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夢の話だ。とくに落ちはない。だれかわたしの夢見を正してくれ。
幸福な夢を見たことがない。最古の悪夢の記憶は六歳までさかのぼることができる。クリスマスの夜、私は外から家の中の家族を眺めている。弟を中心に幸せそうな人の輪がある。私は心細くなって側にいた妹の手を握る。外はとても寒い。
しっかり手の中に握りしめていた妹も、現れた黒い男が白い袋に詰めて連れ去ってしまう。私は一人その場所に取り残される。
目が覚めてもしばらく後味の悪さが残っていた。何度も思い出したから憶えているのだ。
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あるいは九歳の頃の悪夢。公園の真ん中に突っ立っていると、不意に空から虫が降ってくる。虫は次から次へと降り注ぎ、地面を覆っているが、動くと頭をめがけて登ってくるので、じっと立っている。やがて腰のあたりまで虫に埋もる。
「行こう」
不意に視点がパンして、坂の上から公園を眺めている。夢の中の私は男の子で、側にいた女の子の手を取る。ふたりで町の中を逃げる。当時好きだった担任の先生の家に逃げ込むけれども、長くいられないことを知っている。坂の多い街をふたりで走り回る。逃げ続ける。
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川岸をバンで下っている。殺人鬼が運転している。河口でサーカスをやっている。私は人質になって助手席に座っている。運転手はナイフを握っている。
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巨大な迷路の中に閉じ込められている。抜け出せば助かるかもしれない。三人で協力して迷路を脱出する。抜け出たって同じことだ。死んだ男が喋りだした。気にせずにゴールを見つけ出す。
実際には迷路を出たところで殺されてしまう。死んだ男が言っていたことが正しかった。これは怖い夢と言うよりも、やっと解放された、という安堵からの、絶望という落差が大きかった。
基本的には捕まったら死ぬとか殺されるとかいう夢ばかり見ている。夢見の悪いほうだという自覚はなかった。みんなそんなものだと思っている。今も半分はそうだ。悪夢を見る人と言うのは、冷や汗をかいて布団から飛び起きる人。私の目覚めはそうではない。から。
ただ夢の中の景色は美しく、私は記憶の中の景色を切り貼りしては町並みを紡ぎだす。いつかの夢の地図は別の日の夢と繋がっている気がする。現実を加工した架空の町の中を生きている。
もちろん夢なのでつじつまは合わない。流れた水が地面にこぼれているのはこぼれているから流れたのだ。みたいなことが普通に起こる。結果から原因が生まれ、原因は結果を結ばずに消える。
それでも私は夢の中が好きだ。そもそも夢の中の私はわたしではない。別の町で生きる他人だ。家族が出てくるときは、私はわたしとして認識されているが、それだって怪しいものなのだ。
見慣れた街並みをいじったパロディ的な景色の中を何かを探してさまよっている。古くにつぶれたお店であったり、路地裏の玉子屋さん。電車に飛び乗っても線路は続いていない。映画でみたような、開拓時代のアメリカみたいなドレスを着た女が無軌道に銃を撃つ。森の中で見つけた民家に殺人鬼が潜んでいる。古い民家の遺産を巡る争いに巻き込まれる。商店街に入ればシャッター街で人はいない。商家の裏口を抜ければもう別の町。露店にほしいものは売っていない。
殺人を隠蔽しようとする女。泊って行けとうながされるけれども、他の客には逃げるように説得される。竹藪を抜ければそこは公道。罪を着せられて逃げる。
ときどき海の夢を見る。なにかを探していたり、待っていたり。向こう岸の何かを探している。でも見つからない。船は出ない。地元の友達とすれ違う。海に潜れば水は温い。砂の上を歩けば足が埋もれる。道路に上がって無人の大きな館を通り過ぎる。「〇〇のおうちなのよ」通行人の声はよく聞こえない。なにか目的のために歩いていたはずなのに、思い出せない。
夢の話なのでもちろん落ちはない。人が殺されない夢を見たい。でもそういえば本の夢だけはなぜか救いがある。書店とか、図書館とか、資料館とか。高校の頃部活の先輩が、「夢に出てくる本って読めないよね」と言っていたけど、私の本は、読める。ただ前後の文脈のつながりがばらばらなだけで。ちゃんと読める文字が載っている。
路地裏とかデパートの夢はもう勘弁してほしいなぁ。唐突に地球が終わることになっちゃって、死に場所を探しに行かなくちゃならなくなるから。
なぜかモノレールに乗って山の上に行くのよね。富豪の立てたシェルター、今は空の。を目指して。シェルターは廃墟になってて、大きなテレビが壁からぶら下がってる。どうせみんな死ぬのに、シェルターの狭い敷地をめぐって争うので、高いところに逃げる。
そういう夢。でも寝るのは好き。夢って見るまで内容はわからないから。本と一緒。だから好き。
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