吐き出したくなるほど思い詰めるな
たまには自慢したいので、モテ経験談でも披露しようと思う。僕も数は少ないが告白された経験がある。これは学生時代、大学近くの居酒屋でアルバイトをしていた時の話である。
学生街の居酒屋でのアルバイトは本当にオススメできない。お客さんが「酒の飲み方も飲ませ方も知らない人間」ばかりだからだ。とにかく吐く。いたるところで吐く。トイレや部屋、廊下の隅、向かいのホーム、路地裏の窓。こんなところで吐くはずもないところで吐く。
その処理を任されるのは新人であり、つまりは僕だった。このミッションは新人が入るたびに引き継がれていくのだが、引き継いだ途端にやめていくものだから、僕は吐瀉物処理班のエキスパートと化していた。常連のチャラ男に「今日もやってんね!」と声をかけられることもあった。客にも吐瀉物処理班として認識されるほどだった。
そんなある日、5番卓で吐瀉が発生したと報告があった。5番卓は4人席。現地に向かうと、待っていたのは女の子4人組と吐瀉物だった。4人とも相当飲んでいるようだった。
「きたよ〜〜〜〜!!ほら!すぐきた!!」
なぜか拍手で迎え入れられた。完全に酔っ払いだった。酔っ払いは無視するに限る。僕は慣れた手つきで対象の処理を進めた。
こういうとき、だいたい吐瀉った人はお手洗いに行ったりするのだが、その日はなぜかずっと見つめられていた。とても居心地が悪かった。様子がおかしい。
「すびまぜん!!」
吐瀉ったであろう女の子が、震えながらもやたらでかい声で謝ってくれた。酔っ払ってもう耳が機能していないのだろう、こういう奴は大概声がでかい。僕は「いえいえ大丈夫ですよ〜」と受け流しながら任務をこなしていた。すると女の子がおかしなことを言い始めた。
「こうしたらオオムラさんが来るって聞いてぇ〜〜〜」
む。こうしたら、というのは吐瀉ることを指すのか?確かに吐瀉った場合は僕が来ることになっている。
「あの〜〜〜〜よかったらでいいんですけど〜〜〜〜〜〜」
女の子は号泣しながら声を荒げた。その他3人は「頑張れ〜〜〜」などと声援をあげている。まさか、と思った。あるはずがないと。
「あだしと付き合ってくれませんかぁ〜〜〜〜」
手が止まった。あまりにも衝撃的な事実を目の前に、吐瀉処理班のプロフェッショナルたる僕の手が止まった。目の前には自らの吐瀉がある状態で、愛の告白に踏み切る。そんな勇気は、見たことがなかった。この想いに応えなくて良いのか。僕は思考を巡らせた。
そして僕は、聞かなかったことにした。何を言われても無視した。次の日に店長にバイトを辞めることを告げた。なぜか。彼女たちと顔をあわせるのが気まずいからか。違う。「吐けば来る」と思われている事実が惨めで仕方がなかったからだ。
居酒屋はお酒を楽しむ場所だ。決して過度なアルコール摂取によって吐瀉する場所ではないし、募り募った想いを吐き出す場所でもないのだ。お後がよろしいようで。
今日の有益情報
ベルサイユ宮殿にはトイレがない。