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[短編小説]クズ男、それでも欲しくてついた嘘

episode 1

子供ができたと嘘をついた。

愉快なBGMが流れる日曜日のSTARBUCKS。
私の指先は震えていた。



子供の頃、
学校に行くと靴がなかった。

母が私のために作ってくれた
靴入れと体操着袋に
ある日油性ペンで余白がないほど✗が書かれ
ゴミ箱に捨てられていたこともあった。

小学1年生の出来事である。


それを見た瞬間、
7歳のわたしは泣かなかった。


泣けなかったのか、泣かなかったのかは確かではない。


でも泣きはしなかった。



されたことよりも
母に申し訳ない気持ちで
いっぱいになったことは覚えている。



一生懸命作ってくれたのに…


ごめんね…


と。




いい子ぶっているわけではない。


本気でそう思ったのだ。

天真爛漫、
勉強も音楽もスポーツもできた。
できないことはできるまで徹底的に努力する子供だった。


あの頃、
私は無邪気に親のために生きていた。


親の喜ぶことが
自分のアイデンティティを保つ唯一のエネルギーで
親の笑顔こそ、私の正義だった。


学校に行って靴がなくたって
大声で罵声を浴びせられたって
挨拶を無視されたって
修学旅行のグループ決めで私だけグループが決まらなくたって
どんなことがあったって学校を休むことはない。



私がどんな思いをするかより、
親の望む”ワタシ”でいることの方が
遥かに大きな優先事項であった。



自己犠牲。



佐藤アユミ、ワタシの得意ワザ。



”は、
いい子の仮面をかぶった
ワタシ”が
世界で一番ダイキライ



episode 2

自分で自分を愛せない女が
向かう道は大きく2つ。

仕事か男。

大人になったワタシが選んだのは
後者であった。


明日は長谷川さんが来る日だ!

カレンダーに印を付けて
その日はメイクも服も完璧にキメて出社する。

誰も知らないワタシだけの秘密。

ワタシは月に数回打ち合わせに来る
取引先の男性に恋をしていた。


「佐藤さん、お茶出しに行ってくれる?」


心の中で

キターーーーーーーーーーーーーーー!!

