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アクマのハルカ 第3話 友達なんてただの駒でしかないのよ!



 目の前を覆った赤い雲は香月麻莉亜(こうつき まりあ)の頭上に止まる。麻莉亜は、本能的にそれには触れてはいけないと感じたから視界に入れるに留めた。
 麻莉亜は教壇の下で銃を握り、安熊ハルカ(あくま はるか)を睨むことで、ハルカからの攻撃を防御した体制を崩さない。ハルカは軽く口を開く。 
 「麻莉亜先生、上手くやったわね!見てよ、上。」
 ハルカは一瞬、麻莉亜から目を離し雲の切れ目を指した。その隙間には同じ教室の光景が写る。そこには叶海(かなみ)と奈津美(なつみ)、その他7名の生徒がいた。
 麻莉亜は、「あそこはどこだろう。」と思ったが、隙あれば攻撃に出ようとするハルカから目を離すわけにはいかず、もう1つの教室を凝視せず直ちにはるかの方を向いた。
 「叶海と奈津美が、ハルカと話したいって言ってたわよ。」
 麻莉亜は、叶海と奈津美がハルカに個性を尊重してもらえる対等な関係になって欲しいと思った。だから伝えたが、ハルカには通らない。
 「そう。2人はもういいの。私が今欲しいのは麻莉亜先生なのよ。」
 赤い雲の色がハルカに被さり、艷やかな黒髪と真っ黒の瞳をほんのりと赤く染める。それがまるで強い執着心を象徴するかのような光景に見え、麻莉亜の額から汗が止まらない。
 いつの間にか、麻莉亜の息は途切れ途切れに荒くなる。一体、ハルカの中の何が麻莉亜に対する執着心を唆るのだろう。

 「麻莉亜先生は、2人を手に入れることができて良かったねぇ。あそこに帰ることが出来たら会えるよぉ。」
 ハルカは笑顔で話すが、その心の内が喜んで言ってくれているものかは麻莉亜には測りかねた。それよりも、麻莉亜はハルカに伝えたいことがあった。 
 「私ね、叶海も奈津美もハルカのことが純粋に好きで、一緒に居られることが嬉しかったんだと思うよ。」
 麻莉亜は伝えられた、良かったと安堵した。しかし説教になるだろうから、その時に感情をぶつける予定だったハルカは、麻莉亜の言葉に不意を突かれ言うべきことを失ってしまった。
 「はぁ?嘘よ。だとしても私は叶海にも奈津美にも用がないの。」
 ハルカは何とか麻莉亜を喰う方法を考えた。居られることがうざくて邪魔で苛立つのだ。
 「私は叶海も奈津美もハルカのことが好きだったから、我慢して呑み込まれたのだなぁと思ったわよ。」
 麻莉亜は迫ってくるハルカに仰け反りながら、背の低いハルカを見下ろした。恐怖の中でも、ハルカの心に呑み込まれる選択肢は麻莉亜にはなかったのだ。
 「はぁ?アンタ頭大丈夫?叶海も奈津美も、私を利用していたの!!色んな人を紹介して連れ回してあげたから、知らない世界を見るのに都合よく遊べる私が必要で一緒にいただけよ。」
 ハルカの怒りの感情は、あたりの空気を赤く染めた。それでも言い収まらないようで、
 「あの子らは、可愛い子と居ることによって自分の価値を上げたいの!だから私についてきたの。好きとかじゃない。で、私もあの子らのエネルギーを都合よく使いたいから、かまってあげていただけ。
好きとか、馬鹿じゃないの?」
 と、続ける。ハルカの大きな黒い瞳が、小さな体から湧き上がる怒りを麻莉亜に伝達した。麻莉亜は、怒りを受け止め、跳ね返すのはもう懲り懲りだと思った。早く研究に戻りたいし、ハルカの怒りから解放されたかった。
 麻莉亜は、教師といえども無理に生徒を寵愛する必要はないと思っていたし、本能的な好き嫌いに反する行動を取るのは難しいと思っていた。だから、生徒自身に意欲があれば丁寧に教育するが、意欲がないのなら深入りしないようにしていた。
 何より勉強にしろ人間関係にしろ、自ら考え行動する者が成長するのであって、教師が手取り足取り指針を示し一定レベルに到達させるものではないと思っていたのだ。つまり、学ぶ人間は教えなくとも学び、学ばない人間は教えても学ばないものだと思っていた。
 この様に最低限のルールの元、成長するかしないかは生徒の自主性に委ねたい麻莉亜は、ハルカの価値観を変える気はなく、ただ物事の本質を伝えるにとどめたかった。だからハルカを変えるためではなく、自分が解放されるためだけに、会話することに耐えることにした。



 ハルカから解放されたい麻莉亜は続ける。
 「キレイな人や美しい人と一緒にいたいと思うことは、自然なことよ。ハルカの見た目も含めて、ハルカを好いていたんじゃない?それって素敵なことよ。」
 麻莉亜の話を聞くほどに、ハルカの心の中にモヤモヤした雲がうずく。ハルカ自身も言い過ぎだと分かっていた。だから、ハルカを怒鳴りつければ良いものを、麻莉亜はそれをしない。
 ハルカはハルカで一定の距離を保ち、ハルカを尊重する麻莉亜の態度から解放されたかった。ハルカは、ただスムーズに教祖になりたかっただけなのに、「麻莉亜先生、邪魔しないで。」と思った。だから、
 「いいわ!次は紗也佳(さやか)に喰わせる。紗也佳は絶対に麻莉亜先生に付かない。」
 ハルカは紗也佳で決着を付けようと思った。ハルカの大声が空気を揺らす。麻莉亜は、ハルカにとっての友人や同級生は何だろうと思った。だから、
 「友達を駒にせず、ハルカ自身が私と向き合いな。」
 と提言した。しかし、その言葉はハルカの心を逆なでするばかりだった。
 「じゃあ、友達って何?フォローワーの頭数でしょ。叶海や奈津美みたいに利用し合ってるだけなの!
 早く紗也佳のところに行きなさい!!!」
 ハルカの怒鳴り声とともに麻莉亜の周囲には赤い雲が立ち込め、瞬く間に生物の授業をしている教室に着いた。
 しかしそこには、生徒が紗也佳しかいなかった。



 麻莉亜は紗也佳に謝りたいことがあった。タレントだった紗也佳は、麻莉亜より少し背が高く小顔で柔らかな笑顔にドキッとさせられる。そればかりではなく、キャラクターがチャーミングでありながら、人を決して見下さない思いやりのある生徒だから、麻莉亜にとっての自慢で、周囲に触れてきた。
 しかし、アイドルやタレントになりたい子で溢れかえっている現在、自慢話はタブーで、麻莉亜が紗也佳の悪評を回していると捉えられた。そのため紗也佳は麻莉亜に冷めたのだろう。

 2人は通じなくなった。

 そんな2人が今、同じところにいる。紗也佳が、
 「麻莉亜先生、授業まだ?」
 と声を上げた。それはまるでコンピューターから発せられたように、温度のない、冷たいものだった。麻莉亜の身体には静電気が走り、もう帰れないかもしれないと感じたのだった。

 (アクマのハルカ 第3話 友達なんてただの駒でしかないのよ! 了)

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