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『新章・鱗粉』ソードの9とジャッジメント・Side B  注)軽い✖✖✖描写あり

22/12/05  にあとがきと雑感書きます。既にたくさんの皆さんにお読みいただけております。11月のカレンダーをみてたよ!! ごめんね!! 正しくは5日
Side B 14時間で181 件
Side A 180時間で170件 そして直近6時間で30件プラス 合計200ビュワー
わずか14時間で"前作"を上回り、シナジー効果で前作も30アップ
ここには「スキポチ」から覗うことは出来ないものが横たわる。
わたしね、スキも好きだがそれ以上にビューワーが好きなのです。
本当のことを教えてくれるから。

そしてね、わたしここの皆さん大好きだわ ! !
                ◆


美弥(みや)……。ママね、大丈夫だから……。 

「あぁ…… 、いい風。健ニイ… 折角ここまで来たのだからもう少し歩いて行こうよ。私、買いたいものがあるの。天気も良いし、たまには私に付き合ってもいいでしょ? 」
 健ニイ……。どうしたの? いつもはマーの前を歩くじゃない。マーに背中ばかり見せるくせに……。

そう。物心がついたときからマーの前には健ニイの背中があった。やせっぽちな背中はお母さんが冷蔵庫に貼っていたメッセージボードと同じぐらい。クスッ……それが次第に。
マーね、今。少しだけ怖いかもしれない……。
 これからのことを考えると……、今のことだけじゃない。マーのことだけじゃない。健ニイやお父さんやお母さん……、そして一番大切に考えなければならない美弥麻(みやま)のこと……。 

「いいけどさ、どこまで行くんだよ。腹が減っちゃったから早く帰りたいんだよ。それともマーがランチを奢ってくれるのかな」
「よく云うわよ、逆でしょ? 私が奢ってもらおうと思っていたんだから… はぁい! 決まり決まり! じゃぁ、買い物ついでに可愛い妹にランチをご馳走しよおー 」
「ったく… しょうがねぇなぁ… 」

 後ろを振り返り見た健ニイはマーと目を合わせてくれない。マーの顔を見たはずの眼は、右の肩口から右頭にむけて泳ぐ。健ニイ……いつものように笑ってよ、マーの目をみながらさぁ。だって…… 三カ月ぶりにあったんだよ、健ニイ。 

「マー… どうでもいいけどさ、お前の頭の右側に紋黄蝶がとまっているぞ」
「エー? 嘘… どこどこ? 」
 蝶々がマーの頭にとまってる? ついてきちゃったの、美弥? 駄目じゃない、ちゃんとお利口にしていなきゃ……。
 美弥ねぇ、あなたの名前は蝶々さんから取ったのよ。美弥にもいつか聞かせてあげるからね。 

 ママがまだ小さなころ…… そう美弥が今から大きくなって五年ぐらいたったころ。健ニイと河原で虫取りをして遊んでいたのね。その頃のママの背丈ほどもある草が一面に覆っていてね、とても怖かったことをおぼえてるの。陽も陰って来て次第に山から吹き下ろす風が河原の草を揺らす。草と草の間からは西に傾いた夕日が差し込んでね、次第に目の前がオレンジ色のシルクを垂らしたようになって……。ママね、河原の草の中で気を失っちゃったのよ。クスッ……。
 目を覚ますとママの前には健ニィがいてね、マー、マーって一生懸命に呼んでいたの。顔中を涙と鼻水でぐちょぐちょにしながら……。空から水がママの顔に降ってきたと思ったら、健ニイの涙と鼻水。
 最低。
 健ニイね、気が付いたママに何をくれたと思う? フフッ。
 緑色のセルロイド製の虫籠をくれたの。籠のアッチコッチが折れたり破れたりした虫籠よ。バッタだったら逃げてたと思うワ。
 中にはね、一匹だけ凄く大きな蝶々が入っていてね。
 凄く綺麗だったの。ママね、健ニイに聞いたのよ。「これなに?」って。そしたら健ニイは「ミヤマだミヤマ!、凄いだろー、ミヤマだぞ」って。
 ママね……結局、その蝶々のことを調べたのは美弥が来てくれてからなのね。ミヤマカラスアゲハ。それが本当の名前なの。たぶんね……、健ニイは今でも「ミヤマ」だと思っているわよね。

「とろうか」
 健ニイはマーの頭に手を伸ばしたの。「ダメっとっちゃ」言葉も告げずに両手を前に突き出し健ニイの動きをストップしたわ。
「何だよ… とらないのか? 」
「何してるの? 蝶々さん… 私の髪にとまって… 」
「何しているかは知らないけど、もうずい分長くとまっているぞ。どれどれチョット見せてみろ」
「健ニイ、可哀想だからとっちゃダメだよ… 何しているか見てみて」
「わかったから、チョット見せてみろ」

