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海吉丈二歳篇 2
第二章
「これ私が買ったの、上が五万円、フリルパンツが二万弱、この靴下が六千円よ、あなた」
「‥‥」
雪子が丈の服を指さして値段を告げた。
「昨日の服は麗が選んだの、値段は‥」
「判った、理由が判れば良い」
海吉は手を振る。
衣食住にお金がかかるものだ。
それが一人増えたのをきちんと把握してなかったと実感する。
「半年前までは、丈の誕生祝い金とか、そちらからのお金を使っていたんだけど。でも、昨日もお祝い金をかなり戴いたから、暫らくカードに反映されないと思うわ」
「家族のものだったら、俺は構わん」
海吉の目にも、精緻なレースとわかる丈の服装を見て納得する。
上の子達には着せた覚えがないフリルやギャザーがたっぷりしたデザインの服を丈は次から次へと、良く着せられている。
数か月もすれば、成長し、この服も着れなくなる。
そう思うと、丈が着れる時に似合う服を着るのは当然だと思う。
それがまた凄く似合うから、今更それを止めさせようという気にならない。
海吉も反対する気にならないほど丈の似合う服装を家族誰もが気に入っていた。
女家族は丈に似合う服をあれこれ探して、着せ替えては愉しんでいる。
雪子は夫の言下の気持ちを察して後押しする。
「そうなのよね~、なかなか丈ちゃんに似合う服が見つからないから、あるとつい買い込んじゃうの」
目覚める頃合いか、二人の話で目が覚めたのか。
丈が瞳を開いた。
漆黒の瞳は幼いながら気品があり美しく輝く。
寝返りをすると、立ち上がりベッドの縁に立つ。
このベッドもヨーロッパ製の写真映えするのに、買い替えられていた。
「ン、ンま」
丈は指しゃぶりをして空腹を訴える。
お腹が空いて目覚めていた。
雪子の想定通りだ。
「まんまにしましょうね、丈ちゃん」
幼児語など、成長すれば、すぐに使わなくなってしまうのだ。
使えるまで、今しか使えない幼児言葉を使うのが、丈が末っ子と思っている大人達の総意だ。
抱き上げると、丈は素直に抱かれる。
シルク地にして良かったと思える丈の愛くるしい美貌と着映えの良さに雪子は上機嫌だ。
急いで丈を抱いて、本宅のキッチンへ向かう。
幼児らしく唐突な気分は、それだけでいっぱいになる。
雪子の腕の中でふにゃふにゃ空腹を訴えている。
食事用の服に着替えさせて、ごはんにする。
ベビーチェアに座らせた丈の口元に食事を運ぶ。
「はいあーん」
「あー ペッ」
鶏のそぼろの次にカボチャのマッシュを口に入れると、丈は眉間にしわを寄せ遠慮なく吐き出した。
ちょっとでも舌に残ればと二口目もカボチャにしたら、丈はカボチャの皿を掴むと後ろへ投げた。
「丈ちゃんっ」
床には丈対策でレジャーシートが敷いてある。
その上に落ちているが、雪子は柔らかく叱った。
二歳児にまだ意味が通じる訳がない。
丈はテーブルの皿を見回す。
雪子ママのスプーンを待たずに、食べたい鶏そぼろを手掴みだ。
「丈ちゃんどうして食べるのはやんちゃなの」
口周りに食べ物がついていても可愛らしさは遜色がない。
大きな瞳で雪子ママを見返して笑う。
食べたい物を食べて機嫌がいい。
もう駄目だ。
雪子はまったく怒る気にならない。
第三章
「ただいま、あれ丈ちゃん、今頃ごはん?」
華が学校から、帰宅して来た。
「あ、またカボチャ投げたんだ」
「そうなのよ、野菜嫌いで困るわ」
「丈ちゃん、もちもち食感が好きだよね」
「そうねぇ、喉に詰まらせないように気を遣うんだけど、好きなのよね」
「カボチャ入り白玉を作るわ」
なんとか丈に野菜を食べさせたいが総意だ。
華は雪子ママに提案する。
「鍋にまだマッシュカボチャあるわよ」
「うん、じゃ着替えて来るね」
丈はその日の気分の落差が激しい。
前回はもっと欲しいと泣いた食材を次には平気で床下に投げ捨てる。
大人達が食べ比べてみても、その差は判らない。
そして、気に入らないと絶対に食べない。
