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民俗学からホラーを楽しむ②テンソウメツ

はじめに

前回の記事では、柳田國男著『一つ目小僧その他』から2ちゃんねるの洒落怖『邪視』を考察していきました。

『邪視』を読んだことのある方の中には、もしかしたら『テンソウメツ』を思い出した方もいるのではないでしょうか。
こちらも洒落怖にて有名な話で、同じく山で怪異に遭遇してしまう話ですね。
今回は『テンソウメツ』について考えていきたいと思います。

柳田國男氏は『一つ目小僧その他』の中で、山の怪異の特徴として
・眇(一つ目)
・片足
・白い肌
を挙げていました。

『テンソウメツ』ではどのような類似点があるでしょうか。
(前回をまだ読まれていない方は下のリンクを先にお読みいただくと、より楽しんでいただけると思います。)

『テンソウメツ』あらすじ

娘とドライブをしていた俺は、娘が怖がるのが面白くて山奥まで入り込んでしまい、ふいにエンジンが切れてしまったため、山で夜を明かすことになった。
娘は眠り込み、俺も寝るかと思ったところ、どこからか「テン……ソウ……メツ……」という声が聞こえてきた。
白いのっぺりした何かは、ケンケンをしながらめちゃくちゃに手を動かすような動きでこちらに近付いてくる。
息を殺していたところ、それは一度通り過ぎて行ったかのように見えたが、ふと娘の方を見ると助手席のすぐそばに居た。
それの顔は胴についており、ニヤニヤとこちらを覗いている。
咄嗟に「この野郎!」と怒鳴ったら消えたが、娘が「はいれたはいれたはいれたはいれた」と呟き始める。それはいつしか「テン……ソウ……メツ……」という呟きに変わっていった。
なんとかかかったエンジンで下山し、見つけた寺の住職に頼るが、娘は"ヤマノケ"に憑かれたらしく、49日経ってもこの状態が続けば一生このままになってしまうと告げられてしまう。

『テンソウメツ』はなぜ恐ろしいか

今回も話における恐怖のフックを考えてみましょう。
・山奥で急に切れる車のエンジン
・山から聞こえる不可解な言葉
・ヤマノケの見た目
・免れたと思ったら車の外にいる
・娘の異常
・寺でも気休め程度しかできない

こんな感じでしょうか。
短い話の中に展開が凝縮さていますね。

怪異の見た目は後に詳しく触れますので、とりあえず謎の言葉「テンソウメツ」が気になりますね。
ネットでは「テンソウメツ」とは"転" "操" "滅"であるという説が見受けられました。

転:対象に乗り移る
操:対象を操る
滅:対象の人格を消す

それっぽいですが真相は謎です。
なるべく書籍に照らし合わせて考えていきたいので、あくまでこんな意見もあったよと参考程度に載せておきます。

ヤマノケと一つ目小僧

さて、ヤマノケの見た目と性質を整理していきましょう。

見た目としては
・白い肌
・一本足でケンケンをしている
・頭はなく、顔は胴についている
ということでした。

柳田國男著『一つ目小僧その他』の特徴としては白い肌と片足であることが合致しています。

また、頭はなく胴に顔がついているということでした。
胴に顔がある妖怪を調べたところ、日本の『百鬼夜行絵巻』に似たようなデザインの妖怪が出てきますが、私は中国の刑天により類似点があると思いました。

刑天は中国神話に出てくる巨人で『山海経』によれば、かつて山近くで神の座を巡って争い負けたそうです。
なんだか巨人が争って敗れてって、北欧神話も頭を掠めてきますね。
注目すべきは山近くで神の座を巡って敗れたというところ。
堕ちた神=妖怪とする『一つ目小僧その他』の特徴にさらに近付いた気がします。

次に、性質を考えます。
住職がヤマノケは女に憑くと言ったところがポイントではないでしょうか。

山の神はよく女性でかつ醜女であると言われています。自分より美しい女を見ると山の神が嫉妬するため、女は山に入れないと言われることもありました。
面白かったのが、建設関係、大林組の子ども向けトンネル紹介欄での以下の記載。

昔から日本の山には神が住んでいて、その神様は女神だといわれてきました。
そのため女性がトンネルに入ると女神が嫉妬して山が崩れるといわれ、女人禁制だったのです。
女神の嫉妬を恐れて、トンネルを掘る作業員の妻が出産した時には、1週間坑内に入らないという決まりもありました。

OBAYASHI TUNNEL WORLDより

山の神と女性の禁忌は切っても切り離せない存在ですね。
山の神は田の神となり歳神となって、また山に還っていきます。
豊穣をもたらす神=女神とされたのかもしれません。
『山怪』の田中康弘氏は、マタギと山に入る時には皆で山で立ち小便をしたりする。獲物が見つからない時には下半身を露出すると不思議と動物が出てきた。けれどもそのような格好で狩りはできないから、出しても出さなくても変わらないとYouTubeチャンネル「オカルトエンタメ大学」【山岳怪談×山怪②】にて笑い話にしていました。
動画上ではありますが、実際の体験談を聴けるのはとても興味深いですね。

民間信仰のタブーは、理不尽に思えるものの中に合理的なものも存在します。

女性が山に入ってはいけないというのを合理的にみると、月経のせいだったのではないかと考えました。
経血は普通の血よりもさらに生臭いものです。
調べたところ、クマの嗅覚はイヌよりも優れているそうです。
最近、特にクマによる獣害が取り沙汰されていますが、山において定期的に血液の匂いをさせる女性は被害に遭う可能性が男性より高かったのではないでしょうか。

神の祟りは仏で対抗できるのか

『テンソウメツ』にて、書き手は寺に助けを求めましたが、今までの話を元にヤマノケの正体を考察すると、そもそもヤマノケ=堕ちた山の神ではないかと考えられます。

悟りを開き、苦しい現世から解脱することを目的としている宗教が仏教です。
仏教では、"神様もまた悟りを開く必要がある存在"とすることで、もともとあったインド神話の神々を吸収し世界宗教になりました。
そのため、仏教でも〇〇天や〇〇明王と名を変えた神々に真言(「ナウマクサンマンダ〜」とか「〜ソワカ」とかのあれ)を唱えて助けを求めたりします。
ですが異宗教の荒ぶる神に、住職とはいえ人が頼んで無事解決してもらえるかと考えてみると、海外マフィアに絡まれて、通訳しながら日本の警察官が話をつけるくらい難易度が高そうです。

助かるかどうかは怪異側がどういうノリで絡んできたか次第といったところ。

おわりに

今回は2ちゃんねるの洒落怖から『テンソウメツ』を見ていきました。
短い話の中に考察しがいのある箇所がたくさんあって、大変興味深いお話でしたね。

私はオカルトや怪異に対して、そのほとんどは人間心理や科学などで一定の解明ができると考えています。
ですが、寺社のやり方に則って参拝をするし、夕暮れから夜間には神域に立ち入らない、無闇に墓や心霊スポットに行かないなど、罰当たりななことはしないと心掛けてもいます。
妙に信心深いのは、私自身が今の科学では説明しきれないものもあることを、体感として知っているからだと思っています。

皆様も、ゆめゆめ自分から怪に深く足を踏み込むことのございませんようお気をつけください。
触らぬ神に祟りなし、ですから。

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