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ディープ・ダイバー2041【完全版】

プロローグ

炎上する市街地を眺める。横転した車にガラスの割れた店。散乱した張り紙に意識を集中する。数は…3体。間違いない。『ノード』だ。

『隠れ層』からやってくる奴らは実体を持たない。光学、熱流センサにも映らない。俺たちの住む『出力層』から『情報』を啜り上げ、糧としているのだ。異次元の侵略者に世界は大混乱に陥り、人類は為す術もなく敗北した…はずだった。

軍事機密の深層解析ツール『ディープ・ダイバー』が流出していなければ。

腕に装着した情報端末を操作する。有線接続されたバイザーに《SCANNING…》の文字が浮かぶ。COM銃を構える。

解析結果が表示された。『他社で断られた方でも力になれます』『安心と信頼のソリューション提案』…粗悪なキャッチ広告だ。これなら一人でやれるか?

3体目。『預言者の告示―容疑者Sの証言』ーマズい。国家崩壊前に発行され人々を凶行に走らせた第一種悪性情報だ。まだ生き残りがいたのか…!


≪ディープ・ダイバー2041≫


廃都市郊外区

物理媒体から情報を啜り出すのは奴らにとっても難儀なことらしい。チラシ広告程度のノードは今まで数えきれない数を狩ってきた。それなりの装備があれば素人でも対処できる。だが、本丸々一冊となると話は別だ。どういう原理か分からないが、ノードは溜め込んだ文字数、簡単に言えば情報量が多いほど、それもクソみたいなヘイト本ほど巨大化し、厄介さが増す。

俺はハンドヘルドPCのローカル通信をONにし、簡易メッセージを送信した。送ることのできる最大文字数は12文字だ。モノクロ液晶に《SENDING…》の文字が点滅する。この距離なら間違いなく気付かれるが、どの道ここを突破できなければ今回の任務を達成できない。

ノードの真に恐ろしい点は、物理情報に比べ、電子情報は圧倒的な速さで食い散らかすことだ。たんまりとデータが保存されている記録媒体は、やつらにとっては脂したたる豪勢な食事であり、情報を完全に抜き取られた記録媒体は爆発する。原因は不明。ノードが出現したのと同時に、周囲一体のビルや施設のサーバー室が次々と爆破され、都市機能は一瞬で麻痺した。人類はそのまま何の抵抗も出来ずにノードに敗北し、生き残った連中は文明を捨て、アナログ媒体に頼った生活を強いられるようになった。

だが、『ディープダイバー』によって、俺たちは絶滅一歩手前で踏みとどまっている。こいつの出処は一切不明。何でも崩壊前のどっかしらの政府がつくりあげた対ノード用プログラムで、専用の端末機器群とセットの運用が想定されていた。特殊なプロテクトがかかっているらしく、ノードはこのプログラムがインストールされている情報端末だけは一切手を出さない。今ではノード狩りを専門で請け負う協会が一括管理をしている。

そして俺たちノードハンターが人類最後の尖兵、もといくだらない連中の依頼で侵略者どもをブチ殺す使いっ走りというわけだ。

ノードたちの動きが活発になる。バイザー越しに緑の輪郭線が蠢くのがわかる。白黒の液晶画面に表示されるローカル通信メッセージは、低解像度の情報なのでやつらに内容が把握されることも情報を食われることも無いが、通信自体は察知される。ここがバレるのも時間の問題だ。俺は居場所を特定される前に仕掛けるため、廃車の影から飛び出し、COM銃の引き金を引いた !

銃口から不可視の力場が発生し、ノードに蓄積された情報を吸い出し始めた。情報を抜き出された廃タイヤ大のノードは形を保てなくなり、叫び声を上げるかの様に刺々しい輪郭を残しながら霧散していく。2体の小型ノードの情報を吸い出すと、俺に気づいた大型が腕とも触手ともしれない部位を伸ばし、こちらに向けた。家庭用冷蔵庫4台を束ねたくらいのサイズだ。こいつはヤバい。大型ノードは蠢くような動きで、しかし想像以上のスピードでこちらに向かってくる!

