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noteにて「初めまして」

しょっぱなのnoteで思想をぶちまけた後に何を今更、と思わなくもないが、noteというものを始めるにあたり少し自己紹介をしたいと思う。

と言っても、自分は平々凡々な(多少「変わっている」らしいという自覚はある)人間なので、ここに書き連ねても対して面白くはないかもしれない。

しかし、これから少し文章を綴っていく中で、少しでも「私」という背景を知った方が何かの参考になれば良いなと思う。

今の基本スペック

この記事を書いている段階(2022/03/05)で、私は32歳のしがないベンチャー企業社員だ。
(余談だが、今となっては大きな芸能事務所を立ち上げた方が「年齢さえ偽ってなければいいよ」と仰っていたのを観た。なるほど、と思った次第である)

性別は女性だが、料理の類は一切センスなし。
一児を持つ母でもあるが、普段の食事は9割5分主人に作ってもらっている。

趣味は写真撮影と読書と、カフェ巡りとゲーム。
(何ともインドア派)
趣味については下手の横好きの自覚があるのだが、いつかそれぞれ文章にしていきたい。

転勤族だった幼少期

北海道で生まれ育った私は、5歳にして国を飛び出すこととなる。
幼稚園年中組だった私は、父の仕事の都合でドイツに引っ越すこととなった。
ドイツでの生活は2年2ヶ月しかなかったが、この体験は今でも私に強烈な「ドイツ愛」を植え付けている。

その後故郷への帰国、2年間の香川県での生活を経て、地元に落ち着いたのは小学6年生の頃だった。

勉強が主軸の中高生時代

中学校は地元の公立中学に進学し、それほど特筆すべきこともなく3年間を終えた。
ただし、この時期に出会った一冊の漫画が私の人生に大きな影響を与えたことは特筆しておきたい。

「テストは無勉で挑んで、その時のサラの実力を測るものだ」などと豪語して親や周りの胃を痛めていた時期だが、それは一旦割愛しよう。

地元の公立高校に進学した後は、ひたすら勉強の日々。
文芸部に所属して仲間たちと研鑽を重ねた時期でもあり、私の「表現力」はここで磨かれたのだと思う。

波瀾万丈の学生時代

これまた地元の大学に進学した私は、幼少期の体験から洋弓部に入部。
ここで今の伴侶と出会うことになるのだが、それはまた別の機会で話そう。

教養、専門と学問を修めていく中で「自分はまだ、自分の限界を知らないんじゃないか」と一念発起。
超無謀な大学院受験を経て、晴れて東京の大学院に進学することになる。

元々が「博士課程まで進もう」と決めていたこともあり、修士・博士の5年間を東京で過ごす……はずが、途中で強烈な挫折を経て地元大学へUターン。
それでも所属は東京の大学のまま、何とか博士号を取らせてくれた当時の教授陣には一生頭が上がらない。

27歳、初の社会人

先述の通り博士課程を卒業した私は、27歳にしていわゆる「新卒」の状態だった。
博士課程まで行けば職は研究職か専門職。
普通ならそうなるところだが、一旦研究から距離を置きたかった私は広く就職活動を開始。

……が、いわゆる「普通」を逸脱していた私の就職活動は難航。
博論発表の準備を進める中、毎週死んだ顔で教授に「就職は決まりません」と報告していたことを覚えている。 

その後、縁あって今の会社に就職。
当時は10名規模、しかも新卒は自分が初という会社の状況で自分を送り出してくれた両親(そして既に結婚していた主人)には、感謝してもしきれない。

そして現在に至る

27歳の春に就職してもうすぐ5年。

入社10ヶ月にしてチームリーダーに抜擢されたり、会社初の育休を取得したり、子育てをしながらまたチームリーダーにしていただいたり。
そんな怒涛の社会人生活を送っている。

長々となってしまったが、ここはそんな自分が「日常」や「思考」を残していく場としていきたいと思う。

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