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遠距離介護は突然に シーズン2 ⑦

実家に戻り、ひとり寝た私。

翌朝は早めに起きて、燃えるゴミを棄てる。燃えるゴミの日は、月曜と木曜なのだが、ずっとここに住んでいるわけではないので、タイミングよくゴミを捨てなければいけない。弟達とも話し合い、生ゴミ系は出たらなるべく小さく密封しておくしかない。ゴミ出せる日に泊まっている人が必ず出すというルールにした。

9時までに病院に行き、会計を済ませて、着替えや荷物をまとめて部屋で父と待っていれば介護タクシーが車椅子で病室まで迎えに来てくれる事になっている。介護タクシーは病院のコーディネーターさんが手配してくれていて、私も同乗させてもらう事になっている。
ちゃんとその通り、介護タクシーさんがベッドまで迎えに来てくれて、父の車椅子を押してくださり、車椅子ごと車に乗り込む。父は、久しぶりに病院の外に出たと喜ぶ。車椅子ごと載せてもらうことにも驚く。私はヘルパーの仕事で介護タクシーで送り出した経験はあったが、自分で乗るのは初めてだった。本当に有り難い。介護タクシーさんは、何度も送迎されているので転院する方の病院の事情にも詳しく中まで付き添ってくださる。支払いを済ませて、お礼を言う。また利用すると可能性大なので、後でスマホに登録しておく。

父はまたCT検査を受け、先生に二人で呼ばれた。紹介状を確認し、病院での検査画像を見た先生は、「腹水、胸水も少しありますけど、気にしないでも大丈夫なレベルですね、熱も治まったし、経過をみながらリハビリをしたらお家へ帰れますよ。」との事。
え?そうなの?
前の病院では、もう家に帰るのは難しいだろうから、おそらく転院したところにずっといるという前提で話しが進んでいた筈では?
ここに長く居られるんじゃないの?
父も、「いやいや、もう家は無理です。」と弱気発言。
先生は、「まだまだお元気だから、ずっと病院におったら、勿体無いよ。」と前向き発言。
「まあ様子を見ておいおい考えましょう。」
担当の看護師さんに連れられて病室へ行く。途中の部屋には、だいぶお年を召されている殆ど寝たきりの方も沢山いらっしゃる様子。確かに、父はまだ比較的元気なのかも知れない。病院にずっといるより、なんとかまた家で暮らせるように考えた方がいいのかも。
看護師さんは、色々と聴き取りをしてくれて、我が家の事情や父の食事の好み、その他色々と気を使ってくれた。ここの病院もとても親切で感じが良い。看護師さんに、先生は家に帰ろうとおっしゃってましたけど、現実的には難しいのではと聞いてみたけど、まあ様子をみておいおい考えましょうとの事だった。
入院に関する説明や、いろんな書類を渡され、荷物も色々抱えていたので、私は一旦引き上げて明日また来る事にした。
病院までタクシーで来たので、そこから私は徒歩と電車一駅で家に帰った。
また父が家に帰れるとしたら、私は何をどう準備しておけば良いのか。
救急車で家を出たきり、もう家で暮らすことはないのだと、まあまあ悲壮な決意をしてそれなりに納得もして、転院した筈だったのに。なんだ、まだまだいけるかも!
要支援1の状態で、入院し、途中で要介護1に切り替わった。でも、入院している間は、介護保険の適用は中止となり、医療保険が適用になるらしく、同時に二つの保険は使えないという事らしかった。
要支援1のときに介護ベッドを入れてもらい自費で使い始めた。自費と言っても、月1500円。杖とお風呂の椅子を要介護になる事を見越して、お試しで借りていた。その辺のところどうなるのか、担当者に聞いてみた。ベッドは自費で継続可能だけど、杖とお風呂の椅子は返却が必要との事だった。いろんなルールがある事がわかった。福祉用具のレンタルは基本的に在宅の人の為らしい。また父が家に戻れば、全て介護保険で使えるらしい。
訪問介護や、訪問看護、往診などを頼みながら、また家で暮らせる方法を考えてみようか。でも、また今回の様に急に具合が悪くなったら?
ケアマネさんにも、無事転院した旨を電話連絡する。
夫に電話をして、また家に帰れるって先生が言ってた!というと、病院の方が安心なんじゃないの?と言う。まあ、それはそうなんだけどね。叔父叔母にも連絡して、もうずっと病院かと思ったら、そうでもないかもしれないと報告。
一体今後どうなる?ごちゃごちゃ考え始めると、また頭の中がいっぱいに。
とりあえず、考えるのをやめて、お風呂入って、ご飯食べて、韓国ドラマを見て寝た。

続く