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「警察職員は、精神障害、特にうつ状態になりやすい」:「THP」という監察

 モンボイスはCR戦略によってつくる警察のイメージは、警察の現実の価値を反映するものでなければ、表面的な価値しかないと述べているが、市民は「警察のイメージ」を知ることはできても、「警察の現実」を知ることはできない。

 CR戦略によって警察と社会のギャップが 埋められてしまった場合、「警察のイメージ」と「警察の現実」とのギャップに気付くことができるのは、良識ある市民が警察職員になって「警察の現実」に触 れたときだけになってしまう。

 とうぜん、このイメージと現実のギャップを埋めるための工夫(危機管理)が警察組織内に必要となる。

 警察庁は、警察庁長官官房人事課編『警務警察必携』(令文社、一九九四年)のなかで、「危機対処」のための組織の活性化、人間集団の運営管理に関して言及している。

 警察庁は『警務警察必携』で、「技術革新、高年齢化社会、女性の職場進出などここ数年急速な社会変化が進んでいる。技術革新は、テクノストレスという新しい疾病を生み、高齢化社会は、年功序列制や終身雇用制をおびやかし、従来家族的な職場との同一化に生き甲斐を感じてきた中高年層はきわめて重大な危機に直面している。」と指摘している。

 警察組織でも、「このような新たな要因によるストレスにより、心身のバランスを崩す職員が多くみられるようになってきた。」そして「心の病は、多 かれ少なかれ、職場で働く人々すべてが持っているもので、心身をむしばみ、かけがえのない働き手を傷つけていることから、職場のメンタルヘルスが叫ばれている」という。

 しかし、心身のバランスを崩す警察職員が多いことは、近年になってはじまった現象ではない。

 警察庁では、以前から「一般的に警察職員は、精神障害、特にうつ状態になりやすいといわれている。」ことから、「職員が安心して利用できる職員相談室の設置やTHPの導入による心理相談制度も有効と考え」、各府県 では「心の健康管理対策として」「職員相談室や精神科医による個別相談及び保健教室の開催等による管理、監督者に対する教養などのほか精神衛生に関する冊 子の配布などの施策を行なっている」。特に精神的問題の解決の為に、生活相談制度とあわせて、メンタルヘルスに力をそそいでいる。

 「THP」というのは 「心とからだの健康づくり運動」のことで「トータルヘルス・プロモーションプラン」(total health promotion plan)の略称である。法的根拠は「労働安全衛生法第七〇条の二『健康の保持増進のための指針』」とされている(一九八八年の労働安全衛生法の改正により、企業の努力義務として導入された)。

 あたかも民間の「THP」が導入されたかのようであるが、このような施策は一九五五年(昭和三〇年代)頃から、民間に先行して行われ始めている。

 警察庁 によれば「警察における生活相談制度は、昭和三十年代以降その必要性が認識され、昭和三十二年には九都県警察において生活相談に関する要綱が制定され、その後、警察庁による各都道府県警察に対する指導、警察大学校における専科教養の実施や各都道府県独自の創意工夫により、生活相談が組織における重要課題として制度化されてきた。」のである。

 そしてこの一九五七年(昭和三十二)は、警察大学校で警務関係の研究をしていた佐々淳行氏が『新しい監督者論』を出版し、心理学的な監督を訴えた年なのである。

 さらに一九八四年(昭和五九)七月、「『警察職員生活相談実施基準』(昭和五九年警察庁丙給厚発一四号)」によって、「生活相談は福利厚生活動の重要な一環として位置付けられるとともに、各都道府県警察における制度の斉一化と効果的な生活相談の実施が図られることとなった」。「この基準における生活相談 とは、警察職員等の生活の安定を確保することにより、その勤労意欲と職務能率の増進に資するため、警察職員等に係る経済的問題、精神的問題その他公私にわ たる問題について、適切な助言、斡旋等を行なうこと」であった。

 「THP」の導入が一九八八年(昭和六十三)であることから、警察では「THP」に先行し て、各相談制度が導入されていたことになる。

 また警察庁は、「職場管理上で問題となる典型例としては、無断欠勤、事故の頻発、アルコール問題などがあり、これらはすべて病気ではないが、職場不適応者として把握することが重要である」との考えから、「これら職場不適応者と疾病(心身の障害)の問題には相互に関連性があり、職場の監督者や保健担当者とが連携して解決に協力することが必要である」と、職場不適応と疾病(心身の障害)との問題の相互の関連性を強調している。

 「生活相談は福利厚生活動の重要な一環」というものの、警察庁では「職場不適応者と疾病(心身の障害)の問題には相互に関連性」があるとの基本的考えを持っており、メンタルヘルスは職場監理上の問題と考えられている。

 そのため、警察職員の福利厚生としての職員相談室といった機関は、監察制度と関連づけられている。

 監察制度には、最も一般的なものに総合監察があり、毎年時期を定めて、「人員の配置、教養、訓練、士気及び健康管理の状況等」について、過去一 か年の状況及び実績を監察している。つまり、警察職員の福利厚生(「THP」)は、監察なのである。

 その必然的な結果として、警察職員は、福利厚生という サービスを消費することによって、自分自身の監察業務を行ない、警察職員自身は、福利厚生であるとイメージしつつ、知らぬ間に、自らの手で監察という警察 行政の一端を生産していることになる。

 これは、被説得性の極限ともいえる。

 川上和久氏(『情報操作のトリック』講談社、一九九四年)によれば「送り手のコミュニケーションを受け入れなければ自分自身のアイデンティティを保てないような状態にまで追いつめて、被説得性を極度にまで高める。」ことは、「欝病へのステップに位置づけられる、学習性無力感の状態に似ている。」という。

 このことが、日本警察で「一般的に警察職員は、精神障害、特にうつ状態になりやすい」といわれている原因ではないだろうか。ここに監察の深化の問題がある。

 ところで、警察庁が指摘している「うつ状態」は、それほど異常なことなのであろうか。「警察のイメージ」と「警察の現実」とのギャップに気付いた人間 が、心理学的な監督によって利益考量が習慣付けられ、イメージの操作によって被説得性の極致におかれる。

 その結果、警察が作り出す「警察のイメージ」を現実と認識することが正常の基準とされることで、「警察の現実」を現実と認識することで生まれる罪の意識や負い目の感情が、不合理な異常現象と見られているにすぎないのではないだろうか。

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