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何かあったら教①

「何かあったらどうします?」

そう言われて、ふと立ち止まった。


今年の誕生日プレゼントは自由な時間だよ、と夫に言われたのは数日前。寝る暇もなく3人育児に毎日を追われる私に、今年夫がプレゼントしてくれたのはひとりで過ごせる1日フリータイムのチケットだった。

子連れだと諦めていた食器がかわいい雑貨屋、タイマッサージ、カフェに服屋…ぽわんぽわんと行きたい場所が浮かび上がり、思わずありがとう!と夫に飛びついた。

誕生日当日。

学校の献立表を見ながら「今日の給食は肉まんだー!」とあほさ全開で叫ぶ子ども達の朝食や着替えを全部夫に任せ、自分の身支度を整えると颯爽と家を飛び出した。

電車に乗ること1時間。一番近い都会の大きな駅までやって来たのだった。普段はほぼ車移動の私にとっては、電車でこんな街まで来ること自体が冒険だ。

キョロキョロと辺りを見渡しながら、Googleマップでお目当ての雑貨屋を探す。

そうして歩き始めたときに急に声をかけられたのだ。

「何かあったらどうします?」

キャッチや路上セールスにしては、奇妙なセリフに思わず足を止めた。

「はい?」

「今あなたがここにいる間に、あなたの家族に何かあったらどうします?」

「えーっと、急いでいるので失礼します」

変なひとに捕まってしまった。急ぎ足でその場を去ろうとするも、その人は私のあとを追いかけてきた。

「いま頃、あなたの旦那さんが通う会社は火事になっているかもしれませんよ。それにあなただって、このまま歩き続けると交通事故に遭うかもしれない。子どもはいますか? お子さんがいじめに遭ってたらどうします? お母様はご健在ですか? お母様が転んで骨折を…」

あぁ、そうか。これが先日ワイドショーで観た、最近急激に信者を増やしつつあるという「何かあったら教」の勧誘なんだ、とようやく合点がいった。東京だけの話かと思っていたら、私の街近辺にもじわじわ来ていたようだ。

「何かあったら教」(NaK −通称:ナック)は、子どもを交通事故や誘拐などから守るため、ひとりで登校させたくないお母さんが学校に申し出て集団登校にしたところから始まったという。

全国のPTAや教育委員会でも理解を得、15歳まではすべての学校で集団登校(バス登校含む)ということになった。

そこから派生し、子どものハサミ・カッターナイフの使用、子どもだけで遊ぶこと(公園を含む屋内外)、スイーツ作り(オーブンでの事故)やクッキング(包丁での外傷・火傷)、裸足で過ごすこと(ガラスやプラスチック片で足の損傷)などを禁止し、ヒヤリな事故や危険な行動を回避しようという運動に繋がった。

ちょうど同じ頃、世界的にウイルス性の病気が流行した。

触ったものから感染るという政府の勧告から、初めにボール遊び(サッカーや野球、ドッヂボール等)、遊具、鬼ごっこなど子ども同士の触れ合いが禁止になり、その後子どもだけのルールだったものが、事故を未然に防ごうという思想体系のもと大人にも自然発生的に広まった。

信者達は一般的にナクサと呼ばれるサブスクリプションサービスに課金することで入信と認められる。ベーシックプラン・プラチナプラン・プレミアムプランの3つから自分のライフスタイルに合ったプランを選び、何かあった時にはコールセンターに電話すると団体からそれ相応の額が支払われる…とテレビでは言っていた。

後ろではさっきの男性がまだ「何かあったらどうするんです?」と小走りで私についてきている。

私は足を止めると大きく息を吐き出し、振り向いてひと言…と思いきや、男性はすっとチラシを手渡すとそのまま去ってしまった。

チラシには大きな文字で

「リスクゼロの人生を!」

と書いてあった。

(つづく)

その2:https://note.com/ayuminge/n/n932fe5ce08b6
その3:https://note.com/ayuminge/n/nbb1392336169
その4:https://note.com/ayuminge/n/n5e823f020507
その5:https://note.com/ayuminge/n/nec10ea38b84b
その6:https://note.com/ayuminge/n/n7057dfa9328d
その7:https://note.com/ayuminge/n/n6badfe3a46ab
その8:https://note.com/ayuminge/n/n69790ba60b34
その9:https://note.com/ayuminge/n/n1600c799ca62
その10:https://note.com/ayuminge/n/n6744c6cebdbb


#創作大賞2022

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