「風信」と「月の影 影の海」
十二国記シリーズの短編集『丕緒の鳥』に書かれている短編「風信」について、読んだ時に思ったことを調べてまとめてみました。
「風信」は乱世に家族も家も失った慶の少女が、暦を作る仕事に没頭する役人たちと共に生活をしていく中で、命の、自然の営みに触れ、少しずつ傷ついた心を癒していくお話。私のお気に入りの一編です。
最後の方で支僑が燕のひなの数が多いことから「この世界のどこかに新しい王が立ちました」と断言する場面。私、ここを読んだ時に真っ先に頭に浮かんだのは、月の影で陽子が青猿を切ったあのシーンだったんです。
景麒と誓約を交わした場面ではなく、「強くなりたい」「絶対に負けない」と涙を流しながら青猿を切った場面。慶から遠く離れた巧の山中で、身も心もぼろぼろになって、それでも自分自身に負けなかった彼女が、涙を拭って立ち上がる。そんな陽子の後ろ姿が目に浮かびました。私には、あの時が陽子が王になった瞬間だったと思えたから。
そう考えたとき、ふと思ったんです。もしかして「風信」に書かれている自然界の変化は「月の影 影の海」の陽子の動きと連動しているのではないか、と。
というわけで、調べました!「風信」「月の影」にある季節や時期がわかる描写から、おおよその流れをまとめてみました。
なお、暦はこちらの暦(太陽暦)で書いています。旧暦で考えると私の頭がこんがらがってしまうので…
〈風信〉
11月頃?
p321 秋はさらに深まっていく。
鼠の宝物探し。どんぐりがたくさん→厳しい冬になる
3月下旬〜4月上旬頃?
p328 春の訪れも遅く、ようやく訪れた春も頻繁に続く長雨で少しも晴れ晴れとしなかった。村の作物は生育が遅い。
4月中旬、下旬頃?
P330 久々の陽光 P331 今の時期、小屋は夢のように美しかった。
蓮花が熊蜂を見守る場面
4月中旬、下旬頃?
P333 それ(熊蜂を見た日)からわずかのことだった。
p342 街が襲われたのは(燕の)卵が孵ったあとだったから〜
空行師の襲撃。このころに燕が1回目の繁殖(*燕の繁殖期は4月〜5月頃)
5月中旬か、下旬頃?
P349 蓮花はこの夏の初め、〜〜
燕が2回目の営巣をはじめたので、雛の数を数えに行った。
雛の数が1回目よりも多い→「新しい王が立ちました」
〈月の影 月の海〉
1月半ば
陽子、水禺刀の見せる夢を見始める。
2月半ば
景麒の誓約「許すとおっしゃい」→あちらの世界へ。
2月中旬か、下旬
流されてきて6日目、タッキの家に押し入る
2月下旬か、3月上旬
流されてきて14日目。たっきゅうで、海客の松山老に荷物をとられる
2月下旬か、3月上旬〜4月上旬、中旬頃まで
山の中を彷徨う 1ヶ月以上
(下巻p95 たっきゅうで海客の老人に荷を盗られてから、逆算してみると陽子は一月以上、街道を彷徨っていたらしい)
4月上旬か、中旬頃?
楽俊に拾われる
4月中旬か、下旬頃?
拾われた日から10日後、楽俊の家を出る
4月末か、5月上旬ごろ?
下巻P68 襲撃を受けたのは、十六日目のことだった
(楽俊の家を出てから16日目ということかと)
午寮で、コチョウによる襲撃。
楽俊を置いて逃げ出し、その夜、青猿を切る。
上記をざっくり表にまとめると、こんな感じになります。
2作品とも、正確な日にちとか書いてあるわけではないので、ズレもあるだろうし自分の希望をこめての本当に大雑把なまとめ方なんですけど…でも、遠からずってところじゃないかな。
あくまで私の考えですが、景麒の最初の誓約「許すとおっしゃい」のとき、陽子は身体的には王となり神になったけれど、まだ本当に王だと天に認められていなかったのではないかな…。だからこのとき慶の天候も、厳しい冬が続いていてあまり良くなってない。
陽子が山の中を彷徨って野垂れ死にかけていたとき、慶では春の訪れが遅くて、長雨が続いていたというのも、繋がっている気がする。天が「この子選んでみたけど、やっぱりダメかもー」と思っていた時期なんじゃないか。
楽俊に拾われて陽子が助かった頃に、慶にようやく美しい春が訪れる。でも、1回目の燕の雛はそこまで数が多くない。2回目の産卵の方が数が多い。じゃあ、この1回目と2回目の繁殖の間に何が起きたのかって考えると、やっぱり午寮の襲撃の後、陽子が青猿を切ったあの瞬間しかないような気がするんだよね。
陽子が覚醒したあの瞬間、天が「うん、この子が王で大丈夫!よし、たくさん子ども育てていいよー!」ってGoサインを出したんじゃないかな。
「風信」の中には陽子の名前も姿も一度も出てこないんだけど、でも月影で必死に生き抜いている彼女の存在を慶の自然を通して感じ取れる。そう思うとなんだか感慨深くて。あくまで、個人的な仮説ですけれど。
陽子の目覚めが、慶にとってようやく訪れた本当の春だったのではないか、とそんなふうに思っています。
9/27追記
燕の雛が卵から孵るまでの期間を考慮にいれてなかったので、2回目の繁殖の時期を修正しました。