の乗り入れを要求されました。五島との対立は5年に及びましたが、1939年(昭和14年)、五島により早川の東京地下鉄道の株を買い占められたことにより、早川は経営から退きます。59歳でした。
(3)幻と消えた青年道場
早川は東京地下鉄道の社長を退いてから、故郷である笛吹市一宮町へ帰り、若者の育成のための私塾「青年道場」を開く計画を進めていました。
早川は社長時代から人材育成を重視していて「凡そ如何なる世にも、仕事をするに大切なるものは人である。一も人、二も人、三も人であると思ふ。」と言っていました。前出の学芸員によれば、この言葉は師と仰いだ後藤新平の言葉に初出があったといいます。
青年道場の建設は、甲府中学校(現在の甲府第一高校)の後輩であり後に東京タワーを設計を担った内藤多仲(1886年～1970年、明治19年～昭和45年)に依頼し準備が進められていました。しかし、社長退任からわすが2年後に早川は急逝します。61歳でした。
早川家住宅見学会
2023年春の見学会は、3月26日(日)の午前に行われました。笛吹市一宮町で早川徳次の功績と生涯を伝える活動をしている「早川徳次ふるさと後援会」の主催です。
見学会当日はあいにくの雨でした。指定された観光ぶどう園の駐車場へ車を停めて徒歩で向かいます。桃畑の中の小道を5分ほど歩くと平屋の日本家屋が見えてきます。
早川家住宅(講師舎)
生家の跡に建つ早川家住宅(講師舎)の建物は昭和14年頃の建築です。講師の宿泊施設として建築したため大変豪華な造りとなっています。同じく昭和初期の建築で山梨市にある根津記念館(根津嘉一郎の生家跡)もたいへん立派ですが、こちらのほうが数段上です。
講師舎と青年道場(未建築)の設計は甲府中学校(現在の甲府第一高校)の後輩であり後に東京タワーを設計した内藤多仲に依頼しています。
国の登録文化財に指定されているため、2021年(令和3年)とつい最近になってから笛吹市教育委員会による案内板が設置されています。それだけ笛吹市として早川の功績を扱うことは少なかった。そしていまも少ないのが実情です。
玄関
建物は中央に玄関があり、左右に広がる作りです。当時、中央線は開通していたものの宿泊しなければならず、講師を迎えるために贅沢を極めた建物ものです。右手側が講師など来客のためのスペースで、左手側が早川家のプライベートスペースになっていました。客用のスペースには中庭やサンルーム、テラスなどもあります。
建物の中では早川徳次ふるさと後援会の方たちが案内に立ち質問にも答えてくださいます。
玄関の上りの部分ですが、石垣のような意匠です。それ以外にも細かい部分の意匠や材料がたいへんに凝っています。
玄関から入り正面の小部屋に早川徳次の胸像が迎えてくれます。玄関に面した小部屋にもかかわらず書院造りになっています。付け書院という作りの部分に徳次の銅像や写真や登録文化財のプレートがあります。
客間
玄関から右手に進むと洗面台がありその先にサンルームと客間があります。
客間では、見学会の冒頭で地元小中学生から募集したふるさと作文コンテストの表彰式がありました。制服の中学生やスーツ姿で正装した小学生とその家族が座っています。表彰は、東京より地下鉄博物館前副館長のA氏から渡していました。
さてこの客間ですが、サンルーム、水屋、中庭を備えています。もちろん正面の庭にも面しています。
庭のほうから撮影した様子です。書院造りになっていて、床の間や付け書院などに早川徳次ゆかりの写真が置いてあります。
水屋の画像は用意できませんでしたが茶室のように、お茶の準備と片付けをするための小さい部屋が付いています。
サンルームはほぼ全面ガラス戸で作られています。のきの部分も光を取り入れるようになっています。
裏のベランダからは甲府盆地が一望できたそうですが、現在は中央道の高架が通っています。
サンルームもそうですが、ガラス戸が直角に合わされていて、それでいてほとんど柱はかなり細くしてあります。これは高度な技術で作られているとのこと。
伊藤博文の書がありました。徳次の父常富が書いてもらったものと伺いました。伊藤博文といえば、中央線の甲府開業直前の明治36年に尽力した実業家のひとり「天下の雨敬」こと雨宮敬次郎の生家(現在の甲州市塩山)に泊まり、翌日甲府を訪問しています。その時に書いてもらったものと推測できます。
中庭
中庭を囲うように廊下があります。廊下の意匠が凝っています。
講師の部屋
講師の宿泊用の部屋でしょうか、シルクが織り込んであるというふすまは光の当たり方で光って見えます。
別の部屋です。書院風です。
水回り
トイレですが、小便器のとなりの壁は竹を使ってあり、個室の扉も上部に透かし彫りがありたいへん手が込んでいます。
風呂は当時としては最新だったのでしょう。
実現しなかった青年道場
青年たちが宿泊し学ぶ青年道場の建物は近代的なコンクリート作りが計画されていました。実現せぬまま徳次は急逝しました。青年道場の立体模型です。
講師舎の西側で現在は桃畑になっているところに建設予定でした。こちらも内藤多中の設計でした。解説によれば、60畳の講堂、講師の控室などからなり洋館風の建物で、かつて社長時代に神奈川県の逗子に社員の研修施設とした聖智寮に似た建物になる構想でした。
右の写真は徳次と養女の昭和(1928～)、昭和さんはご健在とのこと。
その隣の肖像写真は、渋沢栄一、後藤新平、大隈重信、根津嘉一郎と徳次と関係の深い人物たち。
プライベートスペース
玄関より左側はプライベートスペースで台所などはリフォームされて使用されています。孫の史徳氏が普段から行き来してこの建物を管理をされているとのこと。部屋に掛かる写真や仏壇から徳次の家系を説明してくださいました。
庭の跡
かつての有名な大欅がありましたが、伐採されていました。
大欅の跡と屋敷神の祠です。かつては講師棟から祠まで向かう渡り廊下が作られていたそうです。
講師棟を建てる前の生家時代の写真があります。後ろに大欅があります。
庭のほうから撮影した写真には大きな石がたくさんあるのが分かります。築庭の工事の様子ではないかとのこと。池のある庭になりましたが、埋められてて現在は桃畑です。大きな庭石は石和温泉のホテル石庭に移されたそうです。
手作りの図録
『地下鉄の父 早川徳次展ー郷里に残した「青年道場」の夢ー』を参考資料にさせていただきました。
この本は2014年(平成26年)、第60回一宮町文化祭の展示として「地下鉄の父 早川徳次ー郷里に残した「青年道場」の夢―展」があり、その後の要望に応え展示内容を図録化したものです。カラープリントとホチキス止めで作られたものですが、地元に早川家があるからこそ分かる貴重な資料です。見学会当日200円で購入したところ、参考資料としてたいへん有意義なものでした。
おわりに
高野正成のひ孫と自己紹介される年配の女性が訪れて、徳次の孫の史徳氏と対面し会話されておりました。郷土の先駆者の子孫同士の語らいにほかの来場者たちと一緒に立ち会わせていただきました。貴重な機会いただきました。
高野正成ですが、甲州市勝沼町でワイン醸造を学ぶために土屋龍憲とともにフランスへ留学しました。甲州市勝沼のワインで見かけるこの有名な写真の方です。
高野正成に関する資料は甲州市勝沼町の「ぶどうの国文化館」に展示されています。
参考文献
一宮町を考える会編『地下鉄の父 早川徳次展ー郷里に残した「青年道場」の夢ー』一宮町を考える会、2015
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