あいつは外資無理だろ (読切)
ここは新橋の場末の中華料理屋。店主が使う大きなお玉が、中華鍋に当たる音がカン、カーンと、忙しく鳴り響く。
そのすぐ前で、厨房の湯気を被りながら、カウンターに横並びに座る木嶋俊介と松田翔太。
グラスのナカの焼酎は定番のキンミヤ。ホッピー黒をぐいぐい飲んで、二人は、退職した菅野太一について話し始めた。
木嶋: 菅野もさあ、大変だと思うよ。俺らみたいな会社で育ってさあ、急に外資に行くなんて、きっと上手くいかないよな。
松田: 上手くいかないと思うよ、あいつは。別にそんなにそんなにデキる奴でもないし。まあ、俺らよりは良かったかもしれないけど、今更、35になって急に外資なんて、無理だよ。
木嶋: そうだよな、あいつは、上手くいかないよ。きっと後悔するよ。ちょっと給料が高くなるかもしれないけど、長続きしなきゃ、元も子もないよな。
松田: そうそう、やっぱり、うちの会社みたいなのが一番いいよ。のんびりしてて。給料安いけど、別にいいよ、生活できないわけじゃないし。
木嶋: このまま定年までウチ行って、それでフィニッシュだな。
松田: ・・・
木嶋: ・・・
松田: やっぱ、俺たち同期、これでいいんだよな。
木嶋: いやあ、マジで、これでいいんだよ。
松田: ・・・
木嶋: ・・・
二人は、同時にホッピーの中をおかわりして、また、ぐいっと飲み干した。
松田: お前、知ってる? 石川専務が社長に嫌われ始めたらしいよ。
木嶋: マジか?じゃあ、石川専務の助さん&格さんの、伊藤支店長と後藤部長はどうなるんだ?
松田: まあ、もう、外れたな。
木嶋: マジかぁ! うわ、マジか!!!
松田: お前、どうしたんだよ?
木嶋: 来週、得意先のゴルフで、石川専務来てくれるんだよな。それで、そんときに、伊藤支店長と後藤部長も来る。俺が運転して行くんだけど。
松田: お前、それも、コスパ悪すぎるな。
木嶋: ・・・
松田: でさあ、徳永さんいるだろ?
木嶋: ああ、あのオペレーションの部長?あ、でも、出向してるんだろ。
松田: そう。出向先の親会社から、もうすぐ帰ってきて、役員になる。常務になるらしいよ。
木嶋: もしかして、次の社長になる?
松田: その線は固いね。ちなみに俺、来週、徳永さんと銀座に飲みに行く。
木嶋: お前、マジか? いつの間に?
松田: なんか、俺の得意先の社長さんが、昔よく徳永さんと仕事していて、よく知っているらしいんだよね。で、その話を徳永さんにしたら、すぐ銀座の店セッティングしたんだよ。
木嶋: お前、マジか、なんで言わないんだよ。
松田: 別に隠していたわけじゃないよ。
木嶋: 俺、やばいな。石川専務のラインに乗ろうと思ったのに。
松田: お前、それもう無理だよ。
木嶋: その徳永さんの飲み、俺も誘えよ。
松田: 馬鹿かお前? 大学生の合コンんじゃねえんだよ。そんな誘えるかよばか。
木嶋: お前、徳永さんのラインに乗るのか?
松田: そう言うことになるな。
木嶋: ・・・ (深刻な顔)
松田: なんだよお前、大丈夫だよ。
木嶋: ・・・
松田: お前、俺が裏から上手いこと、お前も乗っかるようにしてやるよ。
木嶋: そうか?
松田: そうだよ。
木嶋: ・・・
松田: ・・・
木嶋: ・・・
松田: すみません、ホッピーセット、二つ。
店主: はいよ。
松田: て言うかさ、それにつけても、菅野、馬鹿だよな。外資に行くなんて。実力もないのに。
木嶋: あいつは本当に無理だよな。
松田: 後悔するよな。
木嶋: まじ、あいつはそのうちにクビになるよ。
松田: もう戻ってこれないよな、ウチには。
木嶋: 出戻りは、ウチは無いね、マジで。
松田: やっぱ、このまま、テキトーやるのがいいよな。
木嶋: そうだよ。このままがいいんだよ。
二人は、ホッピーの新しいセットを受け取ると、しばし黙ってグラスを傾けた。厨房からは相変わらずカン、カーンと中華鍋にお玉が当たる音が響いている。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?