短編私小説「Il malata di Venezia・ベニスのびょうにん」第2話 裏話編 4436字
08:00ミラノの3スターホテルをいわゆる観光バスに乗り込み後にすると、最初の目的地はミラノ郊外にある「お土産屋さん」である。早朝からのお土産屋さん詣で。気が狂っていると云う表現しか思い浮かばないのだがこれもツアーでありツアー客の宿命である。
「はい。皆さん、あらためましておはようございます。ボンジョルノ ! ! ピアチェーレ ヴェネッツィア ! ! 」
朝からお土産屋さんに立ち寄るコース説明をすると考えただけでテンションは爆下げだ。楽し気に装う己を省みると、一抹の申し訳なさが付き纏うことなど誰も知る由もない。なにせ、三日目の朝のことだ、ただ初日の到着時間が夜だったことを考えれば、実質は二日目のようなもの。
まして、特色と云えるものは無く、ミラノ特産とかいえる代物を並べた店ではない。ブランド品の取り揃えもあるものの、所謂、ヴィトンやシャネル、エルメスと云った"詣で"の対象となるブランド品とは違った。
ミラノでは、お土産屋さんの「立ち寄り指定店」のアサインがファーストアサイン2店舗、セカンドアサイン2店舗が指示されていた。これが旅行会社のルールである。
ファーストアサインとは、確実に寄るべきお土産店であり、セカンドアサインは、立ちより可能な時間があればなるべく立ち寄るべしという努力目標的扱いとなっているのがベーシックである。この他に、サードアサインという協定店リストに載っているお店もアイテナリーには載っている。
前日の観光時にファーストアサインの一つは潰していたので、この日一発目のファーストアサインのお土産屋さんは潰しておく必要があった。
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さて折角だ。ツアーなどに参加される皆さんのためにひと行書いておこう。
そこまで書くかというレベルで書くので業界関係者は読まぬ方が良い。
なんせ書き手は「わたし」である。
「送客契約」と呼ぶお土産屋さんへの立ち寄り契約は、旅行会社にとっては大切な収入源だ。格安のツアーなどの場合当然のように利益を確保するためにお土産屋さんへの送客契約が生命線となることは理解いただけるだろう。送客契約にも様々な形式があるのだが「売上による%のバック10%~30%」「送客人数×送客単価」「送客人数×送客単価+売上%」といった具合である。
契約を結ぶお店を「協定店」等という呼び方をするのだが、協定店にとってもバスの中で予めの宣伝をしてほしいと考えるのは人情だ。真面目な添乗員さんは、口八丁、手八丁~ 嘘も方便、虚構と真実の鬩ぎを下へと見下ろし、片目を瞑りお店の宣伝をすることになる。
責めないでほしい。これが会社に対し忠実であり正直な添乗員さんの姿なのだが、お客様に正直かとなると疑問符でしかあるまい。
しかして、中にはそうではない添乗員も存在する。己の信念に忠実に、顧客第一主義に基づき、「良いものを安く買って頂くため」に、ある種の葛藤を抱える添乗員さんである。
当時、お店や業態によっては添乗員と「直握り」を求めるお店なども散見された。特に多かったのは「送客人数×送客単価」の契約をしている業態である。売り上げに対するバックの圧迫がない分、比較的自由裁量が効いた。未契約の店舗などは「フルコミッション」のスタイルを取るところも多かった。
特に"高額商品"を扱うお店にとっては、添乗員との「直握り」のウマ味は小さくは無かったのである。これは添乗員にとってのウマ味にも通じたことは書くまでもなくご理解いただけるだろう。ただし、置いてきぼりにすべきではないのは「喜ぶ人がお客様」であるという"主"が機能する前提が必要となることだ。同時にお店と添乗員さんも喜べばこれを"三方良し"と呼べるのである。(我田引水と読めなくもないw)
たとえ話となるが、その昔、私にはパリに贔屓にしていた日本資本の百貨店の出先店舗があった。その名を「プランタン T」と呼ばれた比較的名の知れた百貨店だったのだが、パリにはこの他にMやIなどの出先店舗があったのだが、「プランタンT」がお客様にとっては最も買い物がしやすく、品ぞろえも豊富であり、位置的にも便利だった。
ところが、各旅行会社との契約はあっものの、送客手数料と営業面の弱さから、「プランタン T」がファーストアサインのショップに選ばれることはすくなかったのである。
ファーストアサインのショップは、常に、ルーブル美術館の裏の免税店か、Mだった。流石に、ファーストを飛ばして贔屓の「プランタン T」にお客様をお連れするのは仁義が通らない。
わたしはファーストでのお買い物時間をお取りした後、「プランタン T」にバスをつけるのが定番化していた。最も大事なことは「お客様とっての買物のし易さと安心感」である。
翌日のフリータイムに買い物が出来るようにわたしは前日にネームとパスポート、免税手続きの段取りを組ませて頂いていた。
さて、ご存知のように添乗員は基本的にディスカウントのサービスの適用を受けることが出来る。これは添乗員の特権でもある。
まぁ、ここに私がお供させて頂いたお客様で来られることは限定的であろうから、ここに書いたことを裏付けてくれる方はいらっしゃらないと思うのだが…… ロンパリローマのツアーと云うと、当時、新婚旅行のお客様が多かったことは想像できるだろう。
新婚旅行をしたことがある方であれば分かるだろうが、新婚旅行のお土産がどれほど経済的出費となっただろう。
