銭湯を引き継ぐということ〜朝霞の銭湯あづま湯・店主交代の経緯
はじめまして、2024年8月1日から、埼玉県朝霞市(あさかし)にある銭湯・あづま湯の運営を引き継ぎ、新たに店主を務めることになった、佐藤と申します。7月の1か月間、現オーナー/店主から銭湯のさまざまな業務を学び、店頭に立ちながら運営体制切り替えの準備を行っています。
私自身は、これまで12年ほど、シンクタンクのコンサルタントとして、国や自治体・教育機関・企業を対象に、いろいろな計画づくりや事業推進・業務改革のお手伝いをしたり、あとは東日本大震災からの復興に向けた中小企業や起業家・NPOのサポートなどもしていました。現在38歳。40歳を前に、これまでのキャリアとは全く別の道に進むことにしてみました。
銭湯・サウナ好きの方のなかには、いずれ自分もなんらかのかたちで銭湯やサウナの運営に関わりたいという希望をお持ちの方も多くいらっしゃるのではないかと思います。私もその一人でした。
この記事では、そもそもあづま湯ってどんな銭湯なのか、どういう成り行きで銭湯運営を引き継ぐことになったのか、これからのあづま湯はどうなっていくのか、書いていきます。
銭湯経営に関心を持たれている方、これまであづま湯をご利用いただいてきたお客様、その他ご関心を持っていただけた方は、(長いですが)最後まで記事をお読みいただけると嬉しいです。
そもそも、あづま湯とは
あづま湯は、昭和39(1964)年、1回目の東京オリンピックと同じ年に、現在と同じ朝霞の地で創業しました。このときまだ朝霞は「朝霞市」になる前で、「朝霞町」だったので、「朝霞市」よりもあづま湯は年上ということになります。
初期のあづま湯に関する資料は(まだ調べられていないだけかもしれませんが)あまり残っていないのですが、壁には富士山の絵が描かれた昔ながらの銭湯で、オーナーご家族の居住スペースと一体の店舗兼住宅だったようです。
あづま湯が現在のかたちになったのは、平成9(1997)年のことです。いわゆるマンション銭湯で、1階部分があづま湯となりました。ジェットバスや電気風呂・座風呂・寝風呂などさまざまな入浴体験ができる白湯、日替わり薬湯、大きなサウナとバイブラ水風呂、さらに人工温泉露天風呂があります。設当時としてはかなりモダンな設備だったのではないかと思います。脱衣所やロビーも都内ではそうそうお目にかかれない広さで、無料駐車場(19台)まで備えています。しかも最寄りの東武東上線・朝霞駅からは徒歩2分ほどと超駅近。水源は地下水。
(店主になるから言うわけではなくて、客観的に見ても)なかなかのハイスペック銭湯と言っていいと思います。情報発信らしい情報発信はこれまでされていませんでしたが、平日200名超、休日300名超が訪れる、知られざる人気銭湯です(これは平均的な銭湯の約2倍に当たる数です)。
なぜ引き継ぐことになったのか〜オーナー視点
ここまで見てきたように、あづま湯はなかなかのハイスペックで、かつ密かな人気銭湯であるにもかかわらず、運営を引き継ぐことになりました。その主な理由は、体制の問題によるものです。
元々、あづま湯は現オーナーご夫妻が営まれていて、その後、オーナーとご子息の2人で運営する体制に移行していました。しかしさらにその後、オーナーが体調を崩され、2022年10月〜2023年1月にかけて、長期間の休業を余儀なくされました。営業再開後は、(パートスタッフは雇用しつつですが)ご子息1人で運営を担ってきました。
しかし、(私もある程度想像はしていましたが、それ以上に)1人で銭湯を切り盛りするというのは、大変な激務です。あづま湯には、ロビー・脱衣所などの清掃業務、フロント業務を担うパートスタッフのみなさんがいて、お湯・サウナの仕込み作業などは自動化されていますが、それ以外にも次のようなスケジュールでいろいろな仕事があります。日によってはこれに加えて、取引先との打ち合わせ、銭湯の組合での会合など、諸々の用事が入ったりします。
09:00 業務開始、前日から積み残した作業(貸しタオル等の洗濯乾燥・たたみ作業など)の消化
09:30 浴室清掃作業(洗剤噴霧、高圧洗浄、蛇口や鏡などの磨き作業、風呂桶や椅子の洗い作業など日毎にローテーションを組みながら実施)
12:30 サウナマット敷き作業、設備不良があった場合のメンテナンス作業など
13:00 昼食を簡単に済ませ事務作業
14:00 開店準備作業(入浴剤の投入、駐車場や駐輪場の開放、お風呂の水やサウナの状態チェックと異常があった場合の対応、券売機稼働や現金準備、備品・商品補充など)