と大絶叫のワタシ。


会議室の前で前髪を直す。


「・・・。こんにちはっ!」

平然を装いながら
精一杯表情を作って彼の前にグラスを置く。

「ありがとうございます」

下を向いたままボソッとそう呟いた3秒後、
彼はこっちを見てくしゃっと笑った。



トドメを刺された。

お花畑モード突入の合図。



それと同時に、
急に込み上げてきた恥ずかしさに負けそうで
ワタシは会議室から立ち去ろうとした。


ドアを閉めようとしたその瞬間、
あるものが目に入る。



彼の右手薬指に光る指輪。


・・・・・・。



うわ…
まじか…
彼女いるんじゃん…


なぜだろう、半分怒りにも似た気持ちが一瞬で込み上げた。


午前10時の会議室。

28歳のワタシは、
勝手に舞い上がって
勝手に落ちた。




episode 3

「ちょっと!長谷川さん彼女いたんだけど!」

自席に付くなり
ワタシは同期の中村にSlackをした。



「は?いきなりなにw」

さすがに焦りすぎた。
中村はワタシが長谷川さんを好きなことを知らない。

「ごめんごめんw今の気持ち誰かに話したくて、、
長谷川さんのこと気になってたんだよね。でもさ、指輪してたの。。」

「指輪って左手に?」

「ううん、右手 。」

「え?なんでショック受けるわけw結婚してないなら別にいいじゃん。好きなら早く言えよー。俺長谷川さんと仲良くてさ、明後日飲みに行くからアユミも来れば?」

地の果てを彷徨っていたワタシの精神が
また天に登った。


簡単な女。



「うん!行く!絶対行く!」

全ての語尾に音符マークが付いたテンションで即レスをした。



あっという間に飲み会当日。

ここ数日、
どんな服がいいか
どんなメイクがいいか
どんな口調で
どんなことを話そうか
散々シュミレーションしてきた。

準備万端気合十分。




残業を終えて急いで向かった居酒屋で
長谷川さんたちはすでに酔っていた。

「佐藤さん!こっちこっち!」

真っ赤な顔で長谷川さんがワタシを呼んでいる。

この前まで見ているだけだったあの人。

憧れの芸能人が目の前にいる……!的なアレ。

「お待たせしましたーっ♡♡♡」

#3つ分くらい高い声を出しながら
ワタシは長谷川さんの左隣りの席についた。

この日のミッションは
長谷川さんに気に入られること。

肯定肯定、なんでも肯定。
顔中が筋肉痛になるほど表情を作った。



みんなお酒が回ってきた後半戦。



気がつくと
長谷川さんの左手は
ワタシの太ももの上にあった。




episode 4

「2軒目いきましょー!」
と長谷川さん。

お会計を済ませ階段を登る。

長谷川さんは前を歩くワタシのお尻をツンツンしている。

イメージとはかなりかけ離れた
長谷川さんの姿に
ワタシはドン引きするどころか
もっとハマっていた。




「どこ行こうかー?」
長谷川さんがMAPを見ながら店を探す。


「ここどう?」
長谷川さんがワタシにスマホを渡したその瞬間、
画面が変わった。

画面には”ミユキ”という名前。
鳴り続ける電話。



女はこういう時冷静である。

あー、なるほどね。

ついさっきまで原キーから
3つ分も高い声を出していた
ワタシの心で今鳴り響くのは
地を這うような低い声。


まるでワタシからスマホを奪い取るかのようにして
ずっとずっと遠くまで走っていき、
長谷川さんはやっと電話に出た。



あーこいつはクズだ。


確信した。


いやいや、分かってはいたよ。
そうかなって。


でも、そんなことはどうでもよかった。




好きだった。






「ごめんごめん!」

長谷川さんは
軽い感じのごめんを繰り返し、
ワタシの肩をポンポンと叩く。



中村がこっちを見ていた。




2軒目に辿り着いて
1時間くらい過ぎた頃、
終電はもうなくなっていた。


変わらず太ももの上にある
長谷川さんの手。



「アユちゃんこの後どうする?」

中村がトイレに立ってすぐ、
長谷川さんはワタシに言った。

あー、なるほどねっ。


1時間前と同じセリフを
心の中で呟く。

さっきとは声のトーンがまるで違っていた。


ちょろい女。

それでもいいや。



店を出て3人で向かうタクシー乗り場。

「中村が一番遠いんだから先に乗れよ」

長谷川さんが中村をタクシーに詰め込む。


一瞬合った中村の目は何かを訴えていた。

その瞳が意味する言葉は一瞬で分かった。

分かったけど、それでも分からないフリをして、
ワタシは長谷川さんと歩き出した。




episode 5

久しぶりのキス。

慣れてないと思われたくなくて
一生懸命力を抜いて、リズムを合わせる。


この人女慣れしているなー。


乱れていく思考と
冷静なワタシ。


