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「エレーン」(中島みゆき)生きていてもいいですか?

1. エレーンは死んでいるか?

中島みゆきの「エレーン」は、失われた人物、エレーンに対する哀愁と孤独感、そして社会が彼女に対して抱く無関心や冷酷さを描いています。彼女が生きた人生とその影響が、過去に埋もれていく中での人々の反応や、彼女が抱えた深い孤独を歌詞で表現しています。まずは、この詩の解釈をエレーンが死んでいるとして考えてみます。

風にとけていった お前が残していったものと言えば  
おそらく 誰も着そうにもない 安い生地のドレスが鞄にひとつと  
みんなたぶん一晩で忘れたいと思うような悪い噂  
どこにもお前を知っていたと口に出せない奴らが流す悪口


エレーンがこの世を去り、残されたものは「安いドレス」と「悪い噂」だとされています。エレーンが生前にまとっていたもの、そして彼女に対する世間の評判が描かれています。彼女の存在や影響はすぐに忘れられたいものであり、彼女を知っていた人々も彼女について話したくない、口に出せないほどに後ろめたさや無関心を抱いています。風に「とけていった」という表現は、彼女の存在が消え去るように淡々と受け入れられている様子を象徴しています。

みんなお前を忘れて 忘れようとして幾月ながれて  
突然なにも知らぬ子供が 引きだしの裏から何かを見つける  
それはお前の生まれた国の金に替えたわずかなあぶく銭  
その時 口をきかぬお前の 淋しさが 突然私にも聞こえる


エレーンの死後、時間が経ち、人々は彼女を忘れようとしています。しかし、偶然何も知らない子供が引き出しの裏から「わずかなあぶく銭」を見つけます。それはエレーンが生まれた国の通貨に換えたお金であり、彼女の過去や出身地に関連しています。ここで、エレーンが抱えていた「淋しさ」が突然、主人公(詩を語っている人物)にも伝わります。彼女の存在や人生は、忘れ去られていく一方で、その孤独は誰かの心に突然響くことがあります。

エレーン 生きていてもいいですかと誰も問いたい  
エレーン その答えを誰もが知ってるから誰も問えない


エレーンの存在に対する根本的な問いを投げかけています。「生きていてもいいですか?」という問いは、彼女が生前に感じていた深い孤独や疎外感を象徴しており、その問いに対して誰もが答えを知っているが、誰もその問いを実際に口に出して尋ねることができないという現実が描かれています。つまり、エレーンがどれほど孤独で、誰にも理解されなかったことを暗示しているのです。

全体の解釈

「エレーン」という人物は、社会の中で忘れ去られ、無視されてしまう存在として描かれています。彼女は人々に軽んじられ、悪い噂が流される一方で、その深い孤独感は誰にも理解されないまま、世間から消え去っていきます。彼女の死後、彼女が残したものやその人生の痕跡は薄れていき、誰も彼女について問いかけることがない。エレーンが感じていた孤独や疎外感が、詩を語る人物にも伝わる瞬間があり、彼女の苦しみが明らかになるのです。

この詩は、孤独な人生を生きた人々、特に社会に見捨てられた人々の痛みや、彼らを取り巻く無関心な世界をテーマにしていると解釈できます。エレーンの存在を通して、社会の冷酷さと、人々が抱える見えない孤独が浮き彫りにされているのです。

2. エレーンは生きている

エレーンが「生きている」として詩を解釈する視点では、彼女が現実の中で社会に取り残され、孤立している姿が浮かび上がります。彼女は生きていながらも、周囲の人々から無視され、心の中で「死んだも同然」の存在として扱われているという構図になります。

エレーンはまだ生きているものの、彼女の存在は「風にとけていった」かのように、社会からほぼ消え去っている状態です。彼女が残したものといえば、安いドレスと、彼女についての悪い噂話のみ。彼女は実際には生きているにもかかわらず、周囲の人々は彼女に関心を持たず、彼女の存在は無視され、誰も彼女のことを真剣に語ろうとしません。噂や悪口が広まる一方で、誰も彼女と向き合おうとはしないため、彼女は生きたまま「消された」存在として扱われているのです。

時が経ち、彼女を覚えている者は少なくなり、忘却が進む中で、何も知らない子供が彼女の存在を象徴する「わずかなあぶく銭」を見つけます。これにより、彼女の存在や過去がわずかに浮かび上がる瞬間が訪れます。しかし、エレーンは自らその淋しさや孤独を表現することができない存在として描かれ、その淋しさがふと他者に伝わる瞬間が生じます。彼女は声を持たず、その孤独は他人にしか聞こえない形で存在しています。

「生きていてもいいですか?」という問いは、エレーンが社会に疎外されていることを暗示しています。彼女が生きているにもかかわらず、誰も彼女の存在意義を問わず、彼女が存在していることすら忘れ去られている状況です。人々は彼女が生きていることを知りながらも、彼女に直接声をかけることができず、彼女の孤立に気づいてもそれに向き合うことを避けています。エレーンが存在していることに対して、誰も何も言えない無関心な社会が強調されています。

