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ツナキー前田慶次

挽肉を使って作るキーマカレー。私は基本的に獣肉を嗜まないので、作る時はいつも粒状の大豆肉を使用。今回、少し冒険してみることに。魚肉でもよくね?ということで、和風?なキーマカレーを作りながら、漫画の主人公にもなった人物の正に漫画のような人生を妄想した記録。


材料

ツナ缶      1個
人参       1/4
新玉葱      1/4
大蒜       2欠け
生姜       1欠け
ローレル     1枚
粒状大豆肉    余っていたから投入。なくてもよい。
唐辛子粉     小匙半分
カルダモンと丁子 合わせて小匙1
ガラムマサラ   大匙1
コリアンダー   大匙1
ターメリック   大匙1
クミン粉     大匙1
片栗粉      適量
出汁つゆ     カップ2(二倍濃縮)
ケチャップ    大匙1
黒酢       大匙2
完熟ソース    大匙1
黒摺り胡麻    たっぷり

「花の慶次」という漫画がありました。パチンコ台にもなったとか?
隆慶一郎の小説「一夢庵風流記」を原作に、少年誌用にアレンジした漫画。
夢中になって読んだ「花の慶次」ですが、主人公の前田慶次は実在の人物。
前田慶次郎利益が正式な名乗り。
「花の慶次」や「一夢庵風流記」では紹介されていない話を出来るだけ交えながら、前田慶次について妄想。


生姜、玉葱1/8、大蒜を摺り下ろす。

尾張の荒子城主、前田利久の子として誕生と言われる慶次ですが、出生にはちょっとしたいわくあり。
利久の妻は以前、滝川益氏の妻或いは妾だったとか。どういう経緯かわかりませんが、利久と結婚。つまり慶次は滝川家の血を引いている可能性。
そのままいけば、慶次は跡継ぎだったのですが、主君の織田信長は利久を隠居させて、弟の利家に家督を継ぐように命じます。
滝川家は甲賀から流れてきた新参者。前田家の方が古参。その家に滝川の血が入るかもしれないことを信長は嫌った?


新玉葱と人参を微塵切り。

或いは、前田利家は信長の念者。特別な思い入れから?
念者というのはおホモだちということ。
武士にとって同性愛は嗜み。男女の性愛よりお結びつきが深いとされていて、主従でそういう関係になれば、正に命をかけた繋がり。
最近になってLGBT法を制定せよとか、エマニエ何とかいう坊やだか夫人だかのような名前のアメリカ人が内政干渉しているようだが、日本は昔から性に対して寛容な国である。ようやく世界が日本に追いついたというだけであり、法律で決めるようなことでもない。話が横道に逸れました。


新玉葱と人参を炒める。透き通るまで。

隠居させられた後も利久は前田家に留まっていましたが、慶次は叔父、利家の下を去ることに。その時、利家に風呂を馳走したいと屋敷に招待。
現代のように蛇口捻れば水が出る時代ではなく。燃料も貴重ということから、風呂は正に特別でした。
招待されて赴いた利家、寒い中を待たされてから湯気が出る風呂へ。ところが待っていたのは湯気ならぬ冷気立つ氷風呂。煮え湯ではなく氷水を浴びせて、慶次はそのまま前田家を逐電。


新玉葱と人参を取り出し、摺り下ろした香味野菜、ターメリック、クミン、コリアンダーを炒めながら混ぜていく。

奇抜な格好や派手な言動で人目を驚かす傾奇者として名を馳せた慶次ですが、趣味は連歌で戦でも活躍する正に文武両道な人。
旗印に「大ふへん者」と大書。
これを見た者が、大武辺者とは大口を叩くと揶揄すると、
「これは大不便者と読むのだ。拙者は妻もおらず、不便な生活をしているからだ」と答えたという。
現代の感覚ではわかり辛い話ですが、文章に濁点が付けられるようになったのは明治から。それまではどこを濁って読むかはコンテクスト次第だったということ。「ふへん」を武辺と読むか不便と読むかもニュアンスで。


ツナと大豆肉を投入。

豊臣秀吉に謁見した時、髷を大きく横に結い、そっぽを向いて平伏した。これで正面からは平伏しているように見えるが、実はそっぽを向いているという意地を見せた。その後、よりによって秀吉の前で猿踊りを披露。
ここまでは「花の慶次」でも描かれた話。そこでは語られていない続きがあります。
慶次はそのままふざけて、居並ぶ諸大名の膝に猿のように座るなどしていたのですが、上杉景勝にだけはふざけた真似を仕掛けることが出来なかった。
「威厳があり、とてもそんなことは出来ない」と感じたとか。


カルダモンと丁子、ローレル、出汁つゆ、ケチャップ、ソース投入。煮込む。

秀吉の死後、次の天下人たらんと狙う徳川家康は大きな戦を起こすために、上杉家にイチャモンを付ける。その頃に慶次は上杉家に仕官を望む。
その際、手土産として土が付いた大根を三本持参。その心は
「自分はこの大根のように見てくれはよくないが、十分に味わいある者」ということ。
戦が近いので上杉家も優秀な武士である慶次を受け入れる。


いい感じになってきたら、黒摺り胡麻と黒酢を加える。

関ケ原合戦後、戦後処理として上杉家は大減封。会津百二十万石から米沢三十万石へ。負け組ということで出世も高禄も望めないというのに、慶次はそのまま上杉家についていく。
米沢で生涯を終えたとも、前田家に呼び戻されて亡くなったとも言われますが、「一夢庵風流記」や「花の慶次」に書いてあるように米沢の雪の中に骨を埋めたと思いたい。


ツナキー前田慶次

狙い通り何となく黒っぽい仕上がり。
ツナや出汁つゆの鰹出汁が利いて、ヘルシーっぽい?黒胡麻の香ばしさと黒酢のまろやかさが辛みを和らげる。
全体的に辛めでも、人参と玉葱の甘味も絡み合い、玄妙な味わい。
唐辛子のカプサイシンで脂肪燃焼、玉葱で血液もサラサラとよく流れてダイエット効果。スパイスでデトックスも?

晩年は剃髪して、一夢庵ひょっとこ斎とか龍骨軒不便斎などとも名乗ったと言われる慶次。寺に関する逸話が残っているのですが、剃髪後のことか?
近隣の寺に碁が得意で、それを鼻にかけている傲慢な住職。それを聞いた慶次、碁の相手を持ちかける。
ただ碁を打つだけではつまらないから、負けた方がしっぺを食らうというのはどうかと提案。しっぺと言えば、軽く叩くとかデコピンするとか、そんな程度のこと。住職もそれを受ける。
最初の対局で勝った住職、約束通りに慶次にしっぺを食らわす。
次の対局では慶次が勝利。すると慶次はグーでぶん殴る。住職、鼻血を出して失神。正に自慢の鼻をへし折られた?

戦国の世を思うように生きた自由人、傾奇者の前田慶次を妄想しながら、ツナキー前田慶次をご馳走様でした。

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