ノードは物質だけではなく、生物にも寄生する。生きたまま宿主の記憶を情報として吸い取るのだ。そして、記憶を失った人間は廃人となり、人格が完全に破壊される。これが、ノードが人類の天敵として認識された最大の要因だ。姿を見せず、次々と人々を発狂させていく怪物の存在は容易く人間社会を崩壊させた。

そして、大型になればなるほど、その情報を抜き取る力は増大する。目の前のサイズのノードなら、取り込まれれば一瞬で精神崩壊レベルだ。だが、俺にはとっておきの秘策があった。

脇にさした鞘から、俺は青白い電光を放つ棒状の物体を引き抜く。ブラックライトのようにあたりを照らすその刀身は、一見蛍光灯にしか見えないが、その実、ノードが触れた部位を一瞬で情報破壊する必殺の武器だ。協会の持つ技術を結集し、鳴り物入りで武装店に並べられた対ノード用白兵戦闘武器。通称ネオンブレード。

だが、誰もあんな化け物に近付きたがらないので評判は芳しくない。技術屋連中はノードと直接対峙したことがないからあんな狂った発明ができるのだ、と酒場であった連中は声をそろえて言う。そもそも、かなりの高額だ。こいつには俺の半年分の報酬金がかかっている。もちろん一括では払えないので12ヶ月払いのローンだ。

そんなボロクソに言われているこいつを買った理由?面白そうだったからだ。

バチバチと放電するネオンブレードに本能的な恐怖を感じたのか、大型ノードは動きを止め、こちらの様子を伺うようににじり寄り始める。輪郭線で彩られた触手が行き場を失ったかのように暴れ、こちらに飛び出してくる!

ふっ、と俺は息を吐き、ネオンブレードを閃かせた。一歩後ずさりながら、一閃、二閃。ボトボトと不可視の触手が地に落ち、バイザー越しに溶けるように消えるのを認める。ノードの輪郭が苦悶の声をあげるように震え、冷蔵庫じみた胴体から、さらなる触手を生やす。俺はさらに一歩下がる。顎から汗が滴り落ちた。

こいつは想像以上にキツいな。救援のメッセージは既に送った後だが、助けが来る気配は無い。もう何度か切り結ぶ必要があるかーーーと考えた時、不意にネオンブレードがバツンと音を立てて色を失った。電源スイッチはONのままだ。

「おい、マジかよ!こんな時に!」
俺は必死でスイッチを何度も入れ直し、ケーブル端子を抜き差しするが、蛍光灯の明かりは付かない。この不良家電が!

ノードが怒り狂って(触手の暴れっぷりからそう判断した)一斉に俺に襲いかかってくる!

迷わず踵を返して全力で走る。後ろから名状しがたい重圧がのしかかってくる。頭がズキズキ痛み始めた。危険な予兆だ。腕の端末には《SENT》のままの文字。頭が割れそうだ。足取りがおぼつかなりつつある。もうダメだ。死ぬ。と思ったその時、不意に頭痛から解放された。

はっと振り返ると、ノードの胴体にでかい風穴が生まれ、さらにもう一つ、穴が穿たれた。穴の空いた角度を目で追うと、ビルの割れた窓に、大柄でアフロの男がスナイパーCOM銃を構えているのが見えた。

さらに俺のすぐそばの建物の陰から少女が飛び出し、両手にそれぞれ構えたマシンガンタイプのCOM銃の引き金を引いた。銃側面のLEDライトゲージが激しく上下し、バイザー越しに大型ノードを蜂の巣にしていくのがわかる。

ウォン、という発光音を聞いて、俺は手に持っていたネオンブレードの調子がようやく戻ったのを確認する。2人の射撃で動きが止まったノードに駆け寄り、そのままのスピードで触手を斬り払い、冷蔵庫を寝かした様な極太の胴体を走り抜けながら一直線に薙いだ。

実際に斬った感触は一切無い。だが、異次元の存在が体を震わせ、致命傷を負った気配が感じられた。

体を切断されたノードは残された触手を振り回すが、注意深く距離をとった俺たち3人は死体に銃弾を撃ち込むように確実に情報を削いでいく。輪郭が完全に消滅するのを確認すると、俺はハンドヘルドPCを操作し、回収した情報の残骸をトラッシュした。

「遅えよ!本当に死ぬかと思ったじゃねえか!」
残留する痛みを払うように頭を振りながら、俺は2人に対して文句を言う。

「俺は真正面から行くことはできんからな。もう少し時間を稼いでくれれば、お前が逃げ出さなくても間に合ったんだが」
「アンタがそんな欠陥品に頼ってるのがダメなのよ。あんなの、苦戦するほどの相手じゃないわ」

