2016年4月23日の『毎日新聞』のニュースサイトに「バスツアー 山頭火句碑巡り あす /大分」という記事があった。
のだそうだ。
この記事に、「宇佐・四日市商店街には『秋の空高く巡査に叱られた』の句碑がある。」 と書いてある。
調べてみると、この句は志布志市で詠まれたものらしい。
志布志市にある「秋の空高く巡査に叱られた」の句碑の隣にある志布志市作成の立て札に書いてあるこの句碑の解説には、
と書いてあった。
「感傷的な気分となり」というのが、どのような気分だったのか、
ちょっと気になったので、
種田山頭火の『行乞記(一)』を読んでみた。
「行乞」(ギョウコツ)というのは、『デジタル大辞泉』によると「十二頭陀(ずだ)の一。僧侶が乞食(こつじき)をして歩くこと。托鉢(たくはつ)」という意味らしい。
山頭火の『行乞記(一)』には、
などと書いてあった。
「宮崎県では旅人の届出書に、旅行の目的を書かせる、なくもがなと思ふが、私は「行脚」と書いた、いつぞや、それについて巡査に質問されたことがあつた」
「だいたい鹿児島県は行乞、押売、すべての見[#「見」に「マヽ」の注記]師の行動について法文通りの取締をする」
「巡査臭ぷん/\」
など、犬党のヒトには警察の取り締まりに対する愚痴にしか聞こえないだろうが・・・
これは「移動の自由」に対する痛烈な批判である。
「巡査臭ぷん/\」というのは、不審者と見定めた人間に手あたり次第職務質問するおまわりさん(警察官)の様子を述べているように思われる。
「巡査臭ぷんぷん」
素晴らしい表現だ。