[ポーランドはおいしい] 第8回 脂の木曜日にはポンチキ
ポーランドでは脂の木曜日にポンチキを食べる習慣がある。
といわれても、「脂の木曜日」って何? ポンチキって何? と思われる方が大半であろう。
まずポンチキの説明を。ポンチキ pączki はポンチェク pączek の複数形。ポンチェクはポーランド語辞典によると、
1. 外皮に守られた葉や花の芽(つまり芽吹く前の芽や蕾)
2. 詰め物をした丸形の揚げ菓子
3. [生物学]芽生生殖における芽体、芽状突起
の意味がある。ここでお話しするのはむろん2.の意味のポンチキである。
あんパンのような姿形のドーナツを思い浮かべていただきたい。キツネ色にカリッと色づいた表面には薄く砂糖衣がかかり、オレンジピールのみじん切りがぱらぱらと散っている。さっくりした生地の真ん中にはバラの花びらの砂糖煮がひと匙分入っていて、ふんわりいい香りがする。これが理想的なポンチキ。
ポーランドではきわめてポピュラーなお菓子で、パン屋やケーキ屋はもちろん、駅の売店や路上のスタンドでも売っている。1個1ズウォティくらい(約30円)*2004年当時。
クラクフの菓子店のショーウィンドウ。右上にポンチキ(2012年6月撮影)
ポンチキを発明したのはうちだ! と自称するのはポーランド人とハンガリー人とオーストリア人。それ以外の国々にその存在を知らしめることとなったのは、ウィーン会議(1814〜15)の間、参加者にひっきりなしにポンチキが供されたためだそうだ。ポーランドでは中身はバラのジャム、オーストリア=ハンガリーではアンズジャムと決まっている。それ以外は同じ。
「イースト発酵させた生地はふっくらとふくらみ、表面は軽くぱりっとしていなければならない。本物のポンチキは2枚の丸い生地を張り合わせて作るのだが、最近の大量生産品は揚げたあとで機械的に中身を注入している。揚げ油としてもっともよく使われるのはラードで、これは最高級品でなくてはならない。油の温度が低すぎると生地が油を吸ってサルツェソン・ソーセージの味になってしまうし、温度が高すぎると焦げてしまう。いかなるものであれ合成香料の使用は、職務上、検事局から追求されるべきである。チョコレートクリーム、卵コニャッククリーム、その他類似のアングロサクソン考案品を詰めたポンチキのメーカーは必ずや地獄に堕ち、油で揚げられること必至。」と書くのは、テレビの人気料理番組を持ち、料理関係の著書も多いロベルト・マクウォヴィチ。
クラクフのお店で買ったポンチキ(2000年3月撮影)
ポンチキの作り方
材料:
小麦粉(薄力粉と強力粉半々)250g
砂糖 50g
ドライイースト 小さじ2
牛乳 100ml
卵黄 2個
スピリトゥスまたはラム酒 大さじ1
レモン皮すりおろし 大さじ1
塩 小さじ1/3
バター 50g
バラの花びらのジャム 60g(なければ他のジャムでも可)
揚げ油 適宜
お好みで:粉砂糖、オレンジピール
下準備:
・卵を割って卵黄を取り分ける(卵白は他の料理にお使いください)。
・牛乳を小鍋に入れ、約30℃(指を入れてややぬるめに感じるくらい)まで温め、卵黄を入れてよく混ぜる。
・バターは室温にもどしておく。
・レモン皮をすりおろす。
・ジャムは電子レンジにかけて水分をとばしておく。
1. ボウルに小麦粉をこんもりと入れ、片側に砂糖とドライイーストを入れる。合わせた牛乳と卵黄を、砂糖とドライイーストめがけて一気に注ぎ、まず砂糖とドライイーストだけを溶かすように指先で混ぜ合わせる。
2. スピリトゥスまたはラム酒、レモン皮すりおろし、塩を加えてよく混ぜる。最初は生地がべたつくが、こねているうちにまとまってくるので気長に。
3. 生地が手に付かなくなったら、バターを2、3回に分けて加え、生地に折り込むようにしてよく混ぜる。
4. 手で力を入れて生地を伸ばしてはおりたたみながら、5分ほどよくこねる。
5. ひとまわり大きめのボウルに40℃の湯を入れて、生地を入れたボウルをつけ、ぬれぶきんをかけ、10〜15分ほど置いて発酵させる。
