はんぺんの浮力
私の大人時代の味覚は、静岡県で完成されたと言っていい。
私は大学時代を静岡県で過ごした。お酒が飲めるようになったのもあり、味覚の幅は大きく広がった。
その中でも思い出深い食べ物は「黒はんぺん」だ。
黒はんぺんとは、青魚をすり潰して半月状に伸ばした練り物のことである。平たい鰯つみれを思い出してもらえればいい。
食べ方のバリエーションは豊富で、そのまま食べるもよし、煮るも焼いても揚げても良しな主婦の味方である。
県民の方には何故こんな説明が要るのかわからないと思うが、黒はんぺんは静岡県を一歩でも離れると手に入らない幻の食材となってしまうのだ。
「なぁ、東京のおでんって、白いのか?」
大学生の私にそう聞いたのは、当時アルバイトをしていた飲食店の店長である。私が関東出身と知って質問したくなったらしい。
「白いと…浮いちゃうだろう?!」
店長は真剣だった。
はんぺんが浮く事への不安を一心に訴える目をしていた。
卒業後、私は静岡を離れた。冬になれば海月のように膨らんで出汁に浮く白はんぺんの姿をコンビニで目にする。
何故、店長がその光景に不安を覚えていたのか、今でも理由はわからない。
初投稿:2019年5月10日 11時0分
ShortNoteより転載