髪から耳へと流れ行く長谷川さんの手が
私の熱いところに辿り着く。

そうそう、これこれ。
この感じ。


ワタシはこれが欲しかった。


幼い頃、刻み込まれた心の傷。

どうやったって好きになれない自分のこと。

不器用なワタシが抱える全ての穴が一気に塞がれていくこの感じ。



これが欲しくて
いつだって恋を探してた。



脳が溶けて体が痺れていく。


天国に片足ツッコみそうなその時、
長谷川さんはこう言った。





俺さ、結婚してるんだよね。



「・・・・・・・・・・・・・・。」








さっきの電話の相手は彼女ではなかった。

奥さんだった。



これで終わり。

束の間、憧れの人と過ごした夢の時間。

いい思い出に。






そうできればよかった。
そうできればよかったのに…。


この日から3年間、
ワタシは長谷川さんの隣にいた。




episode 6

長谷川さんと付き合い始めて半年後、
ワタシは会社を辞めた。

出逢った頃、
長谷川さんは自分の会社で新規事業を起こしていて
それは私の得意とする領域だった。


彼の役に立てる!
私は嬉しかった。


会社を辞める前は、
朝から定時まで渋谷にある自分の会社で働き
その後彼の会社がある日本橋まで移動して
朝まで手伝いをしていた。


半年間そんな日々を続けたが、
もっと彼の役に立ちたくて
会社を辞めたのだ。


「アユちゃん、ありがとう!」

そう言われるだけでワタシの全ては満たされた。

誰かの役に立っている。
ワタシの居場所はココにある。

彼の言葉は麻薬そのもの。

麻薬の効き目は短いが、癖になる。

ワタシはやめられなくなっていた。


役に立ち続けたら
いつか…いつかきっと。。。


そんな夢を見ながら
私は必死に働き続けた。




事業は成功。

何十億というお金が毎日目の前を通り過ぎる。

彼はその界隈であっという間に有名人になっていた。


嬉しい反面怖かった。

ワタシの価値がもうすぐなくなるんじゃないかと
怯えていた。



その頃からだろうか
怯える心を沈めたくて確かなものが欲しくなった。

離婚してほしい。

そう考えるようになっていた。



ワタシだけ見てよ

ワタシのことだけ考えてよ

ワタシのことだけ大切にしてよ

他の女に触らないでよ

あのおばさんの何がいいの?

あのおばさんはあなたに何をしれくれるの?

1日何百回も電話をしてきて
怒鳴って喚いて
それでもあなたはそこに帰るの?



昔、昼ドラで聞いたようなセリフが
1日中ワタシの頭の中を駆け巡る。


そんな自分の思考に吐き気がした。



最初は会社で月に何回か顔が見れるだけでよかったのに。

遠くから名前を呼ばれるだけで嬉しかったのに。

隣で笑ってくれるだけで心ときめいたのに。




人間って、
人間って恐ろしい。




episode 7

少しずつ変わっていくワタシの心に
長谷川さんは気がついていた。

ズルい男はそういうトコだけ勘がいい。


「話したいことがあるんだけど今日時間ある?」

男が「話したいことがある」なんて言う時、
それがめでたい話だった試しがない。


「別れたいの?」


ワタシはその場でそう言った。


「俺はアユちゃんを幸せにはできないから」

長谷川さんは小さな声でそう言った。




ふざけんじゃねぇ!!!!!

幸せにできねぇなら手出すなよ!

なんの覚悟もなしに不倫してんじゃねぇよ!

てか、幸せにできねぇってなんだよ!

幸せにしようともしないで、幸せにできないから。ってなんだよ!

お前はなにもできねぇ赤ん坊か!?

努力しろよ、努力を!!

こっちはどんだけ身を削ってここにいると思ってんだよ!

絶対に外さないその指輪は
あのおばさんへのせめてもの罪滅ぼしか!?


ほんっっっとに、気持ち悪っ。






言いたかった。
本当はこう言いたかった。
ブチ切れて地球が壊れるくらい叫んで罵ってやりたかった。


でもこんなことしたらあのおばさんと同じになっちゃう。
とっさにそう思ったワタシは言葉を全部飲み込んだ。


言葉を飲み込んだ私にできることはただ1つ。

泣き続けることだけ。



彼から見たら悲しみの涙だったかもしれないが
本当は違う。

彼への怒りと、

なによりも、

自分への怒りの涙。




「今すぐじゃなくていいから…いつか…ね?
いつか別れなきゃいけないよねって話。
アユちゃん好きだよ…大好きだよ…。本当は俺だってアユちゃんと…。」

長谷川さんはワタシを抱きしめながらそう言ってベッドに押し倒した。




終わってる、こいつマジで終わってる…
離婚する勇気も不倫相手と別れる勇気もねぇのかこいつは…
はぁ…
わかってるよ、わかってる…
こいつが果てしなく終わってることは
きっと最初から知ってたよ…



