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『scene』

朝から不安定な空模様。でもそれも午前までで。午後になると眩しい陽射しに夏空がすっきりと広がる。
風もあって雲の流れは速い。窓をいっぱいに開けてお部屋の空気を入れ換えた。

8メートルくらいの縦に長い大きな水たまりの中の青空にも白い雲が浮かび、風で波打ち揺らいでいた。

前の職場のとても仲良しだった看護師さんとクラークさんから夕食に誘われて横浜で会うことになったので、それまで好きな時間を過ごすことにして、最近読みすすめている本と便箋を鞄に入れ、月末に行く予定にしていた個展へ急遽足を運ぶことに決めた。なぜだか今日が良い!と思い立ったこの選択と行動が、後にたいへん嬉しい結果となった。

現在、横浜は日ノ出町の「7artscafe」で開催中のフォトグラファーHoleden(ホールデン.)さんの写真展へ。

アーティスティックな画の描かれた建物。
7を軸にした時計が目を引く白い壁が青空に映える。
川を渡った先は野毛大道芸のパフォーマンスのポイントにもなっていた場所で、桜木町から歩いたことのあった見覚えのある風景に気づいて、途中からほっとした。


この電線の影もいい

外で『scene』のポスターを長いこと眺めた。
店内へ入ってすぐの右手にも、つい今しがた外で見たものと同じ、今回の個展の大きなポスターが。白い壁や床にはカラフルなペイントが無造作に可愛く施されていた。

入って早々、アートに写真に販売のマグカップや紅茶、たくさんの情報が一気に視界に入ってきて、私は入り口に立ったままキョロキョロ。
するとお店の方が声をかけてくださったのでご挨拶をして進むと、今度は黒柴のモーツァルトちゃんがお出迎えをしてくれたので、そちらにもご挨拶。
お好きな席へどうぞと案内され、迷わずポスターのイメージとなっている写真を真正面から眺められる四人がけの席を選んだ。それだけでも贅沢だなぁなんて思いながら腰を掛ける。
「よかったら写真も見て行ってくださいね」と声がかかったので「今日は写真を観に来ました」と返すとホールデン.さん御本人様登場で驚嘆。ガタンッと音を立てて席を立ってしまった。情報では土日のみのご在廊とのことだったので、きっと今回もお会いすることは叶わないとばかり思っていて、観覧後に感想のお手紙を書こうと、それで便箋を忍ばせてきたのだ。

写真を先に見てもいいし注文が先でもいいと教えていただき、まずは注文を。パレットの形をしたQRコードの載った可愛い木のオーダー表。読み込みが上手くいかずに四苦八苦していると、それに気づいたカフェオーナーのジョセフさんが助けてくださった。てっきりそこからオーダーもするのかと思い、注文ボタンがみつからなくて再び悪戦苦闘していたら、オーダーは口頭だった。笑

「そこまではお店もまだ対応できておりません」とジョセフさん。笑笑

オーダーが無事に済み、周りをよく見渡すと、各席クッションがカラフルでとても可愛らしい。
床にも処々にペインティングが続いていて、それを見ているだけでも楽しかった。


作品は「冬」から眺めはじめる。
さっそく以前経堂のカフェでの写真展で拝見した際に好きだと思った写真をみつけた。やっぱり好きだ。
落葉樹と常緑樹とが共生し、まだ落ちていない(=咲いたばかりの)椿の生命力溢れる紅の新鮮さ、積もる雪のキメ。よく見ると尚も雪は降り続いているということが分かった。雪と椿に視線を持っていかれて静寂と静止を写真に感じていたけれど、この写真には実は風雪の動きがあったのだ。くろねこドーナツさんでは降る雪までは気づけなかった。近くで観れたことによって明らかになった真実に少し嬉しくなる。


