妖怪図鑑5:やふさし(吝児)
餓鬼の一種。
他人を蹴落としてでも欲求を満たそうとした人間が、餓鬼道にも落ちず、現世をさまよう姿だという。いわば未熟な餓鬼。とりつかれると、他人の迷惑を顧みず、欲望に駆られるがままに行動しようとする。
その行動は2種類に分類される。
1つが、自分の利益を必死に追うパターン。
たとえば、他人を押しのけてでも電車の座席を狙うおばさん。たとえば、子どもや障がい者を排除してでも自分のペースで歩き続けるおじさん。
自分が日差しを浴びれば、誰かが日陰になる。それは仕方がないとしても、必要以上に日差しを求め、他の人には一切譲ろうとしない。まさに貪欲に駆られる亡者の姿である。
また、必要以上に利益を求めることも頻繁に見られるケースである。
ホテルに泊まり、ありったけのタオルや化粧品、歯ブラシなどを根こそぎ持ち帰る。無料だからと牛丼屋の紅生姜をこぼれるくらい積み重ねる。電車で1.5人分のスペースを占拠する。
これらも身の丈を超えた、打算ゆえの行動でしかない。
もう1つが、損をすることを極端に恐れるパターン。
想定される最大利益が、ほんの少しでも欠けることを異常なまでに恐れる。
たとえば、食べ放題では気持ち悪くなるまで胃に食料を流し込み、カラオケ店では退出時間ギリギリまで歌い続ける。
サービス業においては、こんなケースも起こりうる。
コンビニの店員の対応が悪いと「なんで俺だけ」と怒り出すサラリーマン。優待券を持った人向けのサービスが受けられず「差別している」と店員をつかまえて延々とクレームを言い続ける中年女性。
本当のところは、損をしているわけではなく要求が過剰なだけなのだ。100円の商取引に10000円レベルのサービスを求めているにすぎない。牛丼屋のバイトは、三ツ星レストランのフロア担当ほどの給料は貰ってはいないのに。
さらに、実現しなかった可能性を悔やむケースもある。
「確認していれば財布を忘れなかったのに…」「勉強していれば、いい大学に進学できていたのに…」
可能性の損失を恐れるという意味では、同様に「損を恐れる」姿に他ならない。
このいずれのパターンにも共通するのは、「我利」「私欲」である。
まさに、飢餓に苦しみ、常に飢えと渇きに苛まれ続ける餓鬼の姿そのものである。餓鬼に「我利我利亡者」という別名があるのも頷けよう。
そこに、他者の姿は、入り込まない。
妖怪「やふさし」は、自己評価の低い人間がとりつかれやすいという。
自分自身の存在に対する安心感がないため、極端に装飾して誤魔化そうとする。それがたとえば物欲だったり、名誉欲だったりに転じているにすぎない。
あるいは、自己評価が低いからこそ、ますます自分を損なうことが許せなくなる。だから損することを極端に恐れる。
欲望に駆られる亡者たちの背後には、外界に怯える本来の姿が潜んでいる。
■退治方法
①自分が憑りつかれた場合
・立ち止まる。待つ。譲る。
・自分が必要なものを必要なだけ、を意識する。
・現在の状況が、必然かつ最善のものと考える。(森信三「最善観」)
・「もったいないオバケ」に騙されない。
②憑りつかれた人を相手にする場合
・相手にしない。放っておく。
・利益争奪戦に巻き込まれない。
・異なる価値観で生きていることを再認識する。
・「ケチくさいなあ」と笑ってみる。