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『THE NEXT GENERATION パトレイバー 第1章』を観た。「パトレイバー」、「パト」(巡回する)「レイバー」(労働者)の悲哀が良く描かれている。

 総監督・監督・脚本押井守の『THE NEXT GENERATION パトレイバー 第1章』を観た。

 その中で、福士誠治演じる塩原佑馬(しおばら ゆうま)が、警視庁警備部特科車両二課(特車二課)の労働実態について語る場面がある。

 塩原佑馬のセリフを書き起こすと、おおむね以下の通りになる。

特車二課の24時間常時待機は、隊員たちの自己犠牲、つまり、個人生活の全面放棄によって、かろうじて成立しているにすぎない。

特車二課本来の二直制は、二個小隊の交代制。

すなわち訓練を課業とする早番の小隊と、即時待機任務につく遅番の小隊が、一週間ごとに交代することによって実現されていた。

第一小隊が実質的に消滅し、第二小隊のみで特車二課の臨戦態勢を維持している現在、二直制は、小隊6名のみで実現しなければならない。

これが、どういうことかと言えば、つまり、こうだ。

第二小隊6名は、装備する二機のレイバーを運用するために、二つの班で構成されている。

すなわち、一号機指揮官のオレ(塩原佑馬)、操縦担当の明(泉野明〔真野恵里菜〕)、キャリア担当の弘道。そして、二号機指揮担当のロシア女カーシャ(太田莉菜)と、操縦担当のアル中太田原、キャリア担当のパチプロ御酒屋、この二班が日替わりで即時待機任務につくと一体どういうことになるか・・・

準待機班の3名は、9時に前日の宿直班から即時待機任務を引き継ぎ、即時待機班となる。

宿直明けの3名は準待機体制に移行、帰宅は許されるが緊急事態に備えて、常に所在を明らかにし、携帯の電源を切ることは許されない。

総員出動がかかれば、それぞれが指揮車、レイバー、トランスポーターを運転するから非番といえども飲酒は厳禁。

で、即時待機班の3名は直ちに宿直に入り、翌朝の始業9時に準待機体制であった非番明けの3名に引き継ぐまで即日待機任務につくことになる。

つまり、24時間勤務。

このシフトを日替わりで維持するということは・・・

つまり、24時間勤務と8時間勤務を交互に繰り返すことを意味するわけだが、これを別の言い方で述べるならば、特車二課6名の隊員は、16時間のインターバルを挟んで常時任務中ということであり、最低睡眠時間の6時間と出退勤時間の2時間を除けば、個人として消費し得る時間は二日に8時間しかない。ということになる。

しかも6名全員が独身であるから、掃除、洗濯