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私のお母さん。

その人は、かわいい。
その人は、元気だ。
その人は、優しい。

くるくると動きながら家事も仕事も趣味も、一生懸命やっている。なんでそんなに頑張れるのかというくらい、他人のために自分のために、動き回っている。

その人はおっちょこちょいで、旅行に行く時、夜に出発するから、パジャマを着てて、肝心の昼に着る服を忘れたりしちゃうような人だけど、そういう時、笑い話にするよりも、本気でショックを受けて、何回もその話をするところとか、いいなあと思う。

わたしがへこんでいるときや、何か嫌なことがあった時、話を聞いて共感してくれる。
どんなグチも、ちゃんと聞いてくれて、あなたは何も悪くないと、一緒になって怒ってくれる。

わたしが大きくなって、相手の気持ちを推し量ったりできるようになって、そんな大袈裟な共感をされると、逆に、でもね、私も悪いんだけどね、と言い訳したくなる気持ちになるんだけど。

でも、そんなことは、その人に関係ない。
私の気持ちと一緒になって怒って、喜んで、笑ってくれる。
そんな単純でまっすぐな共感を、わたしはありがたいと思う。

私が誰かに怒りながら実は心の奥で傷ついていることも、きっとその人は気づいているのだろう。
でもそんなことは気づかないように、わたしが傷に気づかないでいられるくらい、一緒に本気で怒ってくれる。

そんな風に、全部私の味方になって、世界と向き合ってくれる人は他にいない。

ちょっと食べすぎたり、お酒を飲みすぎたりするのは、見逃せない習慣だけれど、
無理しないで、長生きしてほしい。
楽しく幸せに、今まで私たちのためにがんばってくれた分、たくさんの人から愛され、大切にできる余生を送ってほしい。

私が次は頑張る番。
その人に受けた無償の愛を、めいっぱい、
私の家族になる人たちや、周りの人たちに、注いでいきたい。

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