剣闘愛活剣 #AKBDC
この小説は 第二回 #AKBDC の応募作品です。(約3,500文字)
(これまでのあらすじ)3年の間、トップランカーとして剣闘士の頂点に君臨している”スプレンディド”・ムーンライト。彼女に対して挑戦を申し込んだのは歴代最速でナンバー2の座へと駆け上がった新進気鋭の女剣闘士、”プリムローズ”・スターパレスであった。
「剣闘士の戦いじゃない…」
観客のひとりがぽつりと漏らした。ムーンライトが極めたとされる、剣闘士に伝わる四つの型。可憐、涼味、魅了、無垢と呼ばれるその全てを引き出さなければ、ムーンライトに打ち勝つのは不可能と言われていた。それをスターパレスは三つまでも引き摺り出したのだ。
スターパレスが愛活の型を自称するそれは、明らかに我流の太刀筋であったが、予測困難な挙動と、己の手足のように小道具を使いこなす戦法により、ムーンライトの圧勝という大方の予想を覆す健闘を見せたのである。
全身に浅い傷を作りながらも堂々たる姿で弓を構えるスターパレスの足元に散らばるのは、苦無、てつはう、とりもち玉、爆竹などである。これらはあくまで戦いを飾り立てる小手先の道具というのが剣闘士の間での共通認識出会ったが、スターパレスは引き立てに過ぎぬ端役たちを存分に活用した結果、ムーンライトに対して大立ち回りを演じた格好だ。観客がどよめくのは無理もない。
しかし、手段を選ばないスターパレスに向けて非難の声をあげるものはひとりもいなかった。何故ならムーンライトに必死に食らいつくスターパレスの瞳には一切の曇りはなく、孤高に君臨するムーンライトへあの手この手で挑みかかるその姿に、有象無象の大衆はこれまでの挑戦者と異なるアトモスフィアを感じ、不思議と魅了されるのだった。
迎え撃つムーンライトは月のように白い肌を微動だにせず刀剣を構える。ムーンライトの刀は蝕むような陽の光を寄せつけぬように反射し、行き場を失った輝きが観客の目を眩ませた。
スターパレスが弓を射る。頭、右脛、左肩、左わき腹。ムーンライトは眉一つ動かさず飛び来る矢を刀剣で弾き返し、叩き落とす。
矢を一本打ち払う毎にムーンライトは踏み込み、スターパレスとの距離を恐ろしい速さで縮めてゆく。矢筒に最後に残った一本をつがえる頃には、ムーンライトは拳ひとつ外側の間合いまで迫っていた。スターパレスは迷いなく眼前のムーンライトへ向けて矢を放つ。
難なくこれを打ち落としたムーンライトはスターパレスに返す刀で切りかかる!矢を放った瞬間に弓を放り出したスターパレスは、ムーンライトとの距離をむしろ詰めにゆく!その手には脇下に帯びていた短刀が握られ、吸い込まれるように己の首を刈りに来たムーンライトの得物とかち合った。
その刃が指を切り落としにかかる前に短刀は刀剣の腹を滑り、強烈なムーンライトの薙ぎの力を逆に利用し、スターパレスは背中から強烈に体当たりを仕掛けて体勢を崩しめた。
致命の一撃を繰り出そうとした瞬間、スターパレスは震えるほどの奮起を感じ、得物を投げ出してムーンライトから飛び退いた。瞬間先までスターパレスがいた地点が爆砕した。剣を持つ腕が頭上へ投げ出された格好のムーンライトは、体勢を崩したのではなかった。この構えこそ自身の倍はあろう巨漢すら一太刀のもと両断せしめたムーンライトが極めたとされる第四の型、無垢の型である。
スターパレスは地面に散乱していた武具から刀剣とバックラーを拾い構える。四つの型を開示したムーンライトが如何なる手を用いるのか、スターパレスは、観客は、他の剣闘士は全く予想が付かない。剣闘士の王者に挑む者で、ここまでの手勢は過去にいなかったであろう。観客に広がったどよめきの声は、波が引くように直ぐに静まった。
そのときである!ムーンライトの両目が見開き、その喉から「愛!克!」の大音量の喝が迸った!
スターパレスは全身が総毛立ち、金縛りにあったかのようにその場に立ち尽くす!これこそ熟練の剣闘士の間ですら実在の有無が疑われていた、剣闘士の極致、愛克の型である!
ムーンライトは凄まじい剣気を全身から放ちながら刀剣を両手で構え、ジリジリとスターパレスに距離を詰める。砂粒が落ちるのを眺めるほどに緩慢に、しかし着実に死が近づいていることが、スターパレスには分かった。
(私はあなたを待っていた)
スターパレスの脳裏に言葉が蘇る。この試合の直前、ムーンライトと交わした言葉だ。
(今思えば、あなたを初めて見たときからずっと。トップ剣闘士の座を譲るわけじゃない。あなたに奪われたいの)
(よじ登ってきなさい)
入場ゲートの逆光に消えるムーンライトの後姿を引き剥がし、スターパレスは現実へと立ち返った。振り下ろされる刀剣が視界に広がる!スターパレスの内から奔流が迸る!