アフロの頭によく日に焼けた大柄な体が特徴的な男はmamayan。協会に登録できるハンターネームは『ディープダイバー』にリンクできるPCの性能上、最大7文字のかなカナ英数字しか使用できない。この男はその最大文字数を使い切っている上に英文字ネームなので、出会った当初はアフロも相まってふざけたやつかと思ったが、いかなる時も冷静沈着でリーダーシップを発揮する熟練のスナイパーで非常に頼りになる。

もう1人の少女は赤メッシュの黒髪に青色のアイシャドウ。鬼のツノの様に尖らせたツインテールの髪型で片耳にピアスを3つ付けている。彼女の名はナツミ。俺よりも年下だが平然とタメ口をきくし心底バカにしてくるムカつく子供だ。

「まーやんもなっちも俺とは付き合い長いだろ。斥候役買って出てるんだからもっと俺の置かれた状況を察して早く駆け付けてくれよ」
「ザトー。いい加減なっちって呼ぶのやめてくれる?毎回鳥肌が立つんだけど」
「俺も、きちんとしたハンターネームがあるんだから、そちらで呼んでほしいものだな」
もう何回もやり取りした口喧嘩が始まる。

2人はブツブツ文句を言うが、俺は人の名前を一文字変えた呼び名をつけるのが好きなのだ。俺自身がありきたりな名前であったのが面白くもなかったので、ノードハンターを志した時に、本名を一文字変えた「ザトー」という名前で協会に登録した。その新米一発目の仕事が大成功だったのをきっかけに、ゲン担ぎで勝手知ったる連中にニックネームをつけ始めたのだ。ネーミングセンスの評判は著しく悪い。

「分かった、分かったよ。この話はまた次の機会にな」
俺は2人の不平不満を片手をあげて制し、遠くに見える廃高層ビルを指さす。
「さっさと任務を終えてがっぽり儲けようぜ?」

協会から課せられたのは、近隣でノードたちの一大拠点になっている廃都市中心部の探索。向こう1年間の大規模なノート駆除が実を結び、ようやくまともに侵入できるようになった地点だ。光栄にも俺たちは足を踏み入れる第一号として選ばれたわけだが、言い方を変えれば体のいい捨て駒扱いでもある。

それはそれとして、未踏の地には金になりそうなものがゴロゴロしている可能性も高い。新品未使用のハードディスクドライブやブルーレイプレイヤー、あるいはフラッシュメモリは協会管轄地ではひと財産になるし、協会が喜びそうな資料を持ち帰れれば報酬金も上乗せされる。命を懸ける価値は十分にあった。

俺たちは丸裸になって陳列されたファッション店のマネキンの前を横切り、意気揚々と歩みを進める。この都市の最も高い高層ビルを目指して。


廃都市中枢部

「なによ、何もいないじゃない」
バイザーで周囲一帯をスキャンしたなっちがぼやいた。

「まさかここまで拍子抜けだとはな」
俺はクリアリングを解き、COM銃を肩にかける。協会の話では中枢部には未だノードがうようよ生息しているとの話だったが、8車線ある大通りは死んでいるかのように静まり返っている。

「油断するなよ。やつらの領域内であることに違いはない。スキャンを続けてくれ」
まーやんはスコープで両脇の高層ビルを交互に狙いながら指示を飛ばす。真面目なやつだ。

だが、その後も散発的な戦闘はあったものの、先の大型とは比べ物にならない小型ノードばかりで、俺たちはスムーズに目的地に到着した。この都市の中心に位置していたメガコーポ本社だ。他のビルのほとんどが半ばでへし折れている中、屋上階まで欠損なくそびえ立っている姿が実に異様だ。

何でも、国家崩壊前は政府命令でノードの研究を行っていた施設らしいが、ノードの侵略の際に真っ先に標的とされ、連鎖的に都市全体が壊滅したようだ。それ以降、この土地はノードたちの縄張りと化した。

「で、どうするまーやん。せっかくだから最上階まで行ってみるか?」
「いや、実験施設は地下の階層にあったようだ。よって下層の探索を行う」
「あーあ。ノードたちをズバッとやっつけちゃうチョースゴい武器とか研究資料とかあるといいけどね」

エントランスはガラスが割れてすっかり荒れ果てた様子だが、非常用電源はまだ動いているのか、非常口の明かりが弱々しく点滅している。エレベーターを使用するのは絶望的だろう。

