大物芸能人から言われた”一言”(21)

~ 概要 ~

私は、ある大物芸能人から、『あなたに会うために、これまで生かされていたのだと思う』と大変ありがたい言葉をいただいた。これは、日本を代表する俳優から、サラリーマンである私がそんな言葉をいただくまでの出来事を記したメモである。

第3章の概要 ~未来を担う若者たちを築く塾~

平安な世界を創るため、私は、「未来を担う若者たちを築く(育む)塾」を創ることを決めた。そして、2018年2月15日に、多くの方々の協力のもと、「お金」を一切絡めない、「心」で繋がり、「心」で進める塾を開講した。
初年度は、試験的に多くのことを試み、塾の方向性・内容を高める年とし、実施していくこととなるのであった。

「小学生の私」

平安な世界を創るため、2018年2月15日に、「未来を担う若者たちを築く塾」を創設した私の小学生のころを振り返りたいと思う。

時は昭和。街には豆腐屋があり、マクドナルドも、セブンイレブンも、吉野家もない時代。あったのは、駄菓子屋、そして、もんじゃ焼き。

毎日が、遊び・探検の日々であった。

小学生の頃の私は、2年生までの記憶がない。嫌なことがあったのか?理由は定かではないが、記憶がない。3年生以降の私は、明るく、クラスの人気者で、男子、女子ともに、良く遊んで駆け回る存在であった。しかし、2年生までは、全く違う自分がいた気がする。

また、私は、長距離が早かった。町のロードレースという大会では、3年生以降、毎年、その町で「1位」であった。

長距離が早い、サッカーが得意(好き)、明るい、遊ぶ(動き回る)のが好きであった。勉強は何もしていなかったが、頭は、学年でトップ5に入るくらいであった。

SAPIXや早稲アカのような塾もなく、父や母からは、大学についての話を聞くこともなく、ただただ、毎日を自由に暮らし、自分が”こうしたい”と思うことに、まっすぐ、生きていた。

今思うと、都内であったが、自然がまだ少しは残っていたのだと思う。

蓮池という池があり、そこで、ザリガニや魚を捕まえた。川に行けば、カニがいて、カニを捕まえた。そして、川の土手には、大量のヘドロがあり、今では意味不明な行為であるが、そのヘドロの中に入り、ヘドロの感触や、足が埋まっていくことを楽しんだ。また、自転車で鬼ごっこをしたり、町の中でドロケイをして、遊びまわっていた。他には、空前のファミコンブーム。友達の家で、駄菓子を食べながら、ファミコンをしていた。また、自転車で、遠くまで行くなど、いく先々で見つけた遊び場で遊ぶなど。マウンテンバイクが流行っていて、少し離れた場所に、マウンテンバイクもしくはモトクロスの練習できる場所があり、良く遊びに行ったことを覚えている。

毎日、学校が終わると、日が暮れるまで遊んで、日が暮れる夕方には家に帰り、家族みんなで、食卓を囲み、ご飯を食べた。母が作るハンバーグ、かつ丼、親子丼、生姜焼きが印象に残っている。うちのかつ丼はたれの味が家の味で、格別に美味しかった。また、カレーやシチューなども印象に残ってる。野菜がゴロゴロとたくさん入っていて、美味しかった。休みの日には、父が、焼きそばなどを作ってくれた。タコ焼き機で、タコ焼きを焼いた良い思い出だ。不思議と家族で一緒に食べた毎日の朝食と夕食の思い出をよく覚えている。

アニメは、ドラゴンボール、らんま1/2、キャプテン翼、シティハンター、キャッツアイ、ウルトラマン、仮面ライダーなど、放映されていた。夏休みになると、毎回、同じアニメが放映されていた気がする。そして、朝はラジオ体操に行って用紙にハンコを押してもらい、昼はプールに行くなど、公園でセミを捕まえるなどしていた。プールを出たところにおでん屋が来ていて、おでんが美味しかった。何気ない食事が与えてくれる思い出には、素晴らしいものがあるものだ。

小学5年・6年にもなると、近くの学校との小競り合いもあった。喧嘩をしたこともあった。しかし、この頃の喧嘩はかわいいものだった。

小学生のころ、毎日が明るく、楽しく、幸せだった。他の家族のことは私は知らないが、毎日を明るく、楽しく、幸せに過ごさせてくれた、父と母には感謝している。

私の父と母は、「強く、優しい」人物であった。

次回に続く・・・

<余談>

前回の余談の続きであるが、男気溢れる社長と、化け物である副社長に呼び出された私。

男気溢れる社長は、私に気をつけるようにというサインを贈りたく、私を呼び出したのかもしれない。

そして、男気溢れる社長とあった後、今度は、化け物の副社長から呼び出された。

化け物の地元に呼び出された私は、最善の注意を払うべく、信頼を置く友に、化け物と会う時間から1時間たっても私から連絡がない場合は、私の携帯のGPS(位置情報)を、警察に言って、探すようお願いをしておいた。

何故なら、化け物の近くには、人をさらい、ボコボコにして、拉致・監禁。そして、海や山に沈めてしまうような人間がいることを知っていたからだ。

だからこそ、私は、念のため、保障をかけておいた。

そして、化け物と待ち合わせをしたカフェについた。古びたカフェの扉を開けると、店内は薄暗く、ゆっくりと店内を歩き、化け物を探した。化け物が、薄暗い店内の一番奥の席に、一人で座っていた。

次回の「余談」に続く・・・

第一章のあらすじ

大物芸能人から言われた”一言”(7)を参照ください。

第二章のあらすじ

大物芸能人から言われた”一言”(18)を参照ください。

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