 あっ!もう……相変わらず強引なんだから。もっと優しくしてよ。蝶々さんが驚いて逃げちゃうじゃない。せっかくついて来てくれたのにね、美弥。 
 でもね、これでも健ニイ優しくしているつもりなんだよクスッ。
……ねぇ健ニイ……。健ニイ? 
ねぇ……大丈夫?
 なんか心臓の音がマーのおでこから聞こえて来るヨ。
健ニイ、頭押さえ過ぎだしぃ
チョット痛いかも…… 
えっ?健ニイの胸が膨れてる。

「えっ… 健ニイ、なに? 何してるの… チョットどうなってるの、教えてよー 」 マーが健ニイの胸をグーでトントンと叩くと、健ニイの言葉が急に優しくなった。

「うん。あのね、綺麗なんだよ… 紋黄蝶の羽の鱗粉がさ、マーの髪の毛に、ヘアーグロスを吹き付けたみたいに金色になってるんだよ」
「マジで? チョットわたしも見たいしー みせて見せて、撮って見せてよぉ」

 健ニイはスマホを取り出してカメラの操作をしながら「わかったわかった、ちょっと待てよ、今撮るから… 」って。
「撮るから動くなよ… 」
「うん」
 健ニイの手元でカシャカシャカシャ……って何度かシャッターを切る音が響いて、ゆっくりと歩きながらスマホを操作していたわ。
 マーね、もう、待っていられなかったの。
 それでね「みせて見せて… 」って云うと健ニイの手からスマホを取り上げてやったの。

「カワイイ… 綺麗ねぇ… 何してるのかしら、わたしの髪で」
 綺麗だったよぉ美弥。
 ママの頭に金色のヘアーグロスを吹き付けたみたいで。でもね、少し悲しくなったし不安にもなったよ……。

「ねぇ… ニイ、この子、怪我してると思う… 」
「ほらここ… 」
「ねっ、羽のここのところ、チョット剝げてるよね色が変わっているもの… 可哀想… 」

 健ニイ……どこ見てるの? 
 指? マーの指見てる? 
 だーぁめ。慌てて写真見たって……。
 もう…………あっ✖✖✖✖✖✖。
 もう、マー……、ちゃぁんと見たからね。

 美弥、健ニイ凄く……いやらしいの。フフッ。
 たしか二年前だったかなぁ、健ニイと一緒に映画を見に行ったのね、安い映画館でね、チョット古めの作品を安くみせてくれるの。有名なスパイ映画のシリーズ第一作目だったから席もガラガラ。健ニイと二人で真ん中の席に並んで座ったの。映画も中盤に差し掛かった頃、映画の中でスパイの男の人がシャワー室で泣き濡れているヒロインの女性の指についた血を舐めとるシーンがあって……。
 健ニイその真似をしてママの指を三本も口に含んで……。
 多くなぁい?三本って。
 二本までだよね。
 でもね美弥、ママね……映画が終わっても席から立てなくなってたの。
 はじめてだったし、指を口に含まれて舐められるなんて。
 背中の腰のところ……そう今みたいに電気が走っちゃって……。 

「きっと、鱗粉が剥げちゃって、上手く飛べなくなっちゃったのかもしれないな… 」
✖✖✖✖✖✖「私の髪に鱗粉をつけたから? 」フーンあの黄色い粉は鱗粉って云うんだね。
「いや、たぶん何かから逃げたんじゃないかな、他の昆虫に食べられそうになって、逃げた時に傷を負ったとか……。蝶はね、鱗粉がはげると上手く飛べなくなって絶命しちゃうらしいからな」

 美弥……あの黄色い粉が剥げちゃうと飛べなくなっちゃうの?じゃあ、あの時のママも体中の鱗粉が剥げちゃって飛べなくなったんだねきっと。

「ウマク… 飛べない… あげくが死んじゃう? まじ?」
「うん」
「…… まだ居る? あの子? 」
「あぁ、ゆっくり羽を動かしている」

 美弥……あのね……
「ゆっくり羽を休めてね… 。私も(ママも)… うまく飛べない… ひとだから」

 そうね、暑いよね、眩しいよね。健ニイの背中に回り込んじゃおう。
これなら美弥に風も当たらないしお日様も眩しくないよね。

「なんだよ、ひとを風よけに使いやがって」
「だって、直射日光が当たると弱っちゃうでしょ、この子」
「そうだな… 飛びながら体温調節をする生き物だからな、飛べるようになるといいけど」