6. 2倍にふくれたら、軽く粉をふったまな板の上で平らに伸ばし、包丁で放射状に12等分に切り分ける。
7. それぞれの生地を約6mmの厚さに伸ばす。
8. 各生地の真ん中にジャムを小さじ1/2ずつのせ、ふちを真ん中で合わせて、指で閉じめをしっかり合わせ、丸く形を整える。
9. 閉じめを下にして、ふきんをかけ、暖かいところに1時間置く。
10. 揚げ油を熱し、たがいにくっつかないように数個ずつ入れて揚げる。片側が色付いたらひっくり返し、両面キツネ色に揚げる。
11. ペーパーナプキンの上で油を切る。好みで粉砂糖をふるか、砂糖衣をかけてオレンジピールのみじん切りをふる。
で、「脂の木曜日」とは何かというと、カトリック教会の暦で謝肉祭 karnawał の最後の木曜日。謝肉祭は英語で言えばカーニヴァルで、いまでは単なるお祭り騒ぎもこう呼ぶことがあるが、本来は冬の悪霊追放、春の豊作、幸運祈願に由来するキリスト教の行事である。「3人の王の日」(1月6日)から「灰の水曜日」までの期間にあたる。
「灰の水曜日」は四旬節(大斎節)の最初の日。四旬節というのは「灰の水曜日」から「棕櫚の日曜日(枝の主日)」まで40日間の斎戒期で、肉を食べないことになっている(しかし現在では気にせず食べる人が多いようだ)。「棕櫚の日曜日」にはキリストのエルサレム入城を記念してキリスト像を乗せた山車を引きまわし、信者らが花や棕櫚の枝を像の前に投げかける。この日から1週間は「聖週間」といい、受難と死を通して復活を遂げたキリストの過越を盛大に記念する典礼が行われる。「棕櫚の日曜日」の1週間後の日曜日が復活祭だ。復活祭は、3月21日以後の最初の満月直後の日曜日と決まっているので、毎年日付けが違う。それにしたがって他の日も毎年ずれるため、カレンダーがないと「脂の木曜日」がいつなのか前もってわからないのだ(*いまではウェブ上のカレンダー等で調べることができます)。ただ当日になればテレビでもラジオでも必ずポンチキの話題が出る。
「脂の木曜日」になぜポンチキを食べることになったのかはよくわからない。日本人がお彼岸におはぎを食べるようなものだろうか。だいたいこの日にわざわざ食べなくても、1年中いつでもどこでも食べたければ食べられるのだ。でも昔はこんなお菓子が贅沢品で、謝肉祭の期間中でもないと食べられなかったのかもしれない。それでもやはり、この日だけお菓子屋に行列までして何個も大量のポンチキを買うポーランド人というのは解せない(だがこれとて、日本人がデパ地下に並んで特製クリームメロンパン10個買い求めるのと同じと言えば同じか)。
「脂の木曜日」になると、「ガゼタ・ヴィボルチャ」紙クラクフ版ではここ数年、ポンチキ・ランキングをやっている。審査員はアンジェイ・スタヴィャルスキ、スタニスワフ・マンツェヴィチ、ピョトル・ビコント(食べ歩きグルメ・エッセイで有名)、そして先ほどのロベルト・マクウォヴィチの4人。どこの店のものかは伏せておき、味と見た目を1~10点で評価、審査員たちのコメント付きで、クラクフのお菓子屋さん10店のポンチキが紹介されている。まずいポンチキの典型は、スポンジみたいにすかすか、ふっくらしていない、揚げ油の質が悪い、中身のジャムが安っぽい。中身を注入した穴が目立つのも減点の対象になる。昨年の最高位は9点獲得、クルプニチャ通りの「ミハウェク」のポンチキ。見た目がきちんとしていて、砂糖衣はべとつかず光沢がある。表面は健康的な茶色、さっくりふわふわ、詰め物はいい香り、理想に近いと太鼓判。最低は0.5点、聖トマシュ通りの「クラウディア」のポンチキ。オレンジピールでびっしり覆われ、天然痘あとのあばたの如し。ゴム手袋をはめたくなるほどだ。中身はディズニーランドを思わせる。詰め物の色は人気ロックバンド「イフ・トロイェ」のリーダーの髪(ショッキングピンク)のようだ。ジュネーブ協定によって禁止されないのだろうか? と、散々にこきおろしている。
2004.2.29
©SHIBATA Ayano 2004, 2016
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