夫が名誉職を返上した話

 私には子供が3人いる。私が産みました。
 ところが、「産んだ覚えのない大きなお兄ちゃん」が、突如出現し、長らく、子供ヒエラルキーのトップに君臨していた。
 それは、対外的には、「夫」と呼ばれている者。
 しかし、家庭内では完全に「大きなお兄ちゃん」だったので、私は称号を授けた。
 名誉長男。
 名誉職なので、実権はない。

 名誉長男は、家のことは、何もできない。電子レンジも使えない。ごはんも炊けない(うちは土鍋派なので、なおさら覚えない)。
 洗濯もしない。掃除機もかけない。
 ただ、過労死する人も出るような環境でも、文句ひとつ(家では)言わず、タフに働く。
 だから私も、文句ひとつ言わず、ワンオペ育児、ワンオペ家事を頑張ってきた。
 これまた悪いことに、私は体力があり、ムダに根性もあり、そして完璧主義なので、手抜きとかほどほどにできない。
 私は、どんどん料理の腕を上げ、掃除が上手くなり、そしてますますハードルを上げて自分の首を絞めて、こうなると「家族にやらせるより自分がやった方が早い!」となって、ますますキーキーした。

 という、長い長い年月を経て、しかし、これはまずい、と私は思った。
 お母さんが何でもやってくれる、は、「愛情」ではなくて「猛毒」だ。

 そして私は歯を食いしばり、「自分でやる」を少しずつ手放して、名誉長男や子供たちに渡し始めた。
 それは例えば、「のどかわいた」と言われたときに、「自分でやってね」と返すとか、そんなレベルからだった!
 何なら、子供も夫も、今までは私が先回りして「のどかわいてない?大丈夫?なにか飲む?何がいい?」って訊いて、答えたものが出てくる生活だったのだから。

 少しずつ少しずつ軌道修正して、子供たちは、食器を出したり下げたり、洗濯物を干したり、取り込んで畳んでしまったり、お風呂掃除、トイレ掃除くらいはできるようになってきた。
 少なくとも、「お母さんがやって当たり前」とは思わなくなってきた。
 「のどかわいた」と自ら言い出す前に注文を訊いてくれ、何でも出してくるようなお母さん、からのこの変化なので、すごい振れ幅だと思う。

 そして、いつしか名誉長男も、「大きいお兄ちゃん」じゃなくて、「父親」としての役割を頑張るようになってきた。
 父親って、勝手になるものじゃなくて、手本なり目標なり、目指すべき姿があって、後天的に習得していく「機能」だと思う。

 そんな中、今朝の出来事。
 体力気力自慢の私が、どうしても起きられず、意識が泥になってしまったかのように眠っていて、覚醒しなかった。
 昨夜仕込んだ食パンが焼き上がり、子供たちはお腹が空き、妻はげっそりと寝込んでいる…、という中で、夫がやってくれたこと。

・子供たちに洗濯物を干させて、乾いたものは取り込み、畳み、各自で仕舞わせた
・焼きあがった食パンを、ケースから出した(ミトンを使った)
・食パンスライサーを使って、パンナイフでスライスした
・珈琲を淹れた
・子供達に新しいジャムを出して、トーストを食べさせた
・各自に食器をさげさせた
・食器用洗剤が切れていたので、買いに行き、補充して、食器を洗ってくれた
・部屋に掃除機をかけ、きれいに片づけた

 私が昼近くに起き上がったときには、部屋はきれいに片付いて、食器は洗い終わり、私の分の食パンが一枚だけお皿に取ってあって、温かい珈琲はたっぷりあるし、洗濯物も全部終わっていた。
 何もやることがない。こんな日が来るとは思わなかった。
 高熱を出しながら、這うようにして夫と子供のごはんの用意をしていた数年前のことを思い出す。別に夫がひどいわけではなく、私が、熱が出ようが何だろうが、任せておけなかったのだ。

 ミトンを使ったり、パンスライサーを出してきて、パンナイフでパンを切ったとか、そういう細かいところにびっくりした。
 「よく置き場所わかったね?っていうか、そういうものを使うってことを知ってたことにびっくりしたよ」
 「まあ、見てたからね。でも珈琲は、新しい豆の場所がわからなかったから、粉で淹れたけど」
 「新しいジャムの買い置き、よくわかったね」
 「なんか、昨日買って来たって言ってたよなーと思って」

 ほんとびっくりした。
 もう完全に、名誉職は返上したな!と思った。もう、私がいついなくなっても大丈夫だ。ヤッター!!いなくなるぞ!!
 あとは、子供達にも、「自分のことは自分でできるように」、そして「家族のために働けるように」、ステップアップさせていきたい。子供に関してはまだまだ課題はいっぱいある。
 けど、「言う前に何でもやってくれるお母さん」「自分のことすらやらない子供たち」という関係からの脱却は、それだけで、大きい変化だと思う。
 

 自分のことが自分で出来て、家族という社会の最小単位の中でチームワークを学んで、人の役に立つことを覚えて、そして初めて、大きな社会に出て、誰かの役に立つことができる。
 ここからだ。

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