 健ニイ、随分腕が太くなったね、背中も大きく広くなったし。そうそう……、むかーしね、ママが幼稚園に行ってた頃、家の冷蔵庫にお母さんが貼っていた白い四角いメッセージボードがあってね、そのボードが貼ってある冷蔵庫のところにクレヨンで頭と足と手を描いたの。で、メッセージボードに「にい」って書いたのよ。健ニイが帰って来てお母さんが買物に出かけたときだったかなぁ……。台所から健ニイに呼ばれたのね。健ニイが冷蔵庫を指さすから見るとね、そこにね、健ニイと手を繋いだママが描かれていたの。冷蔵庫にだよ。直接。
 美弥……、お母さんに一人で怒られてくれたの。健ニイ。 

 あれっどこからだろう。カラカラと乾いた竹を打ち鳴らしたような音が聞こえてくる。なんだろう、歩くにしたがってカランカランて乾いた音が聞こえてくるの。
「あっ、鯉のぼりが泳いでる… 」
「鯉のぼり? 今頃かよ」
「健ニイ… あの鯉のぼり、音がする… カランカランって。なんでなんで? 」 

「オモシローい。うちの鯉のぼり音しなかったよね? 」
「しないよ… 普通しないだろ、音なんか」
「普通って何ヨ… 誰が決めた普通なのよ」

 もう。健ニイはいつも普通普通って。普通に考えたら異常なこといっぱいしてるくせに……、マーが怒るとすぐ言葉のあやだって。
 主体性が欠如してるのだわ。うん。それでいてマーのことになると積極的で能動的で主体的かつ実践的で実証主義的……、弁証法的思考なんかぶっ飛んで……、きっと……本能なんだわ。マーを守ることは。クスッ。 

「カランカランって… ほらマー、鯉のぼりの口元のところに竹の短冊が吊ってあるの見えるか? 音の正体はあいつだな、きっとあの短冊に願い事とか書いてあるかもしれないな」
「へぇ… そんな風習もあるのねぇ… 。ねぇ… まだあの子つかまってる? 私の髪に… 」
 美弥……、ちゃんと居る?
「あぁ… でも、ちょっと動かなくなったなぁ」
「そう… 触っちゃダメよ、静かにしておいてあげて」
 美弥……、大丈夫?じっとしているんだよ。 
                 
                ◆

 美弥……暑かったねぇ、やっとついたよ。健ニイが途中でこっちが早道だなんて云うから道間違えちゃったし。もう。ここなのよここ、私が来たかったお店。

「ここよ、ここ。ここに来たかったの」
 ごめんね、健ニイ。暑かったよね。お腹もすいただろうし。でもね、マーを迎えに来てくれて嬉しかった。美弥麻(みやま)も喜んでたでしょ?
 健ニイに初めて抱っこされて……。
 お母さんに健ニイには云っちゃ駄目って云われているから言わないけどね、美弥が生まれてからね、毎週お母さんが来ていたのよ。毎週。
 お母さんの妹、おばさんの家だし、おばさんも一人暮らしだから賑やかになったわって喜んでくれてたけど多分周りに色々聞かれると思うのね「どちらのお子さん?」とか。
 マーが三カ月間住んでいたからご近所さんには「姪っ子の子供が生まれるから、若いし、育てるのも大変だから暫く家で預かることにしたの」って説明していたけど……、変よねチョット。それなのに毎週お母さんが来るのだもの。お母さんね、マーには見せてくれたことも無いような顔をして美弥を抱くんだよ。おばあちゃんの顔?かなぁ。
 お父さんには内緒にしてるらしいけど、なんか、ただ何も言わないだけって云ってたよ。おばさんも出版社の講演活動なんかもあって出張することがあるらしいから、その時はマーとお母さんのどちらかが美弥のそばにいることになってるよ。
 美弥と離れるのは悲しかったけど健ニイの顔見たとき泣きそうになった。だって心から嬉しそうにしてくれたんだもの……。 

「待てよ、着いたのはいいけどさ喉が渇いたよ。何か飲もうや」
「そうね、じゃぁあそこの自販で買ってくるわ、何がイイ? 」
「お茶だね… 冷たいお茶」
「ニイ… 今頃、温かいお茶って云われてもありませんから」
 あの人、本当に下らない余計な一言多いのよ。チョットプンプンだわ、メンドクサイ人。

