突然の便り
今朝、私より一回り以上も年上の元上司から突然の便りがあった。個人的な連絡先はお互いに知らないし、一緒にランチに行くような間柄でもなかった。彼女は数年前に既に定年退職をされている。便りと言っても手紙がきたわけではない。
ショートメッセージといえば、もはやセキュリティの二段階認証や登録している携帯会社からのお知らせ通知しかこないようなものではあるのだが、そういえばコロナ禍で在宅勤務の折に、何かトラブルがあった場合の緊急連絡先として自身の携帯番号を教えた記憶がある。
そう彼女からの便りはショートメッセージからだった。
なにごとだろう・・。
<<多才なあなたのこと、今も変わらず多方面でご活躍されていることと思います。会社のことはもう殆ど思い出すことはないのですが、桜の花を眺めるうち、あなたと仕事をした楽しい時間と記憶が蘇えりました。お元気でいらっしゃいますか?私は今、自宅のある国立でテニスに勤しみながら楽しく過ごしています。>>
あまりにも突然のメッセージだったので少し驚いたが、私のことを思い出してもらえたこと、そして何よりもメッセージをくれたことがうれしかった。またそれと同時に私が入社したての頃の記憶が蘇ってきた。それは決していい思い出ばかりとは言い難いものであった。
入社したての頃、私が仕事でミスをした時に(大したミスではないが…)彼女は私の席に鬼の形相で駆け寄ってきてこう言った。
「あなた、この仕事舐めないで!」それはフロア中に響くような雷のような怒鳴り声だった。この上司からこうした怒りの鉄拳を食らい、いったい何人の人が辞めていったことだろう。私も例外なくこの洗礼を受けることになり、当然びっくりしたし、大勢の人の前で叱責されたことはとても恥ずかしく、ショックだったわけなのだが、すぐに気持ちを切り替えた。そして二度と同じミスはすまいと肝に銘じた。
その日の帰り際、廊下で彼女とすれ違った。少し気まずかったが、私のほうから彼女に近づいていき声をかけた。
「先ほどは申し訳ありませんでした。今後は気を付けます。」
それ以上、何も言うことはなかった。言ってしまえば、それ以上のことでも何でもないと思っていたのである。
最初は私が自分に対してどんな態度を取るのか分からないため、怪訝そうな顔をしていた彼女だったがすぐさま笑顔になり、私にこう言った。
「あなたができない人だとは、思っていないから。」
「ありがとうございます。がんばります。」
“言われるうちが華”
もしかしたら今の人たちには通用しない概念なのかもしれないが、私は彼女からの叱責をこの時はそう受け止めていた。
それ以降は彼女と私は仕事上の会話しか交わしていないが、終始良好な関係性を保っていた。バレーボールに例えるなら彼女がトスを上げ、私がアタックするといった具合だろうか。私はいつしか名アタッカーとなり、彼女から社内の”神セブン”の一人だと言われるまでになっていた。今年、彼女は70歳になるという。今後もきっとお会いすることはないだろう。しかし思い出してくれたら、またメッセージをくれることだろう。私はそんな関係性がとても心地良いと感じている。このSNSもそんな世界の一つである。利害関係もない。友人でもない。きっと実際には会うこともない人たち。
それでもどこかでつながっていて、たまにだけれど幸せをくれる人たちへー。不定期ながら私も彼女のように、突然の便りを届けていければと思っている。