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塩分チャージ

 金曜日。「今週もお仕事お疲れさまでした。」と自分に言う。
 冷房のない工場で汗だくになりながら働いて、クタクタの体で帰宅する。いつもならそこから夕飯の支度に取り掛かるのだが、今日はしない。しないと決めたのだ。

 夫は遠くの街で飲み会に参加、そのままビジネスホテルに泊まる予定だ。
 今日くらいは自分の好きに過ごそう。何か美味しいものでも食べに行こう。
 夏休みで帰省中の学生の息子に、
「お母さんはもう何もしたくないので、晩御飯は外食にする。」
と一方的に伝える。今回ばかりは彼に拒否権は与えない。

 足を延ばせばいいのだが、疲れた体と雨予報もあって近場の店で検討する。
 実は前から気になっていたお店が町内にある。ちょっとお値段高めだけど、ピザが美味しいと評判の店だ。毎日頑張っているのだから、今日くらいは贅沢してもいいはずだ。念のためインスタをチェックしてみたら、なんてこった、やっていなかった。人手不足で、ディナーはお盆前に予約を入れた予約客のみ対応とあった。残念無念。
 
 仕方がない。町内は諦め、隣町まで広げ検討する。B級グルメで有名な丼ものがあって、そこにしようと決めた。丼の上に牛ステーキがのっているのだ。疲れた体には、やっぱり肉しかない。もう口が牛肉になってしまって、他は受け付けない。一応スマホで調べると、なんと定休日。金曜日に定休日って、そんなことある?

 でもやっていないものはしようがない。
 結局、会社近くの町中華に行くことにした。初めて入る店だが繫盛しているらしく、テーブル席はどんどん埋まっていく。息子は海老餡かけ焼きそば、私は海老チャーハンを頼む。
 先に息子の焼きそばが出された。もの凄い猫舌のくせに餡かけなんて注文するから、案の定、悪戦苦闘している。そんな息子の様子を悪い顔して眺めていたら、私のチャーハンも届いた。いただきます。
 
 辛い。塩辛い。しょっぱいを通り越して、塩辛いのだ。味の感覚は人それぞれで一概には言えないが、これはマスターが間違えたとしか思えないくらいの塩の量だ。猛暑の中一人で厨房を切り盛りして、汗だくで鍋を振って、塩味の感覚がおかしくなったのかもしれない。もしかしたらおかしいのは、私の味覚の方なのかもしれない。どうする?
 お客によっては厨房に一言物申すだろうが、私にはそんな勇気もない。しょっぱいなと思いながら、一粒残さず平らげる。

 そうだ、『塩分チャージ』だ。
 昼間流した大量の汗で失った塩分を、チャーハンでチャージする。そう考えればいい。私って天才かも。
 
 自分のいいように頭の中で変換して、前へ進めるようになったのは随分大人になってからだ。いわゆる経験値というやつだ。年を重ねるのもそんなに悪いものではないのかもしれない。
 
 塩分チャージした体は、今度は大量の水を欲した。私はグラスの水を一気に飲み干した。ごちそうさまでした。

 最後に、息子よ。母のわがままに何も言わず付き合ってくれて、ありがとね。

 

 
 
 


 
 
 

 


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