「はい、お待たせ、冷たいお茶(笑) 」
「有り難う」
「それにしても暑いね、お茶飲んで、欲しいものを買ったらご飯に行こうね」

 「外は暑いでしょう、中で涼みながら休んでくださいな」

 店のママさんかなぁ。私たちにそう声を掛けてきたのは四十才ぐらいのキチっとした身なりのご婦人だった。高級そうな上下ネイビーカラーに白のリボンカラーのアンサンブル、おばさんの家で観たファッション雑誌で見たことある、たぶんLOEWA(ロエベ)のスーツ!。
35mmのローヒールパンプス。トゥーのリボン。フェラガモね。
腰下回りにまわしたチェーン付きのポーチはシャネルだわ。
ロングの髪は自然な色合いで後ろで留めているのね。 
 ふーン、イヤリングはスイングタイプじゃないのね。
シンプルに見えてとても上品だし知的。でも石おっきい! 
あっ、手に持っているのはタロットカードね、ウェイト版みたいだけど……。

「はい、有り難うございます、でもこれ… 飲んでるから… 」健ニイが答えてる。
「大丈夫よ、他に誰も居ないから、飲みながら中で涼んでね」
 マーと健ニイは促されるままにお店に入ったの。

「来たかったんですわたし、ここのお店」
「そうですか、じゃぁ、お近くなのね、お住まい」
 言葉……気をつけなくちゃ。全部見透かされちゃう。

「ニイ、ごめん、チョットこれ持ってて… わたし、買ってくるから」
「あぁ、腹が減ったから早くな」
 はぁい~って言葉を残してママさんのところで風鈴を探していると「可愛いのがあるわよ、奇跡の風鈴て云ってね、バリ島の人たちからそう呼ばれてるんだけど、気に入ってくれるかしら……」
 このママさん、やり手よね。たった1行の中に女子が好きな言葉が3つも4つも入ってる。見せて欲しいとママさんにお願いすると、ママさん、手に持ったウエイト版のタロットカードをシャッフルしはじめた。「はい、じゃあここから好きなカードを1枚選んでみてね」って。

 楽しい!こんなお店はじめて!何か占ってくれるんですかって聞くと、人も物もみんな波動があってねって。重いカードが出た時はその波動を軽減する色の商品を出すようにしてるんだとか。
 オーラソーマみたいなものかなって思ったけど。
 マーが1枚のカードを引くと……
 やっぱりチョット重いわよねぇ。
 大変だったのでしょう今年って。
 何だろ、初めて遇った人なのに、泣けてきちゃう。
 マー、ハイって云っちゃった。
 ママさんが見せてくれたカードはソードの9。
 血の気が引いたよお。
 ソードの中でも重いカード。
 9は特別な数字。
 宇宙を支配する数字の親玉クラス。
 わたしのショックを見抜いたのね、ママさんが優しく教えてくれた。
『現在は未来じゃないの。現在は過去の仲間なのよ』って。
大丈夫。チャンと波動を整える風鈴を持ってくるから待っててねって。

 しばらくするとママさんが縦長の箱を持って戻ってくると箱の中から紙包みを取り出した。ガラス細工で、上には竹で編んだ籠が被せてあって。縦長の風鈴。胴体部分には、おはじきを想わせる硝子のビーズが埋められていたの。風鈴の口の方……下の方に行くにしたがってすぼまった形。

これね音消しの風鈴て云ってね、普段は音が鳴らないの、でもね妖精が乗った風が吹くと音を鳴らしてくれるのよ。

妖精……? これください!

じゃぁ、最後にもう一枚だけカードを引いてね。おまじないしておくから。

 ここのママさんヤバイかも!音消し、妖精、おまじない……マーが無目的だったら新手の宗教勧誘かと思ったかもしれないけど、目的をもってお店に来たのはマーのほう。

えい……そう云ってカードを引き抜いたものを渡そうとすると、自分で見ていいわよって。
 ジャッジメント。それを見たママさん。
「ほ~ら、ソードの9が過去のものになったでしょ」って。
マー凄く嬉しかった。
 ※ウエイト版タロットカードにおける大アルカナカード20番ジャッジメントの意味・死からの復活、再生、許された罪、目覚め、決断、新たな世界での覚醒などポジティブで強い意味を顕す。

「大丈夫よ……。妖精の風鈴どうしよう」って。
 もうね、マー、なんか足元ふらふらしちゃって。買います買いますって。2回も言っちゃった。お金を払って商品を包んでもらた時に、名前聞かれたのね。「真弓です」って答えたら、これは真弓さんへのお守りって云いながら黒いポチ袋を手に載せてくれて。
 マー「おトイレありますか」って聞いたら、「あっちよ」って笑いながら教えてくれた。 

「お待たせ… ごめんねニイ、お腹すいたよね、ランチいこ、ランチ、どうもありがとうございました、ステキなものを紹介してくれて」
 マーそう云いながらママさんと握手したの。

