遊ぶ~身体を伴うこと
自分の身体を使って「遊ぶ」のは楽しい。
そう、山登りを始めてつくづく感じている。
決して「ラク」ではない。
むしろ、苦しい(笑)
ちゃんと物理的な肉体の負担があり苦しさも感じている。
だけどやはり、
そこにはそれ以上の「楽しさ」があって
それは、山の見せる圧倒されるような最高の景色といった
山全体の魅力はもちろんで言うまでもないのですが
それとは別の何かがある。
(もちろんそれは人それぞれで…)
なんというか、登るたびに、
「自分の身体を使い、自分を知る。」
という感覚が大きくなる。
それはとても楽しい。
山登りの準備から当日の家に帰り着くまでさまざまな気持ちを感じる。
自分の気持ちが何に対して怯えたり、不安、緊張を感じるのか、
何にテンションがあがり、何に興奮するのか、喜ぶのか。
それに対して私はどんな行動をとるのか。
身体のどこに痛みや苦しさが出るのか知るのはとても面白いし
サークルの皆さんと一緒に登ることの
楽しさや心地よさを感じるポイントは何なのか感じるのも楽しい。
さらにその後の日常で、何を伝えたくなり、何を話したくなるのか。
こういった「自分」に向かう感覚は
身体を物理的に使うと分かりやすく出てくる。
当たり前だが、人は身体(物理的行動)を伴わなければ、
何も知ること(得ること)はできない。
ヨガも同じように、呼吸法や経典の教え、瞑想より
身体を使うアーサナ(ポーズ)から入る方が、
一般的に受け入れられ知られている。
ずっと昔に読んだカルマ・ヨーガの一説。
ほんとうに自分のものになるもの(知識/知恵/叡智)とは
自分でかせいだもの(行動したもの)だけです。
馬鹿者が世界中の書物を買い集め書庫に並べることはできても
彼は彼相応のものしか読むことはできないでしょう。
そして彼の読めるものは、彼のカルマ(行動)から生まれたものだけです。
(カルマ・ヨーガ/スワミ・ヴィヴェーカーナンダ/日本ヴェーダーンタ協会発行)
そんなわけで、山遊びは楽しい。
(写真は全て PORTAL / SHOGO NAKANOさん撮影)
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