15:00 開店(以後は、店頭に立って接客したり、事務室で作業しながら、貸しタオルの洗濯・乾燥、サウナマットの交換、脱衣所やロビーの清掃を断続的に実施。あづま湯はコインランドリーが併設されておらず、機械室に洗濯乾燥設備があるのですが、どちらも台数・容量が施設スペックに対して貧弱で、ずっと洗濯・乾燥を気にしていないといけないという問題があります・・・)
23:30 閉店作業(お客様退室確認、シャッター・自動ドアや駐車場・駐輪場の閉鎖など)
23:40 会計締め作業、残った洗濯・乾燥の実施、設備メンテナンス作業、サウナ清掃作業、翌朝の浴室清掃に向けた準備作業など(+風呂に入る時間)
25:30〜26:00 帰宅
こうした生活をずっと続けるのは難しい・・・との判断から、運営引き継ぎを模索することになったわけです。
なぜ引き継ぐことになったのか〜新店主視点
新店主の佐藤は、元々、東京に住んでいて、朝霞は自衛隊駐屯地のある場所として知っていたくらいで、訪れたことはありませんでした。あづま湯の存在も知らなかったんです。
そんな私があづま湯の運営引き継ぎ先募集について知ることができたのは、「銭湯の担い手養成講座」に参加していたからです。2021年から年1回のペースで開催されていて、私は2022年の第2回講座に参加していました。
銭湯の担い手養成講座とは
この講座は、東京都公衆浴場業生活衛生同業組合(東京の銭湯の組合)が開催しているものです。詳しくは上のウェブサイトにあるとおりですが、銭湯経営や銭湯で働くことに関心を持つ人を対象に、銭湯の経営(数字の面)に関する講義、熱源(ガス/薪/電気)の異なるいくつかの銭湯のバックヤードツアー、清掃やフロント業務の実習機会が提供されます。
講師は、漫画1万冊に多数のフィギュア、内風呂・露天風呂・サウナに加えて岩盤浴まで備える大人気銭湯「立川湯屋敷 梅の湯」を経営し、2020年からは府中の銭湯経営を引き継ぎ「府中湯楽館 桜湯」も運営する、佐伯雅斗さんです(佐伯さんは東京都浴場組合の理事も務められています)。
現役銭湯経営者の目線から、銭湯経営の実情について教えてもらうことができるので、単純にめちゃめちゃ面白いです。私のときは、「府中湯楽館 桜湯」の経営引き継ぎにあたってかかった費用や、引き継ぎ後の来客数・売上の推移なんかも教えてもらいました。なかなか外からは見えにくい銭湯経営のイメージをつかむにあたり、とても参考になる情報でした。
そして「銭湯の担い手養成講座」を修了すると、運営引き継ぎ先を募集する銭湯の情報や、店長・働き手の募集情報を共有してもらえる、という特典がついてきます。銭湯の組合としては、銭湯経営・銭湯での就業に関心を持つ人を講座を通じて集め、担い手確保を模索する銭湯とマッチングすることで、銭湯の減少に歯止めをかけようという狙いがあります。
あづま湯新店主就任が決まるまでの流れ
あづま湯では、運営引き継ぎについて模索する中で、埼玉県の組合(埼玉県公衆浴場業生活衛生同業組合)に相談し、さらに東京都の組合とも協議しました。その結果、「銭湯の担い手養成講座」修了生の中から、引き継ぎ手を募集してみることになりました。
修了生に送られてきた情報で、私は初めてあづま湯を知りました。2023年12月、運営引き継ぎに関心を持つ修了生10名ほどを集めて行われた内覧会で、現地を初訪問。広いスペース、清潔に保たれた設備、駅から至近の立地に専用駐車場と、優れたポイントがたくさんありました。あづま湯が位置する朝霞市も、東京に近いベッドタウンとして人口流入が続いており、年代構成も比較的若いという特長があります。こんな銭湯の運営に携われる機会は、待っていても二度とは無いように思われました。
内覧会後、現状の集客・売上水準と、引き継ぎの条件(概略は次の箇条書きのとおりです)が参加者に示されました。条件を踏まえ、正式に引き継ぎ手として立候補するかどうか、参加者各自で判断することになりました。
契約形態は、土地・建物を保有する現店主/オーナーから、新店主が店舗を借り受ける賃貸借契約。初期費用として敷金、商品等買取費用が発生。
賃貸借契約開始後は、新店主が月々所定の家賃をオーナーに支払うほか、水道光熱費、人件費その他営業に必要な費用を負担。ただし、基幹設備(ボイラー、濾過器、チラーなど)やその他高額の固定資産の修繕についてはオーナーが負担。
家賃の具体的な額をここに書くのは控えますが、水準(坪単価)は朝霞駅前の一般的な商業物件に比べれば、ずいぶん安いです。ただし、集客・売上水準が現状のままだと、新店主の手元に残るのはごくわずか、というライン。しかも昨今、燃料費をはじめ銭湯運営のコストは増加しており、今後もさらなる上昇を想定しておかなければなりません。持続的にあづま湯を運営していくには、20〜30%程度の売上アップが不可欠と見込まれました。数字でシミュレーションしてみると、あづま湯の運営引き継ぎは、甘くない、結構なリスクのある選択でした。
