『論より証拠』
その裁判は証拠として提示される映像の社会的影響を考慮し、非公開とされた。内部告発を受け、逮捕されたのは著名な児童心理カウンセラーYだった。家宅捜索で押収されたDVDは8000枚を越え、自宅のパソコンからも数万枚に及ぶ画像データが発見された。
だが、実のところ押収されたそれらの証拠は決定的なものとは判じ難く、暗礁に乗り上げかかった裁判はもつれにもつれ、その行方は新司法制度によって施行された“裁判員最高裁”での頂上決戦を余儀なくされた。
検事の表情が険しくなった。ここが勝負どころだと感じているようだった。
「最高裁判員の皆さま、こちらをご覧いただきたい」
傍聴人のいない法廷に検事の張りのある声が響き渡った。セットされていた巨大なプロジェクトターにYの自宅から押収したと思われるDVDの映像が映し出された。
幼い子供の口元のアップ。どの子供も棒付きのキャンディを持っており、嬉々としてそれを頬張ったり、舐めたりしいる。
「馬鹿馬鹿しい! こんな侮辱はもう耐えられん!」
証言台に立たされていたYから怒声があがる。
「静粛に」
最高裁判員のリーダーらしき初老の男がいきり立ったYを諫めた。
「いつまでこんな間抜けな裁判に付き合わされねばならんのだ! いいかね最高裁判員諸君! これらはすべて、子供の舌筋の運動量と言語能力の発達との間に関係性を見出した私の研究論文の資料映像に過ぎんのだよ! よく見たまえ! どの映像もそれに準拠したものばかりで違法性などどこにもない! いったい何度言えば理解できるのかね!」目を血走らせながらYがかなきり声を張り上げた。
法廷が一瞬の静寂に包まれる。
裁判員たちの目がある一点に釘付けになっていた。
プロジェクターに映し出された映像にではない。
興奮し、更に言いつのろうと肩をいからせたYの股間にだ――法廷内の全員が今そこを凝視していた。
高級な仕立てなのだろう。皺もなく、見るからに手触りの良さげなソフト生地のグレースーツ。その下腹部が今にも破けそうなほどぱんぱんに膨れ上がっていた。ストライプが入っているせいか、その歪んだ怒張のうねりが余計に悪目立ちしていた。
「ち! ちちち、違うっ! こ、これは今たまたま――!」Yが身をかがめながら慌てて抗議する。
「“たまたま”とはどちらの“タマタマ”のことかね?」そう冷ややかに言い放ち、検事はYに向けていた厳しい視線を裁判員たちに戻した。
「……私からは以上です」
その横でYが膝から崩れ落ち、獣のような呻き声をあげた。
最高裁判員たちが結論に達するまでにそれほど時間はかからなかった。
Yの自宅地下に隠されていた違法児童ポルノ数万点と監禁目的で使用していたらしい鉄の檻が新たに発見され、そこで検出された体液がYのものと一致したことが彼らのその判断の正しさを物語っていた。
監禁被害者の身元とその行方、及びYに新たに請求される罪状については追加捜査の進展を待たねばならないが、一つの正義が成された記録として、その事実の一端をここに記した。
水もしたたる真っ白い豆腐がひどく焦った様子で煙草屋の角を曲がっていくのが見えた。醤油か猫にでも追いかけられているのだろう。今日はいい日になりそうだ。 ありがとうございます。貴方のサポートでなけなしの脳が新たな世界を紡いでくれることでしょう。恩に着ます。より刺激的な日々を貴方に。