「愛!活!」
スペシャルアピール!寸前、金縛りから解放されたスターパレスは自身を真っ二つに両断せしめる必殺の一撃を横凪ぎに払った。
ムーンライトは息を呑み、数歩後ずさった。スターパレスの後方、王者の後退を見た観客が驚きの声をあげた背景を彼方に押し去り。ムーンライトは先の反撃を反芻した。ムーンライトの刃が跳ね返した陽が、熱が、放つ剣気が、余さずスターパレスの刀剣に吸い込まれた。そのように見えたのだ。
ムーンライトが構えた愛克の型は、夜空に輝くただ一つの輝きのように、何物も寄せ付けない”絶対”の奥義である。対するスターパレスの愛活の型は、スターパレスの潜在的な剣闘士としての素質が開花させた”無限”を秘める奥義であった。
愛活の型を構えたスターパレスの刀剣は、さながら太陽を中心に周回する銀河の中心となり、その渦運動によって、全てを呑み込まんとする混濁の混沌であった。可憐、涼味、魅了、無垢、そのどれもが溶けて混じり合い変質していく様を、ムーンライトは畏れた。
太陽が頭上からスポットライトのように二人を照らす。無言となった決闘者たちの周囲を、熱気を掻き回すように風が巡り始めた。吹き上げられた砂塵が晴れると同時に、二人は踏み出した。
両者は切り結んだ。スターパレスの刀剣が振り下ろされ、ムーンライトの刀剣が振り払う。二人の刀剣は光と闇、陽と陰、太陽と月であった。
互いに奥義を繰り出し、死力を尽くす剣戟は、一見するところ剣闘士の精華を極めた華麗な演武を観るかのようだった。剣闘士の誇りと覚悟を賭けた激突に、観客は我を忘れ、声を涸らせた。
無数の斬り結びの果てにムーンライトは電撃的に悟った。愛克もまた愛活なのだと。己が振るう絶対の愛克すら内包せしめる無限の愛活。
(…追いつきます!負けないくらい強く輝いて、太陽みたいになります!)
かつて自分に憧れた一人の少女。彼女が到達した真理。愛活。
「愛!克!」「愛!活!」「愛!克!」「愛!活!」
ムーンライトの開けた視界に、闘技場全体を揺るがす大歓声が戻ってきた。観客に残虐な処刑ムーヴや血みどろの決着を望む者はひとりもいなかった。ムーンライト、スターパレスどちらにも惜しみない応援が注ぎ込まれ、誰もがこの試合に心奪われていたのだ。
その熱狂の渦の中心で、ムーンライトとスターパレスは笑っていた。笑いながら剣闘を、愛活を続けた。たった今産声をあげた愛活と、天上まで極められた愛克は、ぶつかり合う度に火花を散らし、幾重もの星が産まれ、消えていった。頂上たる戦いは、永遠に続くとも思われた。天を制していた太陽がやがて首を垂れ、夕闇が差し迫った空に金星が瞬いた。
ドシャーン! ドシャーン! ドシャーン!
闘技場の高台に備え付けられた大銅鑼が三度鳴り響く。剣闘が始まって以来、一度も鳴らされたことのない闘技のタイムアップを知らせる合図だ。
「ムーンライト、貴方は私に夢をくれました」
剣を納め、スターパレスはムーンライトに歩み寄った。先までの試合で高ぶった興奮を抑えられぬ足取りに、額から流れた雫が流星のようにきらめいた。
「私もスターパレスを見て、まだ歩いて行けるって思えた」
ムーンライトも剣を鞘に納めた。そして、剣闘士の証たるカチューシャを外し、スターパレスへ差し出した。
「もしも気を抜いたら、追い抜くよ?」「……! はい!」
ふたりを乗せたステージがゴゴゴという低い音と共にせりあがる。控室の剣闘士たちが剣闘をたたえるため地下の労働バーを回しているのだ!いまや闘技場は皇帝の戴冠式もかくやの大盛り上がりであった。
太陽は既に彼方へと姿を隠し、億兆の星が満天を埋めて、滔々と銀河が流れている。ステージに並ぶ2人の姿はその銀の鋭光に照らされ、自ら発光するように輝いている。
かくして、後の世に語り継がれることとなる、世紀の剣闘士対決は両者引き分けの結果に終わり、しかしこの試合を見届けた者全員が、剣闘は新たなステージへの躍進を予感するのであった。
(剣闘愛活剣 完)