全体の解釈(エレーンが生きているとして)

エレーンは、実際に生きているものの、彼女の存在は社会から完全に無視され、孤立している状態です。彼女は生きているけれども、周囲の人々は彼女を見ないふりをして、まるで存在しないかのように扱います。彼女の孤独感や疎外感は深く、彼女自身はその淋しさを声に出すことができず、それが偶然の瞬間にだけ他者に伝わるという形で表現されています。

エレーンの問い「生きていてもいいですか?」は、彼女の存在が社会に認められていないことへの絶望感を示しています。彼女は生きているにもかかわらず、自分の存在意義に疑問を抱き、社会からの承認を求めています。しかし、その問いに対する答えは誰もが心の中で分かっていながら、彼女に直接問いかけることは避けられています。これは、彼女の存在が無視されているという冷酷な現実を象徴しています。

エレーンの存在は、社会の中で疎外され、孤立する人々の姿を反映しています。生きているけれども誰にも気づかれず、孤立したまま存在している彼女の姿は、現代社会における孤独や無関心の問題を強く浮き彫りにしています。

3.それでもエレーンは生きていく

エレーンのように社会から疎外されている人々に対して、ポジティブな解釈を導くことは、非常に重要な視点だと思います。この詩は孤立や無視された存在について描かれていますが、そこに新たな希望や再生の可能性を見出すこともできるでしょう。ここでは、エレーンの境遇を通して、孤立から立ち直る力や自分の価値を再認識することができる、ポジティブなメッセージを読み解いていきます。

「風にとけていった」からの再生

「風にとけていった」という表現は、エレーンが社会から忘れられつつあることを象徴していますが、ここに逆に可能性を見出すこともできます。風に溶けることで、彼女は社会の枠に囚われず、新しい形で存在するチャンスがあると捉えることもできるのです。

社会から疎外されたり、過去の評価が悪いものであっても、それは終わりではなく、新しい自分を見つけるための「再スタート」としての解釈が可能です。古い自分が消え去ることで、今後は自分の望むように生きる自由が得られる、といったポジティブな見方ができます。

孤独と向き合い、自分を見つける機会

「誰もお前を知っていたと口に出せない」という状況は、エレーンが孤立していることを示していますが、これもまた自分自身を深く見つめ直すチャンスと考えることができます。社会からの評価や噂に左右されない状態は、自分の本来の価値や信念に目を向ける絶好の機会です。

「孤独」は、時に苦しいものですが、同時に自己成長や新たな視点を得るための重要な過程でもあります。この孤立の時間を通じて、エレーンや同じ境遇の人々は自分自身と向き合い、真の強さや独立心を育むことができるのです。

再評価のチャンス

「何も知らぬ子供が引き出しの裏から何かを見つける」という場面は、エレーンの価値が後になって発見される象徴です。彼女の人生や存在が社会の中で見過ごされていたとしても、やがて誰かがその価値に気づく時が来るというメッセージがここには込められています。

たとえ今は疎外されたり、評価されなかったりしても、自分の存在や行いはいつか誰かに認められることがあります。それが人々の目に見えない場所であっても、価値がゼロになることはないのです。

自分自身への問いかけと解放

「生きていてもいいですかと誰も問いたい」という部分は、エレーンが社会に疎外された中で、存在意義を問い続けている姿が描かれています。しかし、この問いに対する答えは、実は彼女自身が持っているのです。社会からの承認を求めることなく、「生きていてもいい」という答えを自分で見つけることができると解釈できます。

この詩における問いは、エレーンの内面的な葛藤の一部ですが、それを通じて自分自身を解放する可能性があります。自分自身の価値を他者に問うのではなく、自己肯定をもって前に進む力を持つことができるというポジティブなメッセージがここには含まれています。

未来への希望

詩全体の雰囲気は重く、孤立や疎外がテーマとなっていますが、それでもその中には「再生」や「希望」が含まれています。過去に囚われず、社会の評価や噂に惑わされずに、自分の道を選ぶことができるという視点を持つことが大切です。エレーンのような存在も、必ずしも社会に迎合する必要はなく、自分自身の価値を認め、未来に向かって進むことができるのです。

彼女の「孤独」や「疎外感」は、逆に「自由」や「再生」への道を開くための一歩となりうると捉えることができます。自分の人生を他者の評価に委ねず、自分自身で選び、進んでいくことで、未来への希望を見出すことができるのです。

まとめ

エレーンのように社会から疎外された人々も、そこに囚われる必要はなく、逆にそれを乗り越える力を持つことができるというポジティブな解釈が可能です。社会の評価に惑わされず、自分自身の価値を再発見し、孤独を新しい成長の機会と捉えることで、未来に向けて希望を持って歩むことができるのです。

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