サンタさんからの贈り物。
眩しい程の光に包まれたこの街では、クリスマスというイベントを開催するらしい。どこを見てもキラキラ。緑や赤を基調とした飾りや黄色、青などの色鮮やかなライト。女の子が好きそうな小人やプレゼントの形を模した飾りから、男の子が好きそうな乗り物や刀などの飾りまで様々だ。歩く大人たちの手にはケーキの箱やプレゼントの箱、晩御飯に食べるであろう食材が入った買い物袋が握られている。みな、誰もが笑顔で楽しそうだ。
だが、1口にクリスマスと言えど誰もが楽しめる訳では無い。クリスマスなのに夜まで仕事の人だっているし、定時で仕事を上がれても次の日早朝から仕事だからそんなイベント如きにうつつを抜かしている場合ではない、という人だっているだろう。法律としてこの日は休んでも構わない、と決められていない限り誰もが楽しめるイベントではないのだ。
まぁ、仮にそう決められていたとしても、弱運の持ち主は、大好きな妹の誕生日と楽しい楽しいクリスマスを病院で過ごすことになるのだが。俺がその弱運の持ち主だ。未だ『目を覚まさない主人公』の隣で、1人静かにケーキを箱からだし、昔好きだと言っていた魔法少女アニメのステッキを隣に置く。
「………お誕生日、おめでとう…。もう13歳か……中学生、なんだよな……」
俺の妹、ちゆは生まれた時から体が弱く、日本人では初となるナントカ病にかかっている。馬鹿な俺にはその病名はよく分からんが、とにかく珍しいうえに、海外でも滅多に見かけない病気らしく、治療法が分からないらしかった。昔はお見舞いに行くと笑顔で話せていたちゆが、俺の学校での出来事を楽しそうに聞いてくれていたちゆが。今は目を覚まさないでずっと眠ったまま。腕や体には色々な線が繋がっていて、点滴の数も4つと普通じゃありえない数だ。
「……なまえのように治癒魔法でも備わっていれば少しは回復するのかな………なんて馬鹿だな俺は。ほんとに…」
ちゆが昔から好きだった魔法少女アニメは、朝に放送しているものと夕方に放送しているものと2種類あり、2つとも一緒によく病院のテレビで見ていた。誰かが怪我をすれば治癒魔法の持ち主が近づき傷を癒す。手をかざした場所は光に包まれ傷が消え体力も元通りだった。
「…………なにやってんだろ、俺」
試しにちゆの体に手をかざす。魔法なんてない現実世界では手から光なんて出ないし、念は送れても意識が戻る訳では無い。いくら個室で誰もいないからって防犯カメラがある内は看護師などに見られているだろう。恥ずかしくなって手をケーキへと伸ばした。過去に1度だけ外出した際に、ちゆが美味しそうだと言って見ていたケーキと同じものを買って、写真を撮る。カシャリと音が鳴ったのを確認してカメラからビデオに切り替える。
『ちゆ、13歳の誕生日おめでとう。お兄ちゃんな、今年はちゆが好きな魔法のステッキ買ってきてやったぞ。でも今日は来るのが少し遅くなっちゃったから、ちゆはもう寝てるよな。明日起きたら一緒に戦いごっこしよう』
現時刻は18時20分。決して寝るにはまだ早い時間だ。でも、真冬の18時半くらいに、部屋の電気を付けないで動画を撮れば、動画を撮った時刻を見せない限りバレやしない。窓からはクリスマスの光が入るため真っ暗闇というわけではないのだ。動画を撮る分には申し分ない明るさだった。ちゆが眠りについた日から、動画を撮り始め、毎回『来るのが遅くなり眠っている時間だから』と決まり文句を言うようにしている。いつか、目が覚めた時にその動画で言ったことをするために。ちゆが起きた時、その動画見て悲しまないために絶対に「早く起きてよ」とは言わない。
ちゆには笑顔でいて欲しいから、そのためにはまず自分が笑顔でいないとと、心がけている。はずなのに。
「………ちゆ……っ……」
今日は何故かそれが出来なくて。
「…あいたい、よ……っ、ちゆ……っ…ごめんな、だめな兄でっ……もう、こころから笑えなくなっちまった……」
いつも動画は撮っている。毎日病院に通って毎日フルーツとかゼリーとか好きな魔法少女アニメのストラップとか、とにかくちゆの好きなものを買ってはテーブルや窓際に置いていく。
今日はただ誕生日だって、だけであって。
いつもとそう、変わらない日なのに。
「なぁ、ちゆ……またはなそう…?お絵描き、したんだって……折り紙で遊んだんだって、楽しそうに俺にまた話してくれよ………また、俺を、笑わせてくれよ……っ」
何もかも全部捨てるから。お前を、ちゆを取り戻せるのなら、何もいらない。だから、だからどうか……。
「神様……。もう一度、彼女に……ちゆに会わせて下さい………」
神様なんていないことくらい、知っている。でもじゃあ、誰にこの気持ちを伝えろと?誰にこの想いをぶつけろと言うのだ。
「……そういや、今日クリスマスだったな……はっ………サンタさん、か………」
もうなんでもいいや、と俺は乾いた笑いを零しながら数年ぶりにサンタさんにプレゼントを頼んだ。近くにあった紙にポールペンで書くだけ書いて、俺は充電が切れたロボットのように眠りについた。
「……に、ぃに……」
「……………え、?」
「にぃに……おもたいよ…」
俺の大好きな可愛い声で目を覚ますと、すっかり朝になっていた。どうやら椅子に座ったままちゆの足元に腕を置いて寝てしまったらしい。重たいよ、と笑うちゆに寝起きの俺は理解が追いつかなかった。
「………ち、ゆ……?」
「…そうだよ、ずっとずぅっと眠ってたけど、なんでか辛くはなかったんだ」
にぃにが悪者をやっつけてくれたからかなぁ。
そう言うちゆの顔は俺の見たかった笑顔だった。俺は勢いよく起き上がり思わず抱きしめた。強く、強く。でもこの小さな体を潰さないよう壊さないよう優しく。
「わぁっ…えへへ、にぃに、くるしいよ……」
「ちゆ、ちゆ………」
「……ねぇ、にぃい…?」
「なんだ…?欲しいものでもあるのか?行きたい場所は?どこにだって連れてってやるし、なんだって買ってやるぞ」
そっと離れたちゆの顔を見ると、目を閉じてううんと首を横に振る。そうじゃなくて、と言うちゆに、俺は訳が分からず頭にはてなを浮かべた。
「いきたい場所も見たいものもほしいものも、たくさんあるけど、その前に…」
「……?」
「…にぃに、おはよう…っ」
「……っ!…………あぁ、おはよう。ちゆ」
俺は、この日を奇跡の日と呼び、カレンダーにちゆの好きなオレンジ色のマーカーペンで目立つよう丸印を付けた。
『サンタさんへ。18にもなる兄がプレゼントを望むなって話ですけど、もし、まだプレゼントに余りがあるなら、どうかちゆの目を覚ます魔法か何かをください。それかもういっその事ちゆの目を覚ましてください。雪村黒人』
サンタさんからの贈り物。~完~