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花海棠


交差点で
腕を掴まれた
私の名前を呼び私の目を見つめている

…会いたかった人

自分の向かう方向を背にして
私のつま先の方に合わせて歩み出す

『ずっと 会いたかったんだ』

私も とは言えず聞こえないふりをした

背中に回された左手を解くように
彼の正面にまわる

『ねぇせっかく再会したのだから
今から時間ある?
 鎌倉に 海棠 見に行かない?
そろそろ咲いてるんじゃないかな』

花海棠は桜が散る頃に見頃になる

偶然の再会だった
多くの人が行き交う交差点のど真ん中だ

彼は 必然だよとほほ笑み
目尻にシワを作った


小さなすれ違いをすり合わすこともなく
互いに連絡を取らなくなり
もう終わったのだと思い込んでいた

別れを確認することもなく
時間だけが流れていた

その時からこの時間まで
互いに『誰か』がいた事も
安易に理解できる
彼との時間は止まっていた

妙本寺の海棠を
この人は覚えているだろうか

出会った頃に私にくれた一冊の本
その中に描かれていた海棠

いつか一緒に見ようと
話していた海棠の花
この人は覚えているだろうか

本堂を前に左手に大きく枝を伸ばし
海棠が萌えるように咲いている

『小林秀雄の本だったよな』
「そう中原中也との仲のね」

海棠の花が風に揺れた

時間が動き出したのを感じた

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