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取り扱い注意の缶詰【ショートショート】

 タケシの通う小学校で、今日は防災訓練があった。先生から家庭でも非常持ち出し品を点検するようにと言われた。家に帰ると、お母さんに非常持ち出しのことを聞いた。
 お母さんがクローゼットからリュックサックを出すと、テーブルの上に置いた。
「これがタケシの分よ」
 タオル、懐中電灯、マスク、軍手などが入っている。
「お母さん、非常食はないの?」
「こっちに入ってる」
 お母さんは大きなリュックサックを出した。中には缶詰やレトルト食品があった。そこから少し分けてもらったが、他にも買い足したいと思い、タケシはネットで検索した。家からほど近い所に雑貨店がある。行ってみることにした。自転車で雑貨店に向かうと、そこは元店舗だったところに自動販売機だけが並ぶ倉庫のような感じの無人販売所だ。
「自動販売機のお店か? ここに何があるんだろう?」
 見回してみると、飲料水から菓子、文房具、下着、雑誌の自販機が並んでいる。非常食はなさそうだ。すると左の奥まった場所に地味な色の自販機を見つけた。
『非常時にひと缶
 あなたのお役に立ちます』

 大きく書かれた文字が見えて、近づいた。
 見本には『畑、海、川、山』のラベルが貼ってある。自動販売機に書かれた注意書きを横目で見る。
・一度の何個も開けないこと。
・開ける場所をよく考え、選ぶこと。

 1缶は300円から500円。値段が上がるほど大きい。缶のサイズタケシはまず、1番小さい300円を買うことにした。お金を入れて『畑』のボタンを押す。うい~んと鳴ってしばらくして、ガタンと缶が落ちて取り出し口から缶を取った。ツナ缶ほどのサイズに緑色の『畑缶」のラベル。持ち帰って机の上に置いた。
 裏面の表示を見ると使い方があった。
1,缶を開けたら、土が湿るくらいの水をあげる
2.日に当てて成長を促す
3,一週間ほどで芽が出ます
4,実が成ったら収穫できます
5,一缶で約三ヶ月の収穫可能です
6,実が成らなくなったら土を捨て、缶が各自治体の指示に従って捨てください

 何度も読み返したが、何の実が成るかは書かれていない。不信に思ったけど、何が育つか興味のほうが先に立つ。
 台所からコップに水を入れて戻ってきた。缶のフタを開けた。こげ茶色の土があった。少しずつ水を注ぎ、湿ってきたところでやめる。
「早く芽が出ないかな」
 
 畑缶に水をやって五日目の朝。土が盛り上がってきた。七日目の朝にようやく芽が出た。芽が出るとぐんぐんと育っていく。二週間目にはミニトマトになった。触ると確かに本物のミニトマトだ。枝からもぎって匂いを嗅ぐ。台所に行き洗って口に入れてみた。
「本物のミニトマトだ。味もサラダに乗ってるのと同じ」
 この缶詰なら非常時には新鮮な野菜が食べられるかもしれない。こうなると海缶や川缶、山缶が気になってきた。いてもたってもいられず、タケシはあの自動販売機に向かって、自転車を走らせた。
「残りの缶詰を全部買うんだ!」
 急いで自動販売機の並ぶ雑貨店に飛び込むように入った。千円札を入れると、300円の缶詰のボタンを順番に押した。ガタン、ガタンと受け取り口に缶詰が落ちる。持ってきたレジ袋に缶詰を入れて、自転車にまたがると速攻で帰った。
 部屋に戻り、わくわくする気持ちを抑えきれず、ラベルの使い方も読まずに全部の缶のフタを開けた。海と川の缶には小さな透明なサイコロ状の塊。山缶には黒い土が入っていた。水を入れて窓の近くに並べて眺めた。すると、海缶がカタカタと小刻みに揺れ、川缶がコポコポと音を立てて、山缶がぶくぶくと泡立った。何が起きるのだろう。タケシの目が輝く。
 次の瞬間、それぞれの缶詰の中から飛び出してきたものは……。
 タケシの叫びと大きな音を聞きつけて、お母さんが部屋のドアを叩いた。
「タケシ? どうしたの? 何があったの?」
「お、お母さん……。助けて……」
「今、開けるからね?」
 思い切りドアを開ける。
「何よ、これ!」
 お母さん目にした光景は、部屋の中いっぱいにそびえるように立つ山と床に流れる川。ベッドの上は海だった。タケシはベッドの海の中に浸かりながら浮いていた。
「使い方を読まなかった。注意書きも、きちんと理解してなかった。いっぺんに缶を開けちゃダメだったって書いてあったのに……」
                 【了】

ショートショート作家の田丸雅智さんの著書「たった40分で 誰でも小説が書ける 超ショートショート講座」WAVE出版を読んで、巻末付録のワークシートを参考にして書きました。

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2022年9月18日(日曜日) 奈央

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奈央
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