「で、地下何階くらいあるのよ?」なっちがまーやんに振る。
「知らん」
「何だよそれ。資料とやらに書いてなかったのか?」
「関係者内でも情報統制が敷かれていたらしい。ビルの見取り図にもそれらしい部屋は記されていなかった。よって各階を総当りで調べる」
「ゲー……最悪。何でそんな頭悪いことしないといけないワケ?」
「嫌なら帰ってもいいんだぞ。代わりにお前の分の報酬は頂くがな」
なっちが舌打ちして前に出る。イライラしてるな。分かるぞなっち。俺もげんなりした気分に鞭打って自分に喝を入れる。
「そんじゃま、ボス部屋探索ゲーム始めますかね」
それぞれの思いを胸に非常階段を降りていく3人を、監視カメラが静かに追っていた。


ビル最下層・研究室

結局だいぶ下まで降りてきてしまった。踊り場の壁を見てみるとB26/B27とある。つまりここから下が地下27階ということだ。ふざけんな。なんでこんなに地下まで作る必要があるんだ?国がぶっ壊れる前の連中はどいつもこいつも頭がおかしいとしか思えない。

「全く、ここで働いていた奴らの顔を拝んでやりたいわね!」
なっちが舌打ちと共に吐き捨てる。緊張を保ちながらの長期間の探索にさすがに疲労感が滲み出ている。結局この階にもノードはいなかった。やつら、仲間を引き連れて引越しでもしたのか?
「道中にいただろ。骨になるまで寝てた連中が」
「骨になったら顔の区別なんてつかないじゃない!」
そういう問題じゃないだろ。

ともかく、ノードの襲来があってから少なくない研究者たちが地下に閉じ込められていたようだ。あの頃は認証パスも全て情報端末だったろうから、研究者は軒並み情報爆発に巻き込まれて死んだか、運良く生きのびても認証ゲートを通り抜けられずに餓死したかの2択だっただろう。ゲートの電源が落ちていて本当によかった。

「無駄話はよせ。見ろ」
まーやんが前を指さした。一際厳重そうな認証ゲートが突き当たりにある。危険やら厳重注意やらの表示がベタベタと壁に書かれているのを見る限り、どうやらここが目的の部屋であることは間違いないようだ。
「内部に反応あり。お出迎えはおひとり様みたいね」
なっちがスキャン結果を伝えてくる。引き金に触れる感触が随分と久しぶりに思えた。
「やっとか。一体どんなやつが待ち構えているのかね」
「ゲートは既に破壊されているようだ。このまま突入する。いいな?」
俺はCOM銃の有線接続を確かめ、なっちも2丁のCOMマシンガンを構える。
「3.2.1…突入!」
俺たちはゲートを蹴破り、室内に踏み込む!

道場のように広い部屋の両脇には、よく分からない業務用冷蔵庫のようなサイズの機械が並んでいる。長机や椅子、爆発したとおぼしき残骸が周囲に散乱しているが、この部屋の電源は生きているようだ。正面の壁一面に並んでいる小型モニターが、ビル内部の監視カメラ映像を絶え間無く流し続けている。そして、その正面に人影。

「ようやく、ここまで辿り着きましたか?」

人影がゆっくりとこちらに向き直った。人ではない。生物ですらない。ハードディスクの残骸やカメラやモニターをコードで強引につなぎ止め、人の形状を保っている、ジャンクのような何かだ。そいつは首元に備え付けてある拡声器で話し始める。妙に甲高い成人男性の合成音声で。

「正直に言って、私は、より早くここに到着すると思っていました。具体的に言うと、地下13階で全く新しい記録媒体を発見した時の、あなた方の興奮の様子は、それは私の計測を外れたものでーーー」

この時、俺たちの誰もがこいつの言うことを全く聞いていなかった。
なんだこいつは?ロボット?ノード?なんておかしな言葉使いだ。そもそも、何で言葉を話せる?俺たちは油断なくやつの包囲網を形成しつつ注意深く近づいていく。

