【大日影トンネル遊歩道】明治時代の廃線トンネルを歩く
はじめに
甲州市の勝沼ぶどう郷駅の東側では、トンネルが3つ並ぶ光景が見られます。2つのトンネルは現役の中央本線のトンネルで、端にある古いレンガ積みのトンネルは役目を終えたトンネルで、観光向けの遊歩道に転用されている旧大日影トンネルです。
この遊歩道は、安全上の問題が指摘され長らく閉鎖されていましたが、対策を施し2024年(令和6年)3月より通行が再開されました。
勝沼ぶどう郷駅は甚六桜という桜の名所ですが、全国的な開花の遅れは山梨でも例外ではなく、筆者の訪れたときでも2分咲きでした。
甚六桜については昨年の記事をご覧ください。
勝沼ぶどう郷駅
勝沼ぶどう郷駅は、甲州街道の勝沼宿からは大きく外れた山の上にあります。中央本線の甲府開業は1903年(明治36年)です。それより遅れること、10年後の1913年(大正2年)に地元からの要望で勝沼駅として設置されました。
笹子トンネルからの高低差が大きく急勾配を避けるという地形上の制約から線路は塩山駅へ向かい大きく迂回しています。その途中の菱山地区に駅が設けられました。
駅は勾配の途中に作られたため、停車する列車はスイッチバックして引き込み線に入って水平を確保する方式をとっていました。その後、1968年(昭和43年)に複線化を機にスイッチバックを廃止して勾配上のホームに発着する現在の構造になりました。1993年(平成5年)、勝沼ぶどう郷に駅名を改称しています。
駅構内は改札に駅員がいます。ただしJRの関連会社への委託です。みどりの窓口は廃止されており指定席対応券売機による対応です。ほかに観光案内所と簡単な飲食コーナーとワインを扱うみやげ店があります。
また外には観光用にレンタサイクルの用意があります。レンタサイクルで勝沼周辺を散策している観光客をよく見かけます。
「勝沼駅」のスイッチバック跡
かつてのスイッチバックの引き込み線跡が駅舎の両側におよそ2キロメートルに渡り残ります。この引き込み線跡を中心に1000本の桜が植えられ甚六桜と呼ばれ、県内有数の桜の名所になっています。訪問時はまだ2分咲きでした。
下り方面(甲府方面)は甚六桜公園と命名されています。ホーム跡が一部残されています。
ホームの上には再現であろう駅名版があります。
ちょうど上り普通列車が入ってきました。25パーミル(1000メートルに対して25メートルの高低差)の勾配上に停車しています。
下り方面へ進むと線路の位置はだんだんと低くなり、かつてはこの先に引き込み線への分岐があったと思われます。
上り方面(東京方面)にも引き込み線の跡は残ります。こちらは、駅前甚六公園といいます。
貨物牽引に活躍したしたEF64電気機関車の18号機が静かに余生を送っています。1966年(昭和41年)に製造され、2005年(平成17年)に引退しました。スイッチバックの時代も知る中央本線の生き証人です。2021年(令和3年)にはクラウドファンディングにより資金を集めペンキの塗り直しを行うなど大切に管理されています。
引き込み線の跡はまだ続きます。水平な引き込み線の跡に対して、線路とホームの位置は高くなっていくことから、こちら側に対して上り勾配になっていることがよく分かります。
引き込み線の終端には、橋脚部分が残ります。すぐ隣は煉瓦積みのアーチの水路になっています。
トンネル工事のために作られた煉瓦は水路などの土木工事のほかにも、勝沼では旧田中銀行の蔵、醸造所の建物など建築資材としても利用されています。
3つのトンネルが並ぶ光景
引き込み線の終端まで来ると線路はだいぶ高いところにあります。階段を上ると線路と3つ並ぶトンネルが姿を現します。
レンガ積みの大日影トンネルが中央本線開業時のトンネルです。
その後、複線化に伴い1968年(昭和43年)上り線用の新大日影トンネルが作られると、大日影トンネルは下り線用になりました。
1997年(平成9年)、新たな下り線用として新大日影第2トンネルが作られたことで、レンガ積みの大日影トンネルは役目を終えました。
閉鎖と再開
役割を終えた大日影トンネル(1367.8メートル)とその先に続く深沢トンネル(1100メートル)は勝沼町(現甲州市)に無償譲渡されました。
大日影トンネルは2007年(平成19年)8月から「大日影トンネル遊歩道」として開放していました。また深沢トンネルは「勝沼トンネルワインカーヴ」(貯蔵庫)に転用されました。
ところが、大日影トンネルについては、2016年(平成28年)に実施した「トンネル健全度調査」において、漏水及び経年劣化への予防対策が必要と判断され、2016年(平成28年)4月から閉鎖となりました。
安全対策に多額の費用がかかることから、方針は決まらず「当面閉鎖」状態がしばらく続きましたが、安全対策を施して再開することを決定しました。2024年3月24日、およそ8年ぶりの再開となりました。