だから大人達は何を食べてくれるのか、丈の毎回の食事に神経を使う。
もう少し大きくなれば、しょっぱいとか、甘いとか、理由が聞けるだろうが、今はまだ無理だ。
小さな頃から料理好きの片鱗はあったが。
丈の離乳食が始まってから、どうしたら丈が食べるか、華は家族の中でも一番研究熱心だ。
戻って来た華は、白玉粉を豆腐で柔らかくし、南瓜のマッシュを適宜入れる。
それを丈用には小さく楕円にし、大人用には大きな丸い玉にする。
お湯で湯掻いて、浮いてきたら出来上がりだ。
「雪子ママ、お願いします」
丈用の黒糖水に浮かべた南瓜入り団子を渡す。
小さな黄色い団子に丈は眉根を寄せる。
初めて観るものに、いつでも真剣で慎重だ。
「もちもちさんよ 丈ちゃん」
もちっとした食感が好きな丈はそう言われると口を開いた。
口にして、一噛み、目を見開く。
興奮して、小鼻が動く。
「あら、凄い、ここ最近一番のヒットよ」
「え、本当?」
華は嬉しそうだ。
旺盛に食べては次と欲しがる。
雪子ママは口に前のが残ってないか、注意深く確認しながら食べさせる。
「丈ちゃん、お口にまだ前のがあるわよ」
「あ、あ~」
「喉詰まるから、食べて、ごくんして」
「んぅ」
口いっぱいにもちもちを楽しみたいのに、中々そうはならない。
不満そうにごっくんする。
「あら、私にも」
華は大人には、黄な粉をたっぷりまぶした南瓜入り白玉を用意した。
「ま、ありがとう、あら凄く美味しい」
「本当、良かった」
二人が顔を見合わせて、ちょっと目を離した隙に、丈は大人の白玉を手にしていた。
「あ、丈ちゃんダメッ」
丸いこんな形は口に入っても、噛み砕けない。
慌てて取り上げると、唇を尖らせて、目を怒らせる。
手に残る黄な粉を舐める。
「あぁ んまぁっ」
丈は白玉を忘れ、今度は黄な粉を掴む。
「丈ちゃん、むせるわよ」
大人を慌てされるが、ペロリと舐めて嬉しそうに笑う。
「え、丈ちゃん黄な粉が好きなの?」
「じゃ待って」
華は粉のままだと丈が咽(むせ)るから、黄な粉をお湯で湿らせて黄な粉玉にする。
「はい、どうぞ」
これなら白玉より喉に詰まる心配もない。
「おおっ」
丈が瞳を輝かせ、黄な粉玉を手掴みで食べる。
「へー、丈ちゃん、黄な粉が好きなんだ」
思わぬ丈の好み発見に、雪子と華は微笑む。
丈はこれまでにない歓びっぷりだ。
「こ こ」
黄な粉を指さし、二人を見回す。
「こ?」
「これってことかしら」
「黄な粉よ、黄な粉」
「きな?」
「そう、黄な粉」
「きなな」
「あらら、近くて遠くに」
雪子ママがコロコロと笑う。
丈は華が作ってくれた小さな黄な粉玉を二つ食べると、ぺこりと頭を下げた。
どうも口が遅く、丈は頭を下げて、ご馳走様にする。
「ご馳走様ね、えらい、良い子ね」
丈なりの挨拶をきちんとするので、それをちゃんと誉める。
「華ちゃん、これから用事ある?」
「ん、雪子ママ、今日は予定ないよ、買い物?」
「そう、一緒に行かない?」
「行きたい」
雪子ママとの買い物は、太っ腹で、実母との買い物より楽しい。
周囲に護衛はつくが、あんまり近くに居られても、圧迫感があって仕方ない。
それなりに遠くに居て貰うには、家族一人以上の連れが必要だ。
よちよち歩きの丈はさすらい派なのが判明したばかりだ。
七人も兄妹がいると、きちんと大人の後追いできる子と、できない子がいると知る。
成長するにつれ、言い聞かせ、躾けられるが。
まだ二歳の丈は躾け以前の素の状態だ。
最初の二人が、生来の後追い派だったので、下の仁が、さすらい派と判明した時は、大人は子供は黙ってもついてくるものと油断しまくっていたから、行方がわからず大騒動になった。
多分、丈は仁より酷い。
物欲の仁はおもちゃ屋に行けば確保できるが。
丈は気の趣(おもむ)く儘派であり、さらに凄く愛想が良く、するりと周囲に馴染んでしまうから、見失うと探しにくいのだ。
余りにも愛らしいので、人攫いに攫われては堪らないから注意が必要だ。
丈に対しては、万全を期しておくに限る。