覚悟もないまま不倫をはじめちゃう男。
家では常に罵倒され居場所のない男。
自分に自信がないから金にばかり執着する男。


そんなところに現れた


自分を褒めてくれる女。
自分を男として見てくれる女。
いつもニコニコして自分を好きだと言ってくれる女。
仕事まで手伝ってくれる女。



簡単に手放せるわけがなかった。




episode 8

気がつけば3年もの月日が過ぎていた。


彼との会話も
セックスの回数も日に日に減っていき
会っても笑顔が生まれることはなく
彼を考えるだけでときめいていたあの心は
いつの間にか死んでいた。


それでも別れられない
不倫という病気はとても厄介である。


多分もう
彼への好きの残量は残り僅かだった。


どうにかしてこいつを離婚させてやる。
なんでワタシだけ損をしなきゃいけないんだ。


”好き”でなく、”執念”だった。


別れ話も日常化してきたある日、
ワタシはよく体調を壊していた。

もともと胃の悪いワタシは
ストレスが胃にくるタイプで
ご飯もほとんど食べられず
かなりの頻度でトレイに駆け込んで吐いていた。


この日はなんとディナーの席で別れ話。

こんなところに来てまでこういう話するかな…。

ワタシの体調はまたもや最悪の状態へ。


トイレに駆け込みしゃがみこんだ。

何かを考えるなんてそんな余裕などないこの状態で、
ワタシは1つの計画を思いついた。



妊娠したことにしよう。



最近ワタシがずっと吐き続けているのは
長谷川さんも知っている。



来週月曜日から5日間は、
長谷川さんと2人のニューヨーク出張だ。


出張中は24時間行動を共にする。

決してスマートとは言えない彼の脳に
妊娠しているかもしれないと
刷り込む時間は十分ある。



ワタシはとにかく
妊娠初期症状を調べ尽くした。

彼が妊娠検査薬を買って来て
これで今調べてきてと
言われて慌てないように
何種類もの妊娠検査薬を陽性に偽装して準備をした。






笑っちゃうでしょ?

でもね、
ここまでしないといられなかったの。




episode 9

ニューヨーク。

ずっと来たかった憧れの街。

「憧れの街で………、何やってんだろ。」

どんどん惨めになっていくワタシの心に、

これで最後だから。
もうちょっとで終わるから。

もう1人の自分がそう声をかけ、
ワタシは計画を実行した。


「最近よく吐いてるよね。大丈夫?」

ホテルの部屋。

トイレからから帰って来てハンカチで口を拭うワタシに
長谷川さんはこう言った。


「うん、だいじょう・・・。」

大丈夫と言いかけてワタシはまたトイレへ駆け込む。



ビックリするほど上手い自分の演技に
心の底から引いていた。


まぁ、当たり前か。
小さい頃からずっと演技して生きてきたんだから。




トレイに近づく足音。

ドンドンとトイレのドアを叩く音。

「アユちゃん、ほんとに大丈夫?病院行く?」


「大丈夫………。」

か細い声でそう伝え、ドアを開けた。


「アユちゃん、もしかして…」

なにかを言いかけた長谷川さんは、
この世の終わりみたいな顔をしていた。


遠くの方からLINEの着信音。


長谷川さんはただ立ち尽くすだけで
言葉の続きを言おうとしない。


電話は一度切れても再び鳴り続ける。


「うっせえな………」

そう言って急いでスマホの方に歩き出し、
電話に出る。

「なに?1人だってば。誰もいないって!!!!」

彼は怒鳴りながら部屋から出ていった。



クズ。



そう呟いてワタシはベッドに戻った。




30分後、長谷川さんは部屋に戻ってきたが
さっき言いかけたその続きを
この出張中口にすることはなかった。




episode 10

帰国して数日。

ワタシは彼と会わなかった。


「大丈夫?」

「どこにいるの?」

「お見舞いに行こうか?」

「何か必要なものある?」



ロック画面に溢れていく
彼のメッセージは
ワタシに優越感を与えた。


離婚する気もないくせに
心配はするんだね。




心の中でそう返信し、
スマホを裏返した。


もうすぐ3年か。
あっという間だったなあ。

ワタシはなぜか今までのことを振り返っていた。


出逢った日のこと、
初めてデートした美術館、
初めての誕生日、
初めて好きと伝えあった銀座のホテル、
初めての目黒川のお花見、
初めての海外旅行、
初めての花火大会。