ただ、それでもここでチャレンジせずに諦めたら、この先悔いが残るだろうし、仮に失敗したとしても自分にとっては貴重な経験が積めることは間違いない。だったらこのチャンスの前髪を掴みにいこう。そんな感じで、正式に運営引き継ぎ手として立候補することにしました。
私を含め、正式に立候補したのは4人だったそうです。組合や、現店主/オーナーとの面談を重ねた結果、2024年3月末ごろ、私に新店長をお任せいただくことが決まりました。そのときはまだ私は会社員だったので、急いで手持ちの仕事を引き継ぎし、並行してあづま湯運営会社(株式会社GOOD SEVEN)設立など店主交代に向けた準備も進めていきました。6月末に退職、7月1日からは店頭に立って業務を学び始め、今に至ります。
これからのあづま湯
そんなこんなで店主交代することになったあづま湯。8月の新店主就任以降の運営体制、今までと変わらないこと、変化することを書き出してみます。
今後の運営体制
これまで、現店主1名+パートスタッフ(脱衣所・ロビーなどの清掃スタッフと、開店中のお客様対応・女湯での諸作業を担うスタッフ)の体制であづま湯は運営されていました。
2024年8月からは、新店主(私)+パートスタッフの体制となります。基本的には、現店主→新店主の入れ替わりがあるだけです。これまであづま湯で勤務していたパートのみなさんには、そのまま継続して勤務いただくことにしました。あづま湯や常連のお客様のことなどをよくご存知で、心強いスタッフのみなさんばかりだったので、助かっています。
新店主は、上の方に書いた、9:00〜26:00くらいまでの日々の仕事をこなす生活になりそうです。ただ、長い目で見たときには、店主1人がこれだけの仕事を背負い続けるのは無理があります。売上を伸ばす努力をしたうえで、いずれは浴室清掃、開店中の洗濯・乾燥の仕事に別途スタッフを雇用したいと思っています。
なお、新店主には妻がいますが、妻は会社勤めをしていて、銭湯運営には基本的に関わりません。妻も銭湯・サウナ好きで、今回のあづま湯運営引き継ぎについて応援してくれているのですが、生活の安定を考えると、私と妻の2人とも仕事を辞めてしまうのはさすがにリスキーでした。それに、妻には一人の社会人として、自らの進む道を選び、キャリアを築いていってほしいので、無理に銭湯一緒にやろうよと誘ったりもしませんでした。そういうわけで、新店主が1人で元の住まい(東京)から朝霞に引っ越してきて、あづま湯を運営することになりました。
今までと変わらないこと
あづま湯の営業時間は15時〜23時半、定休日は金曜日ですが、これは店主交代後も変わりません。営業時間を延ばしたり、定休日を見直すことも考えられましたが、常連のお客様にこれまでどおりご利用いただけるよう、変更なしとしました。また、これまで15時開店・23時半閉店を前提に組まれてきた清掃や開店前の準備作業のスケジュールをいきなり崩して、オペレーションが回らなくなることは避けなければいけません。将来的な見直しは選択肢に入れつつ、まずは今までどおり安定して日々営業できるように努めます。
また、お風呂やサウナ、造作変更を伴うような大掛かりな改修も当面予定していません。あづま湯はまだ比較的きれいな状態を保っていますし、上述のように新店主は店舗を借りて運営する立場なので、造作変更時はオーナーと協議・合意しなくてはいけません。ひとまず、大規模な改修は行わずに、他に取り組めることを一つ一つ実行していこうと思います。
変化すること
変化すること(及び運営者交代に伴いどうしても変わってしまうこと)については、以下のような店舗貼り紙で、事前告知しました。
設備・造作に手を入れずにできるより快適な環境づくり、今までほとんど行われていなかった情報発信や、グッズ販売には力を入れていきたいと思います。それ以外にも、店内利用ルールの見直し、1964年の創業から60周年を記念した企画などを進めていくつもりです。
変化に対して、今まで長くあづま湯を利用いただいてきたお客様からすると、違和感を覚えることもあるかもしれません。ただ、新たな運営体制であづま湯を存続させていていくには、顧客層を広げ、今以上の人気銭湯にしていくことが必要です。今のまま何も変わらなければ、遠くない将来、あづま湯は続けられなくなります。変化しなければ、あづま湯の未来はありません。変化に伴いご迷惑をおかけすることもあるかと思いますが、お客様にはこういう背景があることをご理解のうえ、よりよいお店づくりに向けてご協力いただけたら幸いです。
以上、長い記事を最後までお読みいただき、ありがとうございました。今後もできるだけ、店主交代後のあづま湯の様子、新店主が考えていることなどを発信していけたらと思います。それではまた、次の記事で。