「あー、私の話を聞かれていないのですか?あなた方は私と同じ言語を話していますか?」
ジャンク野郎が身振りを交えながら俺たちを見渡した。緊張感が感じられない。クソッ、調子狂うな。
「ああ、聞こえているさ。もう少し言葉のお勉強をすれば聞き取りやすくていいかもな」俺はCOM銃のグリップを握り直しながら返答する。
「それについては未来の改良計画に含まれています。ここの施設であれば、この言語だけが準備できるであろうだったもので」
「未来だと?お前は今ここでスクラップにしてやる。化け物め」
「アンタ、一体何者?まさかとは思うけど、ノードなワケ?」
「私は、私のためにあなた方と敵対する意思は全然ありません。まわりの情報は全部私が取り入れました。ここには私しかいません」
情報を取り入れる、と言っているということはやはり正体はノードだろう。だが、その異様な身なりは、明らかにこれまでの連中とは異なる。
「そのスクラップでできた体は?」
「私が作りました。少量不細工ですが、上手く収まりました。私はこの体によって遠くのところへ行き、より多くの情報を取り入れます」
まーやんがそろそろいいだろう、とジェスチャーを出した。俺はやつの頭に当たる部分を狙い、COM銃の引き金を……引いた!

……どうした?何も起きないぞ。俺たちはお互いに顔を見合わせた。CLICK!CLICK!なっちも訳が分からないという表情で何度も引き金を引くが、やつはいつまでもペラペラ喋り続け、いつものノードのようにのたうち回ったりしない。

仕方ない。俺は銃を背中に背負うと鞘からネオンブレードを引き抜く。未だこちらの敵意に気づかないロボットに向けて、一気に踏み込むと袈裟斬りに剣を振り抜く!

バリン、と破砕音が響き、ネオンブレードの刀身が半分ほど残して粉々になった。「折れたぁ!?」

ロボットには傷一つ付いていない。頭部のカメラアイがキョトンとしたように俺を注視した。そのまま右腕を掲げると、俺めがけて振り下ろしてくる!

「待て!待て!待て!」恐るべき鉄拳を避けようとしてつまづきながら、俺は必死に後ろに下がる。突如始まったロボットの攻撃にまーやんとなっちも巻き込まれ、対処を迫られた。

「ちょっと!どういうことなの!?」
「俺が知るか!こっちが聞きてえよ!ああー!大枚払ったネオンブレードが!」
「そんなクソ蛍光灯、さっさと捨てなさいよ!」
ジャンクロボの肉弾攻撃を躱しながら俺となっちがギャーギャー騒ぐ。対照的に冷静に観察を続けていたまーやんが仮説を話した。
「恐らく全身に張り付けているハードディスクだ。あのノードは、自身が溜め込んだ情報を記録媒体に移し替えている。だから俺たちのCOM銃が通用しない」
「なるほど!やつら、ようやく丸裸だったのに気づいてから鎧を着こんだって訳か!」
俺は丸太のようなローキックを膝曲げ大ジャンプで危うく躱す。まともに食らったらめちゃくちゃ痛そうだ。

しかし、相手の正体が分かってもこの状況はどうやって打開すべきか。俺たちが今持っている武器はどれも対ノード用で、物理的に殺傷できるような威力はそもそもない。かといって鉄クズの塊相手に殴る蹴るが通用するとは思えない。俺は必死でジャンクパンチやジャンクキックを避けながら、徐々に部屋の隅へと追いやられつつあった。

ちょっと待て、あいつらどこへ行った?

「おい、まーやん!なっち!どこ行った!助けてくれよ!」
俺が必死に叫ぶ。いよいよもって部屋の角に追い込まれた。ロボットが弓を引くように右腕を振り絞った。

「あなた方の持つの情報は不味い。鉄箱に入ったもののが美味ですが、それはこれ以上ここにはありません。従って、私は他の場所へ行きます。もし私を煩わすなら、私はあなた方の活動を中断させます」

ダメだ。今度こそ死ぬ。俺はこんな地下深くで仲間に見捨てられてふざけたロボットに殴り殺されて死ぬ。なんてかわいそうな人生なんだ。

「どっせーい!」

いまにもロボットの鉄拳が放たれようとした時、なっちがロボットの後ろから、膝裏めがけて何かをフルスイングした。すかさずまーやんが脳天目掛けて棒状の物を振り下ろす。不意を突いた連撃にロボットは完全に虚を突かれ、膝をついた。

「バカ野郎どこ行ってたんだお前ら!死ぬかと思ったぞおい!」
俺は罵りの言葉を吐きながら、コーナー部から這い出した。
「今だ!起き上がる前に息の根を止めろ!」
「早くくたばっちゃえコイツ!」
2人はこちらのことなどお構い無しにロボットをめちゃくちゃ殴りつけていた。よく見るとまーやんはバール、なっちは鉄パイプを手に持っている。なるほど得物を探しに行っていたわけだ。

