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麻のシーツは洗って使い続けて馴染んでからが本当の使い心地

Facebookでストーリーのことが聞きたいって言われたのに、全然書けなかったな。

で、ふとベッドに飛び込んだときに全然違うことを思いついて書きはじめた。

商品と使い手の時間軸がどんどん短くなってる気がするんだよね。
物が好きな人ならなんとなくわかってくれると思うんだけど、洋服づきなら尚更のこと。どんどん使っていくことでそのものの持ち味が引き出されるってことあるよね。

タイトルに書いたように、リネンのベッドシーツって使いはじめはゴワゴワしてて硬いんだけど、洗濯していく度に柔らかくなっていって寝心地も良くなってくる。
鉄のフライパンも最初は油がしみてないからいろんな物がこびりついちゃうんだけど、使っていくうちに油が染みて行って使いやすくなってくる。

それをね。最初からテフロンでくっつきませんっていうのってなんかもったいないなと思うわけですよ。
もちろん。時間がなかったりして初めからくっつかない物が欲しいというのもわかる。料理作りはじめの時は出来上がりが気になるから、それを妨げる物は嫌だしね。

でも料理ができるようになってくると、だんだん鉄のフライパンを育てる楽しみの方が楽しくなってくる。
いろんな経験があるから余裕も出てきて、育てる時間が楽しくなってくる。

そうそう。
だから、育てる時間とか手間ってのを楽しめるとものとの関係性が変わるよね。
ちなみにジーパンを育てるってのも好きだけど、そっちじゃなくて素材の本質が出る方が好き。(何が違うのかわかりにくいぜ笑)

これはきっとものだけじゃなくって、人との関わりやサービスの関わりでも言えると思う。付き合いはじめはお互いギクシャクしてるかもしれないけれど、お互いをちゃんと思い合っていればだんだんいい感じになってくる。長年連れ添った夫婦ってやつだ。

そんな感覚をサービス作りでも事業者が持って行って、哲学と我慢としたたかな計画を持って運営できるといいよね。

ではでは。

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