289:地元の山の美しい景色
どこまでを地元と呼ぶかはさておいて。
仏果山は地元の山です。
神奈川県北西部の丹沢山塊の東側、ダム湖である宮ヶ瀬湖を見下ろす位置にあります。
標高は747m。
だいたい長野県の諏訪湖の標高と同じくらい。
そんな仏果山ですが、特徴と言えばまずヤマビル。東丹沢全体の特徴ですが夏のヤマビルがやばい。
夏の東丹沢を訪れた人たちの話を聞く限り、登山道に一歩踏み出したら30匹が襲いかかってきたとか、右足に食らいつくヒルを剥がしている間に左足に倍のヒルが群がってくるだとか、ゾンビ映画を彷彿とさせるような絶望が味わえるようです。
私は過去に二度ほどヒルにやられた経験があります。ぷくぷくした赤黒い吸血生物が自分の足にへばりついているのを見た時の恐怖と言ったら!
一度食いつかれたらかなりの力を入れないと剥がれませんし、踏み潰しても死にません。吸血したヒルは卵を産んで増殖するので、万が一ヒルにやられた時は決して逃さず生かして帰さず必ず殺すことが推奨されます。塩を使いましょう。不死身の吸血なめくじといえども塩をくらえばイチコロです。
ヤマビルの巣窟なので夏の東丹沢には近付けません。仮に冬だとしても、標高差も低く登山口から一時間もあれば登り終えてしまう里山です。隣の高取山まで縦走したとしても、疲れるどころかようやく身体が暖まってきた頃にゴールしてしまいます。里山ですからそんなものです。
わざわざ貴重な休日を費やしてまで里山に行く意味があるのでしょうか? もっと登り応えのある高い山がいくらでもあるのに。
山登りを始めてから二年半。場所こそ知っていましたが一度も登る気になりませんでしたが、ある時急に「一回くらい登っておくか、地元※の山だし」と思い立って、登りに行きました。
※ 昔、厚木市に住んでいたので本厚木から100キロ圏内すべて地元と考えている節があります。
案の定、というか事前の計画通り特に難所もなくするする登り終えて、流石に一月なのでヤマビルは影も形もなく、あっという間に山頂です。
仏果山と隣の高取山は、山頂に展望台があります。
よくよく見るとけっこうボロい。1988年製の鉄塔です。もうかなり錆も浮いてボロボロになった階段を慎重に登ります。
そうして登りきった先には、絶景が待っていました。
神奈川の景勝地として名高い大山からの景色にも決して見劣りしません。雲ひとつない空の下にスカイツリーやランドマークタワー、三浦半島や茨城の筑波山まで、関東平野を一望できます。
何よりも素晴らしいのは振り返って見た丹沢の山々。谷間にエメラルドグリーンの水を湛える宮ヶ瀬湖。水の青と空の青がこんなにも違うものかと、海の青ともまるで違う独特の美しさに目を奪われます。
山の景色の美しさや楽しさは、標高とは何の関係も無いことを忘れていました。
地域の里山を遠方から訪ねる人は多くありません。その景色の美しさを知るのはほとんど地元の人たちです。そしてこの美しさを知る地元の人間だからこそ、この山の素晴らしさを広めなければなりません。
仏果山はヤマビルの支配下で夏は登れず、登山道はすぐ登り終えてしまうし、登山口へのバスも一時間に一本くらいしかありません。
それでも仏果山は神奈川屈指の景勝地、隣の高取山と併せて宮ヶ瀬湖を眺めるには最高のスポットです。この美しい景色も永遠に観られるわけではありません。老朽化が進めば展望台は撤去されるかも知れませんし、そもそも宮ヶ瀬湖は人造のダム湖。湖が出来てからまだ24年です。展望台が出来たばかりの頃は、宮ヶ瀬の谷には違った景色が広がっていたのでしょう。
景色が永遠に変わらないなんてことはありません。天候や気分でも見え方は変わってきます。次に登った時にはどんな景色が観られるでしょうか。
登ってみなければ、山の美しさはわかりません。