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警備警察における「報道及び宣伝」:危機管理論のプロトタイプ

 一九五一年(昭和二十六)、警察大学校教授杉本守義氏が『警備警察の基本問題』を著し、その中で大衆に対する「報道及び宣伝」について論じている。杉本氏によれば、「報道及び宣伝」は「警察との密接不可分の関係」にあるという。

 杉本氏は、「警察殊に警備警察と報道(解説を含む)及び宣伝の問題は、警備警察の使命と報道、取締と宣伝、或は警備情報の蒐集と報道又は放送等との関係 に於いて、極めて重要な意義をもっている」と述べている。

 なぜなら、「警備警察の取締が直ちに大衆又は集団或は企業経営者側の反響を呼び起し、利害相反す る錯綜せる意見又は世論となって現れ」「此の場合警察が如何に報道機関を通じて又は独自の宣伝を試みるかの問題に当面せざるを得ない場合がある」からであ る。

 そして、この「宣伝は警備戦術の手段として(用度作戦の一方法として)、行われる場合もあり得る」という。

 杉本氏によれば、「報道(Inoformation,News)」と「宣伝(Propaganda)」の違いは、「報道は必ずしも対立感情を予定したものではない」のに対して、「宣伝には相手方の対立感情が予定」されており、対立感情を前提としての考慮がなされることにあるという。

 報道は「客観的事実を述べるもの」で、客観的事実の省略があっても、事実を意図的に隠蔽することはなく、解説において主観的要素がわずかに混入する。

 これに対し、宣伝は主観的要素が多分に含まれており、意図的に事実の一分の隠蔽または誇張をする。
 宣伝は「被宣伝の自発性を損なうことなしに、多数者をして、宣伝者の望むように考え、感じ、行動させるための精神操縦手段」で、「被宣伝者の対立感情を刺激することなしに、その宣伝事項を承認させるための手段 である」。
 そして、「宣伝は新聞報道と異り違法性の阻却の問題を考える要はない」という利点があるという。

 このようなことから杉本氏は、警察における「報道は事前事後に於いて行われる解説的な発表で」あり、「警察に於いての宣伝は、或宣伝が行われた後に於い て、警察の正しい在り方活動目的又は手段方針を述べて、相手乃至一般の自粛自戒と協力を自然に促す如き場合である。従つて、報道解説に見られるものよりも 警察としての主観的要素なり、意見(見解)が極めて多いものである。」と報道と宣伝の違いを指摘する。

 しかし、「警備警察的に謂うときは、警察の報道利用 も宣伝も警察活動の目的を理解し、協力を求めるために行われるのであるから、はつきり区別し得ない場合も実際問題として多い」というのだ。

 けっきょく杉本氏は、「報道(利用)も宣伝も大体に於いて、同じ目的を持つものとして、一般的には同視してもよい」と述べている。

 そして杉本氏は、「警察の報道宣伝の手段は通常は直接的行動によるものではなく、新聞、ラジオ、映画、講演、座談会ポスターの 掲示、広告、展覧会、勧告文の発表等が採用せられている」としつつも、「警察弱体化の世論あり、存在すらも疑われるように意気沈している場合の士気高揚策 として、警察のデモンストレーション、又はアトラクションを行うことも意義ある」場合があり、「現実の犯罪又は不法越規自体の予防鎮圧に至る手段は勿論問 題はない。只此の場合無用な多くの制服隊を顕現することは戦術である。」と、警察活動自体の宣伝化を明確に打ち出している。

 これに加えて杉本氏は、「不安な状況に対しては警察活動を活発に展開し、或場合には交通整理員又は交番勤務員の増強、或は警らの増強等に依り、時には制服警察隊の行進、其の他の行事により警察健全なることを示すデモンストレーションも行なってよいと思う。之が市民に安心感を与える一方法であろう。そしてそのような事態に対処する警察の在り方と態度について機先を制しての新聞、ラジオ等による報道が行なわれることも必要である」と、様々な警察活動の宣伝化の手法を列挙している。

 さらに杉本氏は、「悪宣伝に対しては、之を打破する真相発表或は逆宣伝が必要となってくる」と警察による逆宣伝の必要性についても言及している。

 この逆宣伝は、警察が宣伝の善悪を判断することから、悪宣伝に対してのみに限定的に宣伝が行なわれるとはいえない。

 警察のイメージを損ねる現実の出来事に対しても、その出来事が悪宣伝に利用される可能性があると警察が判断すれば、その現実の出来事が逆宣伝の対象となる。

 これは後に、危機管理論における危機管理広報として積極的に展開されることになる。

 杉本氏は警察官の士気高揚についても言及し、「不法行為を排除するに当たっては、個々の警察官の士気如何が、重大な影響を及ぼすものであるから、武装力 の強化、種々の救済制度によって、後顧の憂なく敢然として事に当たらしめると共に、日常の教養及び表彰制度の如き精神的栄誉を与える事によっても亦士気高 揚を計ることが肝要である。」と、装備の充実、顕彰、福利厚生等を警察組織内部の世論の形成のため、人事管理をも宣伝化するべきであると主張した。

 このように杉本氏が、国民に対して「報道及び宣伝」を積極的に展開すべきであると主張したのは、「民主主義社会に於ける公僕は、国民の理解と協力によっ てその任務を完う出来るのであって、国民と共に在る警察が世論の支持なくしては強力にして適切なる取締は出来ないであろう。国民の不安に対しては安心と勇気を、誤解に対しては理解と協力を求める策が採られねばならぬ」と考えたからであった。

 この杉本氏の報道と宣伝に対する考えは、心理学的な監督、CR戦略 やCI活動、危機管理論へと受継がれていった。

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