大日影トンネル(1367.8メートル)を歩く
トンネル遊歩道は、無料で通行できますが、9時~16時以外は閉鎖されます。通行には片道30分程度かかることも考慮して通行する必要があります。
銘板は「大日影トンネル遊歩道」になっています。レールはすべて残されています。一部はその先の深沢トンネルのものを転用交換されているといいますが、往時に近い形を残しています。線路の両側が舗装されて歩道になっています。
直線トンネルのため1367メートル先の明かりが見えます。勝沼ぶどう郷駅の方から歩くと行きは上り坂、帰りは下り坂になります。
入ってすぐの壁面に保守用の掲示を見つけました。
センタードレーンが970メートル、ベンチマークが26カ所ある書かれています。
ベンチマークとはこの四角い測量の基準に使う標識のことです。これが50メートル間隔で置かれています。歩行時に気を付けないとつまづきます。
また、センタードレーンとは線路の内側に設けられた水路のことです。このトンネルの最大の特徴ともいえるもので、上り方面(東京方面)に湧水を流すための水路が330メートルにわたり設置されています。笹子トンネルにも同様に水路が設けられていますが全国的に珍しい構造です。
もともと、湧水が多いようで、線路の上に水たまりができている箇所もあります。
このトンネル工事には明治30年から明治35年までかかりました。イギリス人技師の指導で建設されたため煉瓦の積み方はイギリス積みという長い面(長手)と短い面(小口)を一段づつ並べていく方法を取っています。フランス積みよりも強固である利点があるそうです。
また、使用している煉瓦は当時日本最長のトンネル工事だった笹子トンネル東側と西側にてそれぞれ製造されました。西側は甲州市勝沼の小佐手地区で粘土を採取して、甲州市塩山西野原地区に煉瓦工場があったといいます。ただし、現在西野原地区で煉瓦工場の跡を特定することはできません。
壁に黒や灰色した煤が壁面に不着しています。1931年(昭和6年)に甲府までの電化工事が完了するまで走っていた蒸気機関車の排煙によるものです。笹子トンネル内で排煙による運転士の窒息事故があったため、甲府までの電化は急務で昭和の初期に完成しています。甲府から先の電化は太平洋戦争後になります。
列車が来たときのための保線作業員の退避所がいくつも設けられています。大型のものが2カ所、中型小型のものは34カ所あります。これらもきれいなアーチで作られています。退避所には「大日影トンネル」「中央本線」の歴史を紹介するパネルが設けられています。また、トンネル内は携帯電話が繋がりにくい箇所もあるため外部との連絡のためのインターホンも設置されています。
大型の待避所にも歴史を紹介し たパネルがありますが、ベンチも置かれています。
200メートルおきに距離を示す掲示板があります。
こちらはキロポスト(距離標)で東京起点で何キロの位置にあるか示す標識です。このタイプは500メートルおきに設置されているもので110.0キロメートルを示しています。
この先、線路の中央に水路(センタードレーン)があります。970メートル地点から330メートル続きます。
勾配変更表示板、そのままが残ります。左側が破損されていますが、本来ならば、左から右に下り勾配で25.2パーミルから25パーミルへの変化することを表しています。パーミルとは1000メートル進むと何メートル高さが変化するかを示した単位です。
反対側の光が次第に大きくなってきました。見えてはいても、なかかなたどり着けないもどかしさがあります。撮影しながらだと裕に30分を過ぎてしまいました。
天井の補修
ところで、トンネル内の天井は帯のように色が変り一直線に伸びています。これは煉瓦の剥落を防止するためにトンネル内の天井全体にわったってガラスクロス付き連続繊維FRP格子筋(トウメッシュ)を張り付けたものです。トウメッシュ工法といいます。この費用に2億6000万円かっています。照明の変更、防犯カメラの設置などの更新と併せて、総工費3億4600万円かかったようです。
おわりに
駅から近く、車でも鉄道でも訪れやすいトンネル遊歩道の紹介でした。天井は改修されてしまいましたがレールや内部の機材は現役時代に近い形を保っています。改修費用の高さからこの遊歩道については賛否が分かれそうですが、笹子トンネルと同時期に作られたトンネルとして近代建築としての価値は高いものと考えます。また笹子トンネルはいまだ現役ということからも当時の最高の技術をもって建設されているのです。
遊歩道を出るとその先には、旧深沢トンネル(1104メートル)があります。こちらは、「勝沼トンネルワインカーブ」(貯蔵庫)として利用されています。こちらは次回紹介いたします。
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