好きになるかもしれない人に会いました
彼に初めて会ったのは、わたしが住む街の小さな喫茶店です。
その日はとても寒い日で、コートのボタンを1番上まで閉めて、その上からさらにマフラーをぐるぐるに巻いても尚寒い程、風が冷たい日でした。
その日は家族にとって大切な日で、私は行かなければならない場所がありました。
でも、わたしの体調は絶不調でした。
時々、心が疲れすぎるとそうなります。原因はわからなくはないけど、自分でも気づかないくらいにじわじわと少しずつ、嫌な感情が影を落としていって、気づいたときにはもう涙が止まらなくて、動くことができなくなります。
「行かないと…」
「大切な日をすっぽかしたら、家族からどう思われるのだろう…」
「みんなに会うのなら笑顔でいないと…」
行きたくない、行かなきゃ、元気に振る舞えるかな
そんな気持ちがぐるぐる頭を巡って、余計に苦しくなりました。
結局、「ごめんなさい。行けません。」と家族にメッセージを送りました。
携帯はもう見たくなくて、好きな小説を持って家を飛び出しました。
普段はあまり行かないドーナッツ屋さんに入って、特段好きでもないドーナッツを3つも買いました。
1つ目を食べ終わる頃には、少し気持ちが悪くてもう食べたくなかったけど、勿体無いと思っておかわり自由の無糖ミルクティーで残りの2つを流し込みました。
ドーナッツの甘さと戦っている時、ラインが届きました。家族からでした。
「大丈夫だから、ゆっくりするんだよ」
優しい言葉をかけられることも、家族に甘えてる自分も嫌になって、また涙が止まらなかったです。
冷たい風にあたれば落ち着くと思って、外に出ました。でもやっぱり、まだ家に帰るには元気が足らなくて、フラフラと次の行き場を探しました。
その喫茶店は店の前を通るたび、気になっていたお店で、でも訪れる機会がないまま半年程経っていました。
どうしてそのお店を選んだのかはわからないけど、なんとなく扉を開けて、お店の方に言われるがままに2階の席につきました。
そのお店は、本当に素敵な喫茶店で(また別でnoteに書こうかな)、その日のわたしを救ってくれました。
メニューの説明をしてくれたお兄さんは、若い見た目でおそらくアルバイト店員かな、と感じました。とても穏やかな声で、ゆっくりと丁寧に話す方で、足音や物音を立てない方でした。
それから月日が過ぎること、2ヶ月。
またまたやってきた、疲れが溜まってしまった今日の日。
どうしても家に帰りたくなくて、無駄に散歩をしてみたり、馴染みの定食屋さんでご飯を食べてみたり。
ふと、あの喫茶店に行こうと思いました。
お店の扉を開けると、カウンターにまたあのお兄さんが立っていました。
1回目と同じように2階の席に案内されました。
前回、品切れだったミルクティーを注文して、しばらく喫茶店の雰囲気に体を任せていると、いつのまにかお兄さんがわたしの後ろまでミルクティーを運んできていました。
相変わらず、物音を立てない人だなと、少しおかしくなりました。
テーブルの上に静かにミルクティーが置かれて、お礼を言ったわたしにお兄さんが話しかけました。
「以前にもいらっしゃいましたか?」
「はい」
「ですよね、今日は何かのお帰りですか?」
「…なんとなく家には帰りたくなくて」
小さく、ふふっと彼が笑いながら「僕もそれ毎日ですよ、寂しいですよね」と静かな声で言いました。
「一人暮らしではないので、寂しいわけじゃないんです」と返すと
「そうなんですね。この辺りに……いや、あんまり深いりしない方がいいですよね」
なにかあったら呼んでくださいね、と微笑みながら下に降りて行きました。
彼がいなくなった2階の席で、わたしはその喫茶店のホームページを調べてみました。
"なぜ生きているのかと思ったことはありませんか?
ここは僕の全てを詰め込んだ喫茶店です。"
ホームページの先頭にそう書かれていて、彼が店主なのだとやっと気付きました。
その空間から離れることが惜しくて、閉店ぴったりの時間に下に降りると、店主の彼が、ありがとうございました、と静かに言いました。
「無事に家に帰れそうですか?」と問われ、
「大丈夫です」と曖昧に言ったわたしに彼がまた、ふふっと笑いました。
お店の外に出て、再びチラッと中を覗くと、彼が手を上に上げて、また!といいました。
家に帰る道、彼のことを考えました。
生きる意味を考えたことがある人、
その結果あんなに素敵な空間を生み出した人
静かに話す声
荒々しさを感じない言動
無理に強要しない人
今日見えた彼は、わたしにとってひどく魅力的な人間でした。
わたしは彼を全然知らないし、今から好きになるかはわからない。
好きになったとして、その先わたしがどんな行動をとるのかもわからない。
でも、確実に絶対に。また1ヶ月後くらいには、彼の喫茶店に行って、彼のいれたミルクティーを飲みたいと思います。