インドアなワタシはどこに行っても彼とが初めてで
「今までどこでなにしてたの?笑」
と彼は嬉しそうにワタシをよくバカにした。


ずっとずっと一緒にいた。




ずっとずっと一緒に…




もっと一緒にいたかった。





バカなところも、
クズなところも、
嘘が下手なところも、、、
そんなのどうだっていい。

全部全部大好きだった。



涙が止まらない。

なんでよ…

こんなタイミングで自覚したくなかった。








ワタシは分かっていたんだ。

妊娠を告げても、
彼が離婚できないことを。
そんな強さ、持ち合わせてないことを。

告げたら最後。
本当に終わってしまうことを。


終わりにしたくなかった。


終わらせたほうがいいことを
誰より強く自覚しているのに。



それでも終わりにしたくなかった。

だからこうしてLINEも返さず
時間を稼いでいる。





ワタシの居場所…
たったひとつの居場所…
でももう無理…
別れたいよ、楽になりたいよ…





笑えるくらいの矛盾を抱えた女が
覚悟を決めたのは2日後の夕方だった。




episode 11

愉快なBGMが流れる日曜日のSTARBUCKS。
震える指で文字を打った。


子供ができたの。


送信ボタンを押せないまま
ワタシはずっとその言葉を眺めている。


店内に響き渡りそうな
爆音の心音。

どんどん浅くなる呼吸。



ひとくちも飲んでいないアイスカフェラテは
どんどん机を汚していく。







2時間くらい経った頃だろうか。

綺麗な夕日が見える
2人のお気に入りのあの席で
ワタシは無意識に送信ボタンを押していた。



日曜日。
家族の日。

返信はすぐに来ないだろう。
そう思っていた。


「そうだと思ってた。」


返信はすぐに来た。


「アユちゃんはどうしたい?」


すぐに2通目のLINEが届く。


「俺は家族が大切です。でもアユちゃんのことも大切です。」


3通目のLINE。

これが目に入った時、一瞬で酸欠になりそうになった。



は?  

ナンダソレ?



家族”が”大切です。
アユちゃんのこと”も”大切です。


バカだなあ。
ほんとバカ。

助詞で答え言うなよ。


こんなの、完全に想定の範囲内。

それなのに、
現実に起きるととんでもなく傷ついた。


あーそうか。

ワタシは傷つきたかったんだ。


もっともっと深く傷つかないと、
そうでもしないと
一生終わりにできないから。

だから本当に終わりにするために
この計画を選んだんだ。


最高にバカげたこの計画の本当の意味を
ワタシはこうして知ることになった。








「ワタシは産むよ。」

そう返信した。


「ねぇ、アユちゃん…。俺はアユちゃんと一緒に生きられないんだよ。最初から分かってたでしょ?俺結婚してるって最初に言ったよね?俺嘘付かなかったよね?俺が全部悪いの?俺だけが悪いの?両方悪いんじゃないの?だって不倫なんだよ?不倫って両方同じだけ悪いよね?分かってる?俺の立場はどうなるの?俺の立場を考えてよ。奥さんになんて言うの?ずっと不倫してましたって言うの?子供できましたって言うの?アユちゃんが産みたいって言ってるから産ませてくれって言うの?そんなの言えるわけないじゃん!俺を困らせないでよ…。」