「いつでも遊びに来てね別に買わなくたっていいから、お兄さんもまたいらして頂戴ね… 」 

 雑貨屋をあとにして、お蕎麦屋さんで冷たいお蕎麦を食べると、マーたちは自宅に戻ったの。久しぶりの自宅。て云ってもお父さんもお母さんもいない自宅。健ニイとマーの二人だけのお家。

「何を買ったの? 」健ニイが買ったもののことを初めて聞いてくれた。「あのね風鈴を買ったの……。すごく可愛い風鈴……。みてぇこれ」
 リビングのシーリングライトの光が当たって綺麗に光っていた。

「でもね、この風鈴… "音消しの風鈴"っていって音がでないのよ。ただね、特別な風が吹くとその風と共鳴して音が出るんだって… 素敵よね」
 妖精のことは話せなかったよ。だって馬鹿にするじゃないきっと。そういいながらマーは手にした風鈴を様々に角度を変え、確かめるように眺めていたの、そしたら健ニイが……

「馬鹿だなぁ… 音の出ない風鈴? 普通、音が出るだろう風鈴て。聞いたことがないよ音の出ない風鈴なんて」
 なんか、まるでマーが騙されたみたいな口ぶりで云うの。

「またニイは”普通”って云った。それは、誰の普通で、誰のための常識なのよ…」
本当にデリカシーが無いんだから。えっ?なに?怒ったの?

「マー、蝶々が居なくなってるね… 」
「あっ、そうだ! えっ、居ないの? 飛んでった? 私たち… 忘れてた? あの子のことを… 」

 美弥……どこ行っちゃったの……ごめんね、ママお店で夢中になって忘れちゃってたのね。ごめんねぇ。悲しい。
「マー、チョットそっちを向いてごらん… 動くなよ、写真撮るから」「何? うん」
「切り絵みたいだな… 」
 そう云いながら健ニイは写真を見せてくれたの。美弥、飛べたのね。ちゃんと帰れたのね。

「飛べたのよ、きっと……、ありがとうの印なんだわこれ……あの子からの。やだ、どうしよう髪の毛洗えないしぃ……」
「よく云うよ、死んじゃって堕ちちゃってたら気持ち悪いだろう?」
 なんてこと云うのよこの人。人の気も知らないで、もう。
「飛べたのよ」

 マーがそう云うとね、いい風が部屋の中を抜けてった。音の鳴らない風鈴は、黙り込んだきり風にその身を任せたままに右に左に揺れていたわ。妖精さん乗ってなかったんだね、風に。
 そうだ、お守りお守り……黒いポチ袋はと、あったあった。

「あそこのママさんお守りくれたの。ニイも貰ったでしょ? 」
「あぁ… そう云えば貰ったなぁ。なんか、タロット占いもやっているらしいね、あのお店」
「そうなのよ、結構当たるって評判みたいよ…… ウンショっと… 二人で一緒に見せあいっこしよ… ほら早く、ニイも開けてよ…」
「子供じゃあるまいし、しょうがねぇなぁ… はい。いつでもどうぞ」

子供みたいな処ばかりのくせにぃ……。
「せえのーで! 」

 声をそろえてポチ袋からカードを引き抜き見せあったの。
 マーのカードにはインフィニティー、無限大をモチーフとした黄色い蝶を頭上に戴いた大アルカナカード、Ⅰ番のマジシャンが描かれていたのよ、凄―い。
 健ニイのカードには、大アルカナカードⅥ番の恋人たちが描かれていて、女性の頭の周りにはたくさんの黄色い蝶が描かれてるの。

「健ニイ… あの子… ちゃんと一緒に帰って来てたね… ここまで」
「あぁ… 」

 フフッ……健ニイ、美弥に「美弥麻(みやま)」って名前を付けたいって云ったときと同じ返事だね。…… ありがとう健ニイ。 

「ふゅるるるぅぅぅぅ~」部屋の中を抜ける風が紫色に色付いている。何処かでかいだことのある匂い。なんだっけ……、あっ、そう、ラベンダーの匂い。
 ミヤマカラスアゲハはね、健ニイ。
 ラベンダーの花が大好きなんだよ。
 知ってた? 知らないよね……クスッ。

だからね北海道の富良野にたくさん生息してるんだって……。美弥が私たちのところに来てくれた時に調べたの。

音の鳴らないはずの風鈴が微かに音を奏で始めた。
「あっ… 」ママたちね、顔を見合わせて笑いあったのよ。美弥。

  了

凡ての愛に幸多からんことを

             世一

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