わたしがお供させて頂いた、ロンパリローマ絡みの新婚さんで、添乗員としてのわたしのディスカウントを利用していないお客様はいらっしゃらない。ほとんどの新婚さんがわたしのディカウントサービスを利用しておられるだろう。ディスカウントのサービスであるから、これらの売り上げはコミッションの対象にはならないのである。
自慢をするつもりは無い。
「プランタン T」には日本中から来店する添乗員の「セールス記録」が存在した。ある時セールスがわたしの販売記録を見せてくれたことがあるのだが、三年続けてベスト20に入っていたことがある。新婚さんたちの売り上げにディスカウントを使用していなければ、三年連続ベスト10には入っていただろう。たぶん、一来店当たりの売り上げでは上位に入っていただろう。
例えば外のSNSなどでわたしのことを知ったフリしながら書かれた人達を見かけたら是非聞いてみて欲しい。
「何故、彼はそれほどまでに売り上げが良かったのでしょう? 何故彼の作るオプションと送客店の売り上げは良かったのでしょう ? 貴方は何かで彼を上回る結果は出せましたか ? あなたはコミッションを受け取ったことはありませんか ? 貴方は彼に仕事の仕方を教わったことはありませんか ? 」と(笑)
はい~これでまた悪口書かれるわぁ(笑)
わたしは私の都合に基づいてものを書くが、嘘を書かなければならないことは何もない。プライベートは聞かれてもいないのに自ら書く必要がないだけであり、例によって、匿名免罪をぶら提げた人たちにこちらからお相手する必要もないのが道理と考える方が合理的ではないだろうか。
ここをお訪ねの皆さんは記憶の片隅に留めておいていただければ良いのだが、添乗員によるオプションの売り上げと送客店での売り上げは、添乗員の仕事量に比例するのである。それだけのことだ。
わたしが知る限り今から22年前までは同様のシステムが機能していた。今は添乗員にとって、もっと縛りはきつくなっているだろうし添乗員のスタイル応じた味付けが出来ないというのは差別化が出来なく、お客様にとっても味気ないだろう。
ものはついでだもう少し書いておこうか。"当地"のお土産屋さんの営業スタイルは所謂「ファミリー系」が中心だった。その昔、東京の大手旅行会社の女性ベテラン添乗員さんですらチョットした暴力行為を被ったことは私の耳にもすぐに入ってきた。要は、旅行会社と正規の契約をしている協定店にとっては、「送客人数×送客単価」はスリップという形で添乗員に持ち帰られ、後々必ず払わなければならない義務として重く圧し掛かる。なのに、添乗員が宣伝してくれなくてうまく売れない。お客様が買ってくれないとなると、お店としては持ち出しばかりが増えることとなる。
かく云うわたしもフィレンツェのとあるお土産屋さんでは随分嫌われていた。露骨に云われたこともある。「ナンデ、オマエガキタンダ ! ! オマエガクルトゼンゼンウレナイ ! ! 」と。が、こういうお店とは真逆に「喜ぶお店」があることも当然のこととなるのである。
「オ~~ッ、マイディアーブラザー ! ! ドシテマシタカ ! ボンジョルノー ! ! オクノヘヤデ、カプチーノデモドデスカー ! ! 」当時はそれぞれの観光地にそんな仲良しのお店が必ずあったものである。
このシステムは国内海外問わずと考えてもらってよい。添乗員も人の子。観光地にバスで乘り付けるとお店の営業マンが寄ってくる。ホテルに入るとお店の営業マンが顔を出す。
「どうですか、明日当たり……ちょっとでいいので寄ってもらえませんか。因みにどこかアサイン入ってますか? そうですか、そうですか。うちとこは"これで"やらせてもらいますけど。。。どんなもんでしょうか」
なんちゅう話のオンパレード。添乗員それぞれに贔屓があった時代であり、
中には、お店のレジに張り付き、お客様のお買い物状況をチェックしていたという、ホントのような嘘のような話が仲間内で洩れ伝わっていた時代もあった。
私事だが、私が二十代のころに持っていたブリーフケースには「集金バック」という俗名が付けられた時代もあった(爆)
三畳一間、共同玄関共同トイレのアパートから東横線沿線沿いに引っ越した頃は、アパートを「鮭御殿」「カニ御殿」「ホタテ御殿」と揶揄されたものだった……が、31歳から拠点を大阪に移し、独立し、インターナショナル、海外添乗するようになったころの稼ぎは「桁」が変わったことは付け加えておく。
ただね、ここだけを読むとえげつなく感じるかもしれぬのだが。
一つ云えることがあるのは、「お客様もわかっている」のである。要はわかっていて、添乗員の言葉に倣うか倣わぬかは添乗員の仕事量に比例していたことを見落としてほしくはない。
わたしがお供したツアーのゲームの景品を聞いたらぶっ飛ぶかも(笑)
後にも先にもたった一度だけ……「ダンヒルの20万円」相当の腕時計を景品として出したことがある。スウォッチなんかは普通だった。普通は出せない。出せるのには理由がある。また次回も同じ旅行会社選んでもらうことも意味はあるでしょ? でもさ「前回の添乗員さんのゲームの景品…ダンヒルの時計だったわよ」となると遣り難いわなぁ。
あのねインターでのショップからのKB(キックバック)はお客様に返せばよいのよ。良いものを安く安心して買ってもらうのが目的なのだから。
わたしとドライバーさんはオプションで稼がせてもらいました。
普通では行くことのできない観光地や食事場所やフリータイムを充実させるための提案として。
ね、わたし人のこと書かないでしょ(笑)
書き出したらきりがないでしょ。
そして不毛でしょ ?
わたしは私のことで楽しんでもらえれば良いのである(^^♪
次回 第3話 本編に続く