・・・・・・。



ワタシは今日まで
こいつを想って何度涙してきたんだっけ。

自分の犯した罪をどれだけ後悔してきたっけ。

どんなにひどいことを言われても
いつかワタシを選んでくれるその日まで我慢しようって思ってたっけ。

絶対に外さない彼の指輪を見て心が押し潰されそうになっても
ワタシの薬指に光るあの日のプレゼントを見て
ワタシは大丈夫って自分をいつも励ましてたっけ。




ワタシ、誰に恋してたんだろう。





涙はもう出ない。




スマホの電源をそっと切ってワタシは家へと歩き始めた。




episode 12

これは女の習性なのだろうか。

修羅場になればなるほど冷静になっていく。

夜中まで鳴り止まないマンションのチャイム。
鳴り止まない着信音。
パニックで暴言しか送られてこない大量のLINE。


もう、どうでもよかった。

傷つきすぎてもう傷つく場所もないくらい傷ついて
ワタシはおかしくなっていたのだろうか。


フワッと浮き上がって
上の方から惨めな男女2人の物語を見ている。

そんな感じ。




長谷川さんは明日から家族で海外旅行に行く。

その前にどうしても方を付けたいのだろう。

行き先はワタシと何度も出張で行ったシンガポール。




不倫相手を散々抱いた場所に
よく家族で行けるなあ。

反吐が出る。


静かにそう呟いた。



マンションのチャイムは今も鳴り止まない。


スマホを手に取りLINEした。




「7月7日に中絶します。」




7月8日に彼は日本に帰ってくる。

ずっと前から決まっていた家族旅行。

奥さんに中止を申し出る根性もない。

中絶にすら付き添えなかったその罪悪感を一生抱えて死ねばいい。

7月7日は2人が記念日と呼んでいた日。

あいつが絶対忘れない日に終わらせてやる。


そう思った。




「なんでそんなことするの!?俺、病院行けないじゃん!俺の気持ちはどうなるの!?そんなことやめてよ!!!!!なんで俺を困らせるの!?」


すぐに返信が来た。

産むと言っても怒鳴られて
堕ろすと言っても怒鳴られて。


いつだって、


俺は

俺が

俺を


ワタシはどこにいったのかな。
ワタシの気持ちはどこにいったのかな。




あなたの中に、
ワタシはもういませんか、、?











結局彼は病院には来なかった。




episode 13


「アユちゃん、ありがとう。」


彼から届いた最後のLINE。




ありがとう





サヨナラよりもキツかった。



サヨナラと言えない彼の弱さ、
最後は綺麗に終わらせたい彼のズルさ。


別に最後に好きだよなんて
そんなこと言われたかったわけじゃない。



だけど…

もう追いかけて来ないんだな
って。


これで終わったんだな
って。




別れ話の最後は
いつだって彼がワタシを引き留めた。


抱き寄せてキスをして
何度も何度も名前を呼んで
愛してる、大好きだよって。


顔が溶けるくらい2人で泣いて。





自分の保身のためなら
クズはここまで強くなれるのか。


ありがとう




ありがとうってなんだよ。。。



全身がえぐられた。


あの頃は
彼からのありがとうが欲しくて
頑張っていたのにね。



ありがとうって、残酷だ。











PM2時、
日曜日の豊洲公園。



涙で滲むその先に
ボールで遊ぶ小さな子供とパパとママ。


「クズ。サヨナラも言えないのね。」



あいつに送ろうとしたLINEをそっと消して
私はゆっくり歩き出した。






あとがき


最後まで読んでいだき
心から感謝申し上げます。

こんなに長い文章を書いたのは
人生初でした。

挑戦する機会をくださった
この創作大賞にも心から感謝します。




私も佐藤アユミのように
クズばっかりを
好んで付き合ってきました。


私はまともな人を好きになれないのかな?

と、

一時期かなり悩みました。笑


一番遠い記憶だと、
クズ男ハンターのこの習性は
6歳から始まっています。


クズ男を見つけて

全身全霊でピカピカにして、

彼がピカピカになる頃

私はボロボロになって

うまくいかなくなってお別れする。


何度も何度もこの繰り返し。


付き合う相手はみんな出世していくから

一時「私はアゲマンなんだ!」と

少し勘違いしたこともありましたが

そんな気持ちよりも遥かに

”なんで私はこんなに報われない恋愛ばかりを

してしまうんだろう……”

”クズ男ばかり好きになる病気なのか…?”と

自分への失望や、絶望の方が大きかったです。笑


(笑い事ではないのだけど、笑っておこう!笑)


でも最近わかったんです。

30歳を越えて
私はついに分かってしまったんです。

なぜ星の数ほどいる男の中から

クズ男をわざわざハンターしているかを。


それは、

”誰かの「ありがとう」が欲しかったから。”


