父が死んだ
2024年10月28日15:08 父が死んだ。これをまだ書いている時は、28日で、
父がいた世界線なので、父がいる時に書いたものだと思いたい。
気持ちの整理がついていないので
取り止めのないことを書く。
小さい頃はお父さん子だった。
日曜日は近所の打ちっぱなしゴルフに行く父についていったし、
仕事にでかける父に、
行ってらっしゃいお土産よろしく、なんて言ったら
決して高価な物ではないけど細々したものを買ってきてくれた。
もののけ姫にハマった時は、
美大卒の腕を活かしてアシタカのイラストを描いてくれたし、
小学4年生の時に、
試写会のチケットが当たったとかでフリーウィリーの映画に連れていってくれた。
(その時近所でライブしていたXJAPANのファンの出立が怖くて
怯えた覚えはあるけれど)
かっとばせー秋山、ロッテを倒せ、オー!
という掛け声を覚えているということは
おそらく西武の試合にも連れていってもらってるはず。
中学生の時、
仕事先の知り合いからと、
当時のSMAPのライブグッズを大量にもらって
梅ちゃんとかみんなに配ってありがたがられたりしたよ。
兄貴と野菜炒めでどっちが肉が多いかで大喧嘩したとき、
勢い余って家出して行き場を失っていたけど、
亀有のツタヤで私を見つけて、
GLAYのwinter songのCDを買ってくれたことも覚えている。
小さい時にサンタさんに書いた手紙が
事務所の机の引き出しから見つかったりもしたけど
なんだかんだいって、
多分私のこと、可愛がってくれてたよね。
怒られる時に殴られることが多かったし、
鼻血も出したし、
ベランダに追い出されたり、
正直、自分が子供できたら叩いてやるんだ、って思ったほど
手を挙げられることが多くて
周りの子は殴られたことがないって聞いて
衝撃を受けたりして、
だんだん、そのやり方が嫌いになっていって。
多分中学くらいから、20年近く
反抗期と嫌悪感が止まらなくて。
声かえられるだけで不愉快で、
汚いし、とにかく嫌で嫌で。
でも、いつか死んだら、
そんな事思ってる自分に後悔するってわかっていたけど
それでも嫌悪感は止まらなくて。
いつか後悔するから
優しくしないと、ってわかっていたけど
それでもどうしてもできなくて。
できなくても別にいいや、って思ってて。
でもたまに実家で、
すごく小さくなった背中とか見ると、
なぜか涙が出そうになったり。
晩年、痛いとか痒いとか言ってたとき、
自業自得じゃんって突き放してしまったけど
もうちょっと優しくできたのかな、、
とにかく嫌いが優ってしまって
お小遣いの話とか、タバコの話とか、
母を困らせるおねだりばかりする父が嫌で嫌で。
でも、
もうちょっと優しくできたのかな?
20年以上ずっと反抗期を引きずっていたから
ずっと冷たい態度をとってしまったけど
どういう気持ちだったんだろう?
堪え性がなくて職を転々としていたけど、
子供2人を養っていかないといけないと思う
恐怖心みたいなものは、どんな感じだったんだろう?
最期の最期、
意識が朦朧としていく中で、何を思ったんだろう?
なんの景色が見えていたんだろう?
私の声は、聞こえていたのかな?
痛かったのかな?
人生、ちゃんと楽しかったのかな?
今はまだ亡くなったばかりで実感がわかないけど、
私は自分の行いを後悔するときがくるのかな?
そのとき、辛いのかな?
また来世で会えるのかな?
会いたいのかな?
晩年の、
どうしようもなくなってしまった姿に上書きされる前の
小さい時に
私を可愛がってくれた姿を忘れずに。
わたし、正直、好きだったよ、とは今は言えない。
でも、
大学出るまで面倒みてくれたし、
ほんとうに、ほんとうに、
ありがとう
しか出てこないよ。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?