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アニメ「負けヒロインが多すぎる!」に敗北し、泣いた

 別に恋愛至上主義を掲げたいわけではないが、年若いティーンエイジャー、特に学生にとって、彼氏彼女という存在はこの上ないステータスだ。そこには学内のヒエラルキーやカーストのような打算があったとしても「自分だけの一番」「相手だけの一番」をお互いにあてはめられる間柄は唯一無二だろう。

 しかし、一人の男が二人以上の女性の肩を抱くことは常識的にありえない。そのまた逆も然り。悲しいかな、恋愛は競争だ。同じ異性を好きになったとしても、選ばれるのはどちらか片方だけ。一人とは一人しか結ばれない。熾烈な奪い合いか、さもなくば陰鬱な駆け引きか、いずれにせよそこに在るのは勝った者と敗れた者の二者択一だ。

 では、結ばれなかった方は?

 負けた後にも人生は続く。
 恋に敗れた者はその後何を拠り所にするのか。
 一組のハッピーエンドの裏側で、何が起こっているのか。

……なぜこんな与太話をしているかというと、アニメ「負けヒロインが多すぎる!」を観たからである。

 かくいう自分もこのアニメに関しては「リボンがやたら多い制服」「青髪の女の子がやたら飯を食ったり奇声を上げたりする」など妙なざわつきに交じってやたらと評判の良い噂を聞いた程度の人間である。恋愛もののラノベはとらドラ!以来なので最近の流行も良く知らないのだ。

 そんな調子なので、ひとまずは原作の電子版1巻を手に取り、読み終えるたびに続巻をダウンロードし、読書履歴が負けヒロインに大量汚染されながらも「ふーん、結構面白いじゃん。まあラブコメもいろんな名作があるしそれと比べるとまだハマってないし? 全然ハマってませんが……」とナメた態度を崩さないままアニメの再生ボタンをクリックし……恋をする少女のあまりにも美しい姿と、初恋が無残に敗れ去る残酷な予感に胸を引き裂かれ、嗚咽し……泣いた。


「めでたしめでたし」で終わらなかった側のヒロインの物語

 慟哭の理由を説明するためには、まずこの作品のヒロインの一人、小鞠知花の話をしなければならない。小鞠知花は文芸部の高校一年生である。チビで人見知りで吃音がちな陰キャ少女であり、クラスで友人が一人もおらず、昼食はいつも便所飯でネオバターロールを袋からもさもさ食っている。

水道水ソムリエでもある

 そんな彼女は文芸部という居場所をつくってくれた部長の玉木慎太郎に恋をしているのだが、慎太郎の隣にはいつも副部長で幼馴染の月之木古都がいた。二人はお似合いを通り越して悪友とも言える仲であり、小鞠は愛くるしい後輩としか見られていない。

 当然、月之木古都は恋のライバルなんて関係では微塵もなく、それどころか妹のように可愛がられる始末。勝負にすらなっていない。そもそも、今の三人の関係に小鞠は居心地のよさすら感じている。小鞠は秘めたる想いを胸の内にそっと仕舞い込む――筈だった。

 全てが変わってしまった契機は文芸部のカンズメ合宿だった。カンヅメもそこそこに海ではしゃぐ文芸部メンバー。海水浴、バーベキュー、そして花火。これ以上ないほど充実した合宿。そんな中、偶然暴発した花火。自身の火傷も省みず小鞠を庇い、彼女の身を案じる慎太郎。

 溢れ出す感情。
 この想いを伝えられるのなら。
 心地いい人間関係を壊してしまってもいい。

 小鞠知花は玉木慎太郎に告白する。たどたどしく吃音気味に、けれども確かに想いを口にする。完全に突発的な行動だ。息を吞む文芸部の面々。静止する時間。流れ始めるEDのイントロ。そして第三話のサブタイトルが映し出される。

「戦う前から負けている」


……恐ろしいことに、ここまでは導入の話だ。「めでたしめでたし」で終わらなかった側のヒロインの物語は、ここから始まる。腐れ縁の幼馴染、幼少から想いを秘めた異性の友達、先輩を敬慕する後輩……そんな彼女らの恋心は相手に届かず、指の間を滑り落ちていく……こんな恐ろしい展開がたった四話の間に、三人の少女に対して立て続けに引き起こされる。

 たとえ意中の相手に選ばれなかったとしても、そこで舞台の幕が下りることも、世界が終わることも、ゲームがエンディングを迎えることもなく、現実の人生は続く。相手の一番が自分じゃなくなることへの気持ちの整理、恋愛以外の自分のアイデンティティ探し、新しい恋の前に立ちはだかる以前好きだった人とのギャップ……そんな等身大の思春期の悩みがこの作品の主題なのだ。

劇場映えするくらいデカい入道雲がすごい


純粋にアニメとしてめちゃくちゃ出来がいいし普通に笑える

 ところで、彼女たちはヒロインであって主人公ではない。この作品は青春群像劇のようでそうではない。この作品の主人公、温水和彦は彼女たちの大恋愛の舞台に隅っこの方でたまたま立っていただけの、ヒロインの友人でも、ましてや恋人でもない、単なる傍観者である。

なんか すごい平凡 みたいな感じのキャラデザが絶妙

 やれやれ2鈍感2達観6くらいで構成されたこのラブコメ主人公はなんやかんやあって負けヒロインたちと親密になっていくので「結局いつものハーレムもののラブコメなんじゃないの」という声も上がるし自分も否定はしない。というか基本的にボンクラ恋愛ラノベ(失礼!)であることは間違いない。
 しかしモブキャラを自認し裏方人生を歩んでいた彼が、あることを契機に自ら進んで表舞台へ躍り出るようになるのは初期の僕ヤバに近い味わいがあり(その同情と共感とクソボケを覚える絶妙な頼りなさ!)、ともすれば恋愛よりも青春の比率の方が大きくなっていく。正直このふざけてるようなタイトルから直球の甘酸っぱい青春が摂取できるのは何らかのバグじゃないかと思う。


 そういうの抜きでも純粋にアニメとして良く出来ており、漫才みたいな会話のテンポやヒロインらしからぬすごい声とか面白い部分もめちゃくちゃ多く、コミカルとシリアスのコントロールが巧みすぎるのだ。異様にディテールの凝った豊橋の描写や美術と演出とアニメーションのクオリティが抜群で、原作を読んだ上でも初見のような衝撃と感情の揺さぶりを受けてしまう。

ヒロインと思えない顔と声が毎回出てくる

 なんでこんなに気合の入ったアニメになっているのかさっぱり分からないが、三十代をターゲットにしたかのようなEDカバー曲も豊橋の絶妙に寂れた町並みも全ての要素が嚙み合ってて、めちゃくちゃ良い感じの青春モノに仕上がっている。だからぜひ軽率に視聴して「最高のアニメだな……」→「やっぱ変なアニメだわこれ」を反復横跳びしてほしい。そしてあわよくば原作も手に取って欲しい。



(終わりです)

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azitarou
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