タヌキ、おひとり様、雪 三題噺
突然だが僕はお店の前に設置されている信楽焼のタヌキが好きだ。いつも1人で色んなお店を回ってはタヌキの写真を撮る。なぜ好きになったのか僕自身は覚えていないが、会社の同僚によると先週の飲み会の帰りに僕が好きだと言ったらしい。お酒は強い方なので、1人のとき以外は基本的に酔いすぎないよう気を付けているし、先週の飲み会の記憶もある。けれど、タヌキが好きだと言った覚えはない。きっと同僚の記憶違いだろうと思っていたのだが、今まで気にして見てこなかった分少し気になってしまい、飲食店に行く度ドア付近に置いてあるかどうかを見てしまうようになってしまった。
飲み屋に多いイメージがあるが、色々なお店を回っていくうちに、お好み焼き専門店やたこ焼き専門店など、粉物の店にもよく置いてあると知ることが出来た。
「あ、雪が…。寒そうに」
僕は夕飯を食べに1人で小さな居酒屋に行った。この地域は雪がめったに降らないが今年は異常気象でやたら雪が降る。地面に雪が残っているのなんて、四十年近く住んでいて初めてなんじゃないかと思う。僕はタヌキの頭に積もった雪をほろい、自分の首に巻いていたマフラーを巻いてやった。何をしているんだろうと思いながらも、一度巻いてやったものを外す気にもなれなくて、僕は何事もなかったかのように店へ入った。
「いらっしゃい!」
「生ビールと……そうだな、串カツをください」
「はいよ!」
平日の夕方はまだ人が少ない。これから混んでくるのだろうと思いながら、僕はコートを椅子の背もたれにかけた。
「はい! 生ひとつ! それと、傘地蔵のあんたに娘からサービスだ」
「へ…? 何、傘地蔵…?」
ビールと共に小さな器に入った煮物を店主が運んでくれた。
「ここの店、妻とやってるんだが、妻が転んで足の骨折っちまってよぉ。今週は娘が手伝ってくれてるんだが、あんた、店の前のタヌキにマフラー巻いてやったんだって?」
子どもらの夕飯のものだがぜひ渡してくれって娘が。と店主は言った。まさか見られていたとは…。少し恥ずかしい気もするが、娘さんの気持ちを受け取ることにした。
「あ、はは…。四十路のおっさんが何してんだって話ですよね…」
ありがとうございます、と僕はビールを飲む前に割り箸を割って煮物を食べた。
「なんもなんも。雪が降るのは珍しいが、タヌキにマフラー巻くヤツなんてもっと珍しいから、なんか今日はいい日になるかもしれんなぁ!」
もう今日は終わるけど、とがはは、と大声で笑う店主。顔を赤くしながらビールをグイッと飲んだ。
ふと視線を感じ、顔を上げると娘さんらしき人が奥の方で僕に向かってぺこりと頭を下げた。
「…いい日、か…」
僕は彼女に手を振り、空になった器を見せると、嬉しそうに喜んでいた。
美味しい煮物を無料で貰えて娘さんからお礼をされて、確かにいい日かもしれない。
まぁ、もう今日は終わってしまうけど。