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【SS】天職活動

「未来を担う子どもを育てる素晴らしいお仕事ですってわかってはいるんだけどさ、マジ保育園ってやりがい搾取だよね」


 若菜はゲソの天ぷらを頬張りながら、スマホ画面でビデオ通話をしていた。

 ローテーブルのうえには半額シールの貼られたお総菜や缶ビールが並んでいて、いわゆる宅飲みを楽しんでいた。ビデオ画面に映る友人は銀行勤務だから、ばっちり就寝準備が済んでいてすっぴんにパジャマ姿だ。凝った手料理はインスタグラムで確認しているし、夜8時以降はダイエットのために飲食を控えてるそうなので晩酌にハーブティーで付き合ってもらっている。ノンカフェインのルイボスティーは減量効果もあるそうだ。

 まぁ、夜の8時まで勤務していた若菜には知ったこっちゃない。独身の保育士は子育て中の保育士と違って遅番勤務に組み込まれやすい。そりゃ、お迎えに行く子どももいないし、夕飯をつくって早く寝かせなきゃいけない子どももいないけど「独身だから遅番勤務できるよね」はあまりに会社都合が過ぎるだろう。

 タイトなスカート制服を着用しなきゃいけないわけじゃないから、園児同様汚れてもいい服でトレーナーにストレッチのよく効くパンツのローテーションだから本当に働きはじめて体重が増えた。キラキラとした20代独身女子としての貴重な時間が、揚げ物とビールでテカテカしている。しかも、安月給。市の住宅手当があるからまだ我慢できるけど、労働と給料が見合ってないとは本気で思っている。


『保育園の先生ってみんな優しくて温和なイメージあるけど、結構肉体労働よね』

「本当、それ。トイトレ中の2歳児抱えてトイレにダッシュとか当たり前にあるからね」

『事後報告だもんね、たいてい』

「あと、でそうってときもうたいていでちゃってるからね」

『まぁ、子どものやることだからねー』

「でも銀行の窓口もたいへんでしょ?」

『そうだね。同じこと言い過ぎて歌舞伎の口上みたいになるから。そりゃ、ノンプレイヤーキャラクターみたいって言われますよ。個性とかいらないんだもん』

「あー、量産型とか言われるやつね」

『そう、派手すぎるのもお局に目をつけられるだけだしね。おかげで普段着の反動がやばい』

「莉沙、めっちゃ露出してるもんね」

『いまのうちだよ、周りに痛いって言われるまでとことん出してくつもり』

「いや、いいと思うよ。カッコいい」

『若菜もカッコいいよ。働く女ってかんじ。ほんと、素晴らしいよ』

「もっと言ってマジで。不規則な勤務時間、急なシフト変更、私生活投げ売って仕事してるのに安月給だし。わかってて保育士選んだんだろって言われたらそうなんだけどさー、あまりに過酷で心折れる」

『転職するなら若いうちにって頭過ぎっちゃうよね』

「石油王と結婚したーい」

『そういえば金曜日の合コン来れそう?』

「翌日、運動会でーす」

『そうだったけ。ごめん』

「いいよ、むしろ声掛けてくれてありがとね。世間とのつながり、マジ感謝」

『あ、もうすぐドラマ始まっちゃうから切るね』

「うん、晩酌付き合ってくれてありがとう。おやすみー」


 通話が終わると途端に現実に引き戻される。ドラマのなかの主人公はオシャレなデザイナーズマンションに住んでいて北欧家具に囲まれている。同じ北欧家具だけど、若菜の部屋は家具量販店のものだ。色のすくない部屋はよくいえばシンプルだけど、悪くいえば殺風景だ。

 新しい家具を見るのは好きだけど、寝に帰るだけの家を整える気力もない。社会人やめたい。子どもに戻りたい。そしたら、また保育士を目指そうと思うのだろうか。

 ネガティブ思考をビールで流し込んでドラマに集中する。主人公は同い年なのに、細胞レベルで肌もきれいだ。


 理想と現実のギャップは被害者意識を芽生えさせるらしい。飲食店への辛辣な口コミは期待外れへのクレームだ。それだけ飲食店への期待が高かったというのは初見のお店だからこそ、当たり外れがあるという現実から目を背けた結果だろう。まぁ、自分のお金だし。稼ぐのはたいへんだし、わからなくもないけど。


 通知音に目を向ければ『保育園の洗礼』で急病人がでたからシフトを変更してほしいという連絡だった。仕事の開始時間が2時間はやくなる。そうと決まれば、とっとと寝支度しないと明日がつらいのでポテトサラダは明日の朝に食べようと重過ぎる腰をあげた。

(長編小説執筆に向けての習作でした。保育業界が題材の小説を書きたくて構想中です)


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