これが答えでした。

自分で自分を認められず、

いつだって寂しくて、

いつだって自信なんてなくて、

いつも誰かに必要とされたかった。


それなのに、

自分の弱さと向き合おうともせず

自分の課題は見て見ぬ振りをするそんな私は、

他の誰かに愛を求め続けました。



自分で自分を愛せないから

本来自分で埋められるはずの場所も

全部他の誰かに埋めてもらうしかなかったのです。

それを埋めたくて埋めたくて、

埋めるためにはなんでもしました。

彼がアニメ好きなら

アニメを死ぬほど勉強したし、

ヒラヒラのスカートが好きって言われたら

そんな服ばかりを着ていました。


嫌われたくなかった。

とにかく嫌われたくなかった。

やっと手に入れた居場所を失うのが怖かった。

その一心でした。


本当の自分がいくら心で泣いていても

誰かの愛で心を埋め尽くせば

自分の中にあるネガティブな問題とも

その瞬間はおさらばできる。

最高の快楽。

まるで麻薬。


自分を殺すことが得意な私は

この麻薬がやめられなかったのです。

完璧な人は自分で自分をまかなうことができます。


だから私の出番はないし、

私の欲しいものはもらえません。

こうして、

私は今までの人生の大半を

どこか大きく欠けた誰かを探しては

全身全霊自分のエネルギーを注ぐことで

自分はボロボロになる代わりに

「ありがとう」をもらい続け、

自分のアイデンティティを保ってきたのです。

ひとこと言わせてください。


「もう疲れたw」


本当の私は、

今まで一緒にいた彼らの

おとぎ話に出てくる

理想のヒロインとは程遠い。



私はそろそろ

イマジナリーの中からリアリティに

世界線を移して生きていきたい!

そう思うのです。



あーよかった。

ついに思い知ったか、私。笑



自分のやってきたことが

どれだけ無駄なことか、

やっと理解したようです。


(お…遅いw)


1つ恋愛が終わって

また新しい恋をして、

相手を変えたところで

このままではこの先の結果は目に見えている…


「このクソだせえ恋愛ループから絶対に卒業する」


私はこう自分に宣言しました。

ダメな人は可愛い。

助けたくなる。

誰かのありがとうは最高に気持ちいし、

誰かのために生きることは時に素晴らしい。



でもそれは

愛に飢えている自分を自分自身で助けてから、

自分で自分のために生きてこそ、

できることでした。

自分でお腹が空いているのに

誰かに食べ物をあげ続けていては

ずっと自分は満たされないまま。


最初は笑顔で差し出せていても

「本当は私もお腹すいてるのに…なんで君だけ…」

といつかは本音が溢れるのが人間というもの。

自分で自分を満たすことができてはじめて

誰かを本当の意味で幸せにできる。

未熟な私がエゴでしてきた人助けは

その場しのぎの

応急処置でしかなかったのです。




自分で自分を満たす。

私にとってはかなりの難題でした。



不幸なふりしてるほうが
楽な時だってたくさんあります。


でも、

よく考えみると、

死ぬまで一緒にいるのは

他の誰でもない、

自分自身です。

”自分はなにが好きなのか”

”何をしている時一番幸せなのか”

そんな小さなQuestionを

毎日自分に問いかけて

ひたすらAnserを探す。



他の誰かに求めることなく

自分自身と行う

一見幼稚に見えるこのQAは

私に私の人生を取り戻させてくれました。

他の誰かと比べる悪趣味とも

もうすぐオサラバできそうです。



自分がなにが欲しいかわからないから

とにかく人が持ってるものをなんでもほしがって

ひがんで憎んで

それを持ち合わせてない自分を

勝手に下だとジャッチして。


本当にバカでした。


人によって幸せの定義やカタチは違います。


それなのに
誰かと比べて自分を卑下して
なんの意味があるでしょうか。


白いごはんを食べることが何よりも幸せな人もいれば、

お金が100億あっても幸せと感じない人もいるはずです。




自分の幸せは誰も教えてくれない。

自分で迎えに行かなくちゃ。


誰かのフリして生きるのは、もう止めた!



強く優しくなれたのなら
きっと、いつか、出逢える

…よね?


愛しのだーりん!





#創作大賞2022

#創作大賞2022ありがとう 


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