まーやんがバールを関節部にねじ込むと、てこの原理で片足を引きちぎり、なっちが胴体のハードディスクを粉砕する。原始的な暴力の前に、ロボットはみるみるうちに元のガラクタへと戻りつつある。千切れたチューブからドス黒いオイルが漏れ始めている。形勢逆転だ。
「この野郎、お返しだ!」
俺は思いっきりロボットの頭を蹴飛ばした。カメラのレンズが粉々に砕ける。鉄板仕込みのブーツなので爪先は無事だ。
「ピガー、やめてください。私の体が壊れます」
拡声器から声が聞こえた。この状況でもフラットな音声で危機感や焦燥感は全く感じられない。

「黙れ。俺たちの目的はノードを狩ることだ。決して逃がしはしない」ガンッ!「ピガー」「うっさいわね!さっさとくたばりなさいこのゴミ!」ゴカッ!「ピガー」

……もう見てらんねえな、これ。俺は破壊の現場から距離をとって、ファイル棚を見た。ほとんどの書類は持ち去られたのか、棚に残されたファイルは少ない。そのうちの棚の奥にしまい込まれた一冊を手に取る。長い間触れられた痕跡はない。ラベルには「記録媒体を利用した対ノード兵器試作研究要項」の文字。何気なしに開く。

「ちょっとザトー!そっち行った!」
なっちの声に弾かれたように顔を上げる。すると両足と右腕を切断されたロボットが、片腕とは思えない速度でこちらに這ってくる!こいつ、まだ動けたのか!?

ロボットは俺のブーツを掴んだ。足をとられ盛大に尻もちを着いた俺は、情けない悲鳴を上げながらむちゃくちゃに足を振り回す。ロボットは俺の足を掴んだまま離さない。拡声器からノイズ混じりの声が漏れる。

まーやんが残った腕も破壊しようと駆け寄るも、ロボットが掴んだ俺を振り回してまーやんとなっちが吹き飛ばされる。視界が目まぐるしく代わり、1時間前に食べたレーションが腹の中でシェイクされる。ヤバい。吐きそうだ。俺はなんとかして掴まるところがないか腕を伸ばした。何かボタンのようなものに触れた感触があった。見上げると小型モニター群。ロボットが再び足を引っ張る感触。反射的にボタンを押し込んだ。

プガー!プガー!という警告音が鳴り響いた。
「何だ!?」「あんた何したの!?」という声の後に床がゆっくりと動き出した。いや、床の一部がベルトコンベア式になっているのだ。向かう先を見やるとダストシュートの文字。

まーやんとなっちが俺を助け出そうと再び駆け寄る。なっちの鉄パイプがロボットの拡声器を破壊し、まーやんがついに残った腕をバールで切断した。自由になった俺は転がってコンベア上から脱出する。四肢を失ったロボットは何の抵抗もできずにダストシュートの穴へと落ちていった。まるで昔のアクション映画での悪役の末路みたいだ。

危機を脱した俺たちは、しばらく仰向けに寝そべったり、座り込んだりしていた。「終わったわね」「ああ」「今までにない敵だった。これは協会に報告せねばなるまい」「ああ」

正直、今目にしたものを飲み込めていない。俺には相槌をうつことしか出来なかった。ふと気づくとブーツが片方無い。ロボットに掴まれたまま片腕ごとダストシュートへ落ちていったのだろう。

「どうやらこの下にはゴミ処理室があるらしい」まーやんが床に散乱した資料を見て言った。「あの鉄クズがくたばったか確認しに行くか?」
珍しく口が悪い。あんな化け物を相手にした後だからだろう。
「あたしはパス」なっちが仰向けに倒れたまま手をひらひら振りながら言った。

「そんなら、俺が行ってくるわ。ブーツも拾ってこないといけないしな」俺は立ち上がり言った。ロボットに掴まれていた足首が痛んだ。


ビル最下層・ゴミ処理室

「おい、生きてるか?」
俺は折れたネオンブレードを明かりの代わりにして下層のゴミ処理室に足を踏み入れた。まーやんとなっちは先の部屋に残り、協会が喜びそうな資料を物色している。もちろん追加報酬のためだ。見つけた者勝ちよ、となっちは言っていた。正直、得物がオシャカになったので報酬が増えるのは大歓迎なのだが、俺はどうもそんな気分になれなかった。あのロボットの今際の台詞。

ゴミ捨て場は永らく放置されていた割には小綺麗だった。ジャンクも錆だらけになっている様子はない。外気から完全にシャットダウンされていたためだろう。これなら持って帰れる部品があるかもしれないな、と思った。

