空騒ぎフラッパー
「なあ、死後の世界ってあんのかな」
「何オマエ、寺島にやったこと後悔してんの?」
「バカ、んなわけねーだろ」
火野と三浦が軽口を交わすのを、僕はすぐ傍で聞いていた。
屋上はがらんとしている。ここから寺島サトルが飛び降り自殺をしたせいだ。
「でもまあ、いい気はしねえな」
「違いねえ」
「案外ユーレイになってその辺にいたりして」
「縁起でもねえこと言うなよ、三浦ァ」
三浦は鷹揚に手を振り、僕の体を透り抜けて校舎に戻っていった。
火野は屋上に残った。五限をサボるつもりらしい。
どこか達観した目をしている火野に、不思議と情感は湧かなかった。正直なところ、こうなったのは幾つもの要因が重なったためで、彼には感謝しているくらいなのだ。僕は、僕のやるべきことが見つかったのだから。
目を眇めて火野を見る。
火野の姿にダブって見える”淀み”は随分と小さい。サボり以上のワルはもうやらないだろう。それに――。
僕は、手元にある予定寿命通知書に視線を落とす。
これによると、火野は。
ごう、と風を切る音。
見上げれば、空から落ちてくる鉄骨が半ダースほど。火野が気付く様子はない。
因果律無軌道事象だ。僕は虚空にペンを走らせた。
『クソデカマシュマロが鉄骨を受け止める』
直後、形而上の巨大マシュマロが出現し、鉄骨を柔らかく包み込んだ。歪んだ因果律と因果律が対消滅する。
因果が霧散した青い空の下、宙に浮かんだ久留見アスカちゃんがつり上がった目で僕を見下ろしていた。
「また来たの、アスカちゃん」
「いい加減、そこどいて。どうして自分を殺した相手を庇うの?」
「殺したんじゃないよ。僕が自分で飛び降りたんだ」
「それ、もう聞き飽きたわ」
当然、その声は火野には届かない。ユーレイと生霊の声は生者には聞こえない。
「火野の野郎、今日こそ私がブッ殺すから」
ぷおんと、列車が屋上を通過しようと駆け込んでくる。
淀みのない純粋な殺意だ。僕はペンを懐にしまい、コンパスを手に取った。
(続く)