木と枯れた芝生だけの風景の中で、お洋服の花の刺繍の彩りが小さく存在感を表していた写真も忘れ難い。


とても気に入った写真があった。
草花の中に埋もれたアングルからの写真なのか、なびく草花の先に写る女性の白いワンピースが風を含んでふんわりと巻きあがり、一陣の薫風を感じる写真。観た瞬間、私にも風が吹いた。草木の青い薫りが観えてくるところが魅力的。少し進んではまたこの写真の前に戻ってきて再び眺めたり、を何度か繰り返した。

局紙(越前和紙)に印刷された写真はどれも優しく柔らかな印象でどこか懐かしく、ナチュラルな表情と風景をより繊細に心地よく映し出していた。
実際に越前和紙に触れてみることが出来て貴重な体験だった。紙が大好きなのですごく嬉しかった。
紙が好きすぎて、以前伊勢を訪れた際には「擬革紙」というものを購入したこともある。越前和紙についてももっと見識を深めたいと思う。


打ち上げ花火と共に写る女性の写真も印象深かった。
もう秋の気配がしているからだろうか。少し視線を下に向けたモデルさんの表情も相まって、打ち上げ花火の儚さが雅でも朧げでもあり。切なさを感じた。表情も浴衣の模様も見えないようで見える。薄暗くて一見見えにくいけれど、見えるものを観ないのはもったいない。観ようとすることこそ私が普段からどんなsceneでも大切にしていること。
髪型ひとつをとっても、手間をかけて結ったと思われるまとめ髪が偽りなく映る。その上方の部分を少しずつつまんで引き出すか、あるいはコテで巻いてからまとめたウェーブ感。素敵な髪飾りと、夏の夜風にそよぐおくれ毛。影のようであって影でなく、表情も黒く潰れずに、肌と浴衣の生地の質感さえ細やかに映し出されている。同じ女性として、写してほしいところすべてが繊細に美しく写っている一枚だった。


暑さに少し頭を垂れたひまわりたちの中で、凛と上を向く一本のひまわりと女性の写真にもメッセージ性を感じた。


モノクロの写真はまたガラッと印象が変わる。
白と黒での狭められた情報と世界の中で、濃淡が物や人の柔剛を微細にクリアに存在させている。麦わら帽子とリボンの素材、オーガンジーのスカートとブラウスの皺やギャザーの質感が光と空気を纏って踊る。むしろ白黒だからこそその厚薄が強調されているように思えた。
その背景には「モハ」の車両。
「クハ」の車両と繋がっていないことと錆の感じから、その鉄道の歴史と引退を想った。どんな景色の中どんな人々と物語を乗せてきたのだろう。引退してから何度目の夏を迎えたのだろうと、いつの間にか車両側に立つ自分もいた。

モノクロの良さは、そこにある生命と躍動をいちばん美しく力強く映し出すところにある。軽さも重さも光も影も澄みきり、人生や歴史を忠実に刻んで写す。
モノクロは、風景も良いが、そこになにかしらの生命が存在することで、色やその他の余計な情報が取り除かれて、観る者からの焦点がより絞られシンプル化される。それによってストーリー性と味わいと深みが増し、それらが真っ直ぐに写し出されて心に届くからこそ惹きつけられるような気がした。

私もいつか、そんなモノクロの良さが活きる自然な表情と瞬間のゼロコを撮りたい。夢ができて嬉しい。


…忘れていたけれど、途中、注文した紅茶が席に運ばれてきて、砂が上がりきったらお茶を注いでくださいねとジョセフさんからご案内をいただいていた。おそらく写真に夢中になりすぎて、3分の砂時計を8回ひっくり返すくらいの時間はゆうに経過していた。

陽が射すテーブル。雲の動きと厚みで煌めきが弱まったりまた輝きだしたりするのを感じながら、「作者へのメッセージノート」に言葉を綴った。


日本じゃないような写真がいくつかあって、撮影場所の秘話から、写真のサイズと紙の選択、額の色のお話しなども伺うことができた。
それらすべてを経ていま目の前に作品として形があることが感慨深かった。

一枚の写真からは読み取れなかったものも、二枚目があることで、一枚目の写真に情報が加わり急に背景が鮮明に浮かび上がってくる。それに気づいて掬い上げることのできた瞬間はとてもおもしろかった。
二枚の写真は、並んではいない。

青々と茂る山々と港。冬服を着た女性がいなかったら冬だと写真からは読めない。判断材料となる空の表情や雲の形もなく、どんより。けれど人物が映り込むことで季節が現れ、感情移入しやすくなり没入感も増す。冬と分かると海水の冷たさや物悲しさがみるみる情景に添えられる。煌めく水面には希望が見え、深い影には絶望も見える。
女性は冬の海に何を感じながら佇んでいたのだろう、私なら何を想うだろうと、写真を眺めていたはずの私はいつの間にか写真の中に入り込み、そしてそこに立っていた。

もう一枚には先程の女性が、陽の光に照らされている。あたたかな陽が降り注ぐ中で撮影が行われていたことが明らかになり、前後の背景が繋がったことで、一枚目の写真が平面の写真ではなくなった。

最後に入口付近に飾られた写真たちをじっくりと拝見した。すると気配が。
振り向くとカメラがこちらを向いていて「あっ…!」っと思わず声を上げてしまった。ホールデン.さんはちょうど私に映った外からの光と影が良い感じで撮ろうとされていたようで、その気配を察してしまい、邪魔をしてしまった。すると急にお外も曇りはじめて光も陰もなくなり、そこに居たのはただの素の私。くすくすと笑った。

同じ場所で立ち話をしている時、私の方こそ作品のガラス?アクリル?に反射して、ホールデン.さんのお身体の前で組まれた手に映る光と影が素敵で無意識に眺めていた。そのことを秘密にしておこうかとも思いましたが、正直に「カミングアウト返し」をした。



ホールデン.さんとモーツァルトちゃんに会えて、この日に行動して本当に良かったと思いました。
「思い立ったが吉日」とはまさにこのこと。
ホールデン.さんとジョセフさん曰く、この日はLUCKY DAYだったのだそう。

福井で撮られた写真は、やはり福井の空気の中、福井の地で観ることがいちばんだと思います。絶対に観えてくるものや感じるものが違ってくると思っているので、いつか福井を訪れるのが夢です。その機会を楽しみに待ちたいと思います。

帰る前にもう一度好きな写真の場所に戻ると、ちょうど窓から陽が射し込んでいるのに気づき、Holedenさんと一緒のタイミングでハッとして、カメラを手にする。
今しか撮れない瞬間をそこにみつけて感動し、カメラを構えた。

写真の青空に射す陽光

↑この写真を真剣に撮っている姿を、静かに撮られていました…!

「撮った」を「撮っている」を「撮られた」
の図。

ホールデン.さんに撮っていただいたこちらの写真は宝物です。noteは私の宝箱なので、だからここにも載せます。


この「春」の写真のところで、手漉きで和紙を作られている方の貴重なお話を伺ったばかりでした。その『春を待つ』お話にじ~んとしてしまい、きっとこれから寒い冬を迎える度に私はこのお話を思い出すのだろうなと確信。そんな「春」の写真に夏も終わるあたたかな陽の光が射していたものだから、先程のお話を思い出しながらどうにも胸がきゅっとなってしまいました。


四季を介して一枚の写真を深く見つめ想像していくことの楽しさを改めて感じることができました。
見たことのあった写真も、初めましてな写真も、季節や場所や時間や天候や距離感が変われば違った感覚になることも楽しかった。
写真を立体的に捉え余白を想像する楽しさを知り、たっぷりと刺激をいただき学びにもなりました。


お家を出てくる時に鞄に入れてきた本も便箋も、出番はありませんでした。


居心地の良さにすっかり長居をしてしまい。
別れ際にはモーツァルトちゃんも丸くぺたんこになっていてお疲れのご様子でした。


ベジタリアンメニューもあったり、スムージーやスイーツもどれもすごく美味しそうなので、また絶対に来ようと思います!


(お会計はキャッシュレス決済となっております。行かれる方はお気をつけくださいませ💳)


2023.8.24.Thu


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