一際小高いジャンクの山の上にロボットの残骸がうつ伏せに転がっていた。ロボットは顔をジャンク山の麓に向けながら微動だにしない。

俺はジャンク山に登ると、苦労してロボットをひっくり返した。胸の赤いランプが弱々しく点滅している。

「ノードを記録媒体に封じ込める研究をしてたんだってよ、ここは」
俺は研究室で手に入れたファイルを懐から出した。
「何でもお前らに情報が漏れないよう、全て手書きで実験要項を記していたみたいだ。笑えるよな。ノードは書籍からも情報を抜き取れることをまだ知らなかったらしい。まあ、そのおかげでお前は何も知らずに自分で棺桶を作って、自らその中に入ったというわけだ」ファイルをしまい、俺は有線接続しているネオンブレードを握り直す。

「まあ、ご愁傷さまってことだ。で、まあ俺たちは仕事で来てるわけだから、お前のこともケリをつけないと帰れないんでな。だから悪く思うなよ。俺もボロボロだが、このクソ蛍光灯でもやれることはある」
俺はロボットの傍らにかがみこみ、予備のフロッピーディスクをハンドヘルドPCのスロットに差し込んで、PCから伸びるケーブルをロボットの胸の端子に接続した。折れたネオンブレードがバチバチと青い電光を発した。


ある廃ビルの一室

廃都市中枢の調査報告と研究室から持ち帰った資料に協会はいたく満足したらしく、今回の任務を依頼した協会関係者が直接俺たちにお礼がしたいと言うほどだった。

こちらにとっては、あのロボットの件は予想外だったものの、危なげなく任務を遂行できたため非常に割りのいい仕事になった。事前に提示された額の倍の報酬が手渡された上に、手付かずだったビル内部から持てるだけの記録媒体を運び出すこともできたのだ。

その後も追加の調査が行われ、ノードの完全な殲滅が確認されると、協会の指示の下、ノードによって地下生活を余儀なくされていた大勢の人間がこの都市に移り住むことになった。俺もこの街のビルの一室へ生活拠点を移した。これまでは地下の薄暗い倉庫を根城にしていたために、朝浴びる日の光というのが未だに慣れない。

まーやんとなっちも今回の仕事でたんまり稼いだから、当面はハンター業は休業し好きなことをやっているようだ。俺はというと、特に目的もなく通りをぶらついて屋台で飯を食べ、自室で装備のメンテナンスをする日々を送っていた。たった今もハンドヘルドPCにフロッピーを差し込み、ケーブル接続したモニターと向かい合っている。

ネオンブレードは完璧に元の状態に戻すのは不可能と言われ、今は半分のサイズに刀身を詰めてある(この修復にはもう一振り新品で購入するほどの費用がかかっている。はっきり言ってボッタクリだ)。

あのロボットについては、俺たち3人で完璧に破壊し、もう二度と動くことはないと報告してある。俺が持ち帰った、ジャンクパーツでできた片腕を見せると、協会の人間は興味深そうに話を聞き、腕を持ち去っていった。

何でも、あの研究所は『ディープダイバー』以前に立ち上がった、ノード対策兵器を開発するための施設であったらしい。俺が読んだファイルの通り、不可視の存在であるノードを記録媒体へと封じ込める研究を行っていたようだ。遺棄されていたメモリチップに『ディープダイバー』に使われているプロテクト技術と同様のソースコードが見つかったのだ。今現在も協会の技術者が研究の全貌を解明するために昼夜問わず資料をひっくり返して回っている。いつの時代も技術屋がやることは変わらないもんだ。

かくして、俺が関わった今回の任務の中身についてはこれで全てになる。……一つの隠し事を除いて。


エピローグ

廃墟の都市の大通りはごった返していた。
道の両脇には急ごしらえの露店が立ち並ぶ。ケミカル臭を漂わせた得体の知れない肉の串焼き、旧世紀の白黒液晶端末を並べたジャンク屋、横を見ると爺さんだか婆さんだか分からない年寄りが乾物を手に声をがなり立てている。俺は雑踏の中をゆっくりとかき分けながら進む。

ふと腕に装着したハンドへルドPCの画面を見やると、メッセージ通知が来ていた。テンキーを操作する。「ココハト゛コアナタナニヲ」液晶は最大12文字しか表示できない。俺はバイザーを下ろすと、イヤースピーカーとインカムをオンにした。

「やっとお目覚めか」
「ここはどこですか。あなたは私に何をしたのですか」
スピーカーから妙に甲高い、抑揚のない成人女性の合成音声が流れてきた。バイザーに標準搭載されている、デフォルトナビ音声だ。

「ここはお前たちが居座ってた都市だ。あいにくもう人間様の市場になっちまってるがな」俺は人ごみを縫うように歩きながら、さもローカル通信で通話しているように堂々と振る舞う。「で、何をしたかって?そりゃお前、ゴミ捨て場で死にかけだったあんたを助けてやったのさ」
「何故、殺そうとした相手を助けたのですか」
「面白そうだったからだ」
「たったそれだけの理由で、理解できません」
「知るか。消えていくだけの運命から救ってやったんだ。感謝しろよ」俺は咳払いをして続ける。

「まず初めに、今のお前は俺のハンドヘルドPCの予備スロットに刺さってるフロッピーディスクに保存されている。この意味が分かるか?お前の命は1.6MB程度の軽さしかない。遺棄されたハードディスクに眠る高画質JPG画像以下だ。それを肝に銘じておけ」
「最悪の気分です。ここから出してください」
正直、今でもこいつをたった1.6MBのフロッピーに収められたこと自体が信じられない。俺は狭い独房でぎゅうぎゅうに押し込められている図を想像して少し気の毒な気持ちになったが、心を鬼にして続ける。
「ダメだ。しかもお前にはプロテクト処理をかけてある。いわゆる閲覧制限というやつだ。お前はバイザーやインカムを通して見聞きすることができても、それ以上のことは何もできない。もちろんスピーカーで話すこともだ。俺が許可を出さない限りな」
「ひどいです。私は人権侵害を訴えます」
「だいたいお前人間じゃないだろ。一体どこでそんな言葉覚えたんだよ」
俺はため息をついた。

「……お前、あのとき、死にたくないって言ったよな」
「……」
「俺は生き物は殺さないたちなんだ。目覚めが悪くなるからな」
「……」
「お前は他のノードたちとは違う。ただ情報を求めて本能的に襲ってくる、獣みたいなやつらとはな。ただ奪うだけじゃなく、自分で考えて行動する力がある。言葉を理解することもできる。お前には人間と同じような自我があるんだ」
こうして会話ができるのを見ると、このノード自身の意識に異常はないようだ。回収の際にロボットが持ち合わせていた情報は全てあのゴミ捨て場で処分したが、核ともいうべきものは別に存在しているらしい。

「つまり、あなたは私を人間だと認めるのですか?」
「バカか。今の自分の姿を見てみろよ。体もないのに人間なんて名乗れるわけないだろ」
「体を要求します。記録映像によればあなたたちは人間と寸分たがわない機械義肢を開発していたことでしょう」
記録映像ってなんだ。もしかして映画か何かからの知識か?
「そんなもん今の世の中にはねえよ。お前らが侵攻してこなかったら出来てたかもな」
「どういうことですか。記録によれば鋼鉄の骨格にシリコン素材の表皮を使用した疑似生体義肢の技術が開発されていたとーーー」
「だから映画の観すぎだ!そんなもんフィクションだよ!現実を見ろ現実を!」
思わず声を荒げてしまった。周りの連中が怪訝そうにこちらを見やった。俺はそそくさとその場から立ち去る。

「……」
「……あー、すまん。まあ気を落とすなよ。正直、お前らのせいで未来なんて全然わかんなくなっちまったし、もしかしたらそのうちできるんじゃねえかな、ドロイドも。分かんねえけど」
「それまではこの監獄のような環境を享受するしかないようですね。プライバシーも何もない生き地獄のようですが、命あっても物種ですから仕方ありません」
ヘコんでるかと思ったら、図々しいやつである。ハンドヘルドPCにプリセットされた言語データを参照したのか、言葉使いも多少改善されているようだ。我ながら妙なやつを拾ってしまったと、俺は頭を掻いた。

「それじゃあ、よろしくな。オード」
「なんですかそのオードというのは」
「お前の名前だよ。ノードって呼ぶとややこしいし区別しないといけないだろ」
「なぜ、オードなのですか」
「そりゃ、あれよ」俺は空を見上げて続ける。珍しく雲一つない晴天の空を。「俺は人の名前を一文字変えた呼び名をつけるのが好きなのさ」


【ディープ・ダイバー2041 完】


あとがき


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azitarou
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