【雑記】好きなバンドの話
ヒトリエのCDを始めて見たのは、メロンブックスの同人音楽コーナーだった。
独特な匂いが充満する店内で、VOCALOIDや東方Project、その他大量の同人CDに入り混じって「ルームシック・ガールズエスケープ」が置いてあった。wowakaがバンドを始めたことはネットの風の噂で知っていたが、バンドのインディーズCDをこんなとこに置いてもいいんだと思った。買って聴いてみたが、それが良い曲なのか悪い曲なのかは分からなかった。
当時のおれは浴びるようにVOCALOID楽曲を聴きまくっていて、同人イベントの委託販売が始まるたびに、とらのあなやメロンブックスでボカロの同人CDを何十枚と買い集めていた。タワレコとかHMVには見向きもしなかった。人間が歌う曲に興味がなかったからだ。
それからしばらくして、大学でたまたま前の席に座ったやつがヒトリエの缶バッチをバッグに付けているのを見つけた。俺は舌打ちした。そいつはいかにもライブに行きまくってそうなチャラついた格好をしていたからだ。こいつがあの場末のようなメロンブックスに行くはずがない。つまりどう考えてもおれの方がヒトリエを先に知っている。おれは、おれが好きなアーティストを好きな人間が大嫌いだった。
この頃になると米津が自分で歌い始めたり、ボカロPが次々にバンドを組んだりするようになったので「ニンゲンの歌う曲も悪くねえな」という気持ちになっていた。歌い手のことは嫌いだった。癪に障るからだ。
今思うと、どう考えてもおれの方が厄介ファンでどうしようもないやつだったし、結局大学在学中におれがヒトリエのライブへ行くこともなかった。おれにとって音楽とは、PCの前で完結している趣味だったからだ。
ヒトリエのライブに行くようになったきっかけは覚えていない。多分最初行った時は独りだったと思う。社会人になって、おれはようやくまともな交友関係を持つようになり、音楽仲間もできた。相変わらずおれが好きなアーティストを好きな人間が嫌いだっただが、人並みの社会性を獲得したことでいろんなライブやフェスに行く機会が出来て、音楽体験の楽しみは大幅に広がった。
けど、ヒトリエのライブへ一緒に行く友人はほぼ一人だけだった。名古屋のクラブクワトロ、ダイヤモンドホール、アポロベイス……多分年に1~2回はライブに行っていたはずだ。平日だろうと定時ダッシュしたり半休を取ったりして時間を捻出した。ヒトリエは精力的に音楽活動を続けていた。アルバムも年一ペースで出したりしてたし、当初はタイアップもそれほど多くなかったのにバンドとしての活動は目まぐるしかった。振り返ってみるとあの頃から生き急いでたんじゃねーかとも思う。
米津はハチの頃から今に至るまでずっとしゃらくさく感じているが、wowakaのことはずっと好ましく思っていた。それは何度もライブに足繫く通っていた差なのかもしれない。
特に印象に残ってることは「ai/SOlate」のリリースツアーで、初めてアンノウン・マザーグースを披露した時のことだ。圧巻だった。それまで熱狂的に踊り狂っていた観客が、皆食い入るようにwowakaを見ていた。ヒトリエのライブはやたらとクラップが多いのが特徴だが、この一発目には一切なかった気がする。
そして、これ以降のアンノウン・マザーグースは観客があらん限りを振り絞ってコーラスに声を重ねる巨大なアンセムと化した。幸福な時間だった。
wowakaが死去したニュースが流れてきた時のことは未だに覚えている。会社の昼休みにTwitterのTLを更新したら、ナタリーか何かのニュースサイトのアカウントの投稿が目に入った。午後からの業務が全く手につかなかった。月並みな言葉しか出てこなかった。
これ以上は湿っぽい話になるので割愛するが、今でも3人体制になったヒトリエは聴いている。しかしあの頃からは生活が大きく変わったため、ライブにはほとんど行けなくなったし、昔ほど音楽漬けの日々を過ごすこともできなくなってしまった。間違いなく言えるのは、人生で最も音楽が充実していた時期には、ずっとヒトリエがいたということだ。
wowakaの歌詞集が出た。読んでみたが、めちゃくちゃ多産で笑ってしまった。いくら何でも生き急ぎ過ぎだろ。BPMが心臓の鼓動かよ。
モノクロと思ったらカラフルで、衝動的と思ったら情緒豊かで、少女かと思ったらwowaka自身で、書きたいこと、歌いたいことが徐々に変わっていってたんだなあと思った。ヒトリエとしての2012年から2019年。たった7年ぽっちだ。もう俺の社会人歴の方が長くなってしまった。
寄稿文の中ではじんのコメントが印象的だった。アンハッピーリフレインを初めて聴いたときに「もうこれwowaka以外ボカロ聴く意味ねえな」と一瞬頭をよぎったことを思い出した。wowaka名義での最初で最後のアルバムの表題曲に相応しかった。
wowakaの曲は今でも聴くし、今でも誰かが歌っている。この前もどこかのVtuberがカバーしてたのか、アンノウン・マザーグースがトレンド入りしていた。Vtuberのことは嫌いだった。癪に障るからだ。相変わらずおれは、おれが好きなアーティストを好きな人間が大嫌いだった。
昔はそんな厄介ファンみたいな自分が嫌いだったが、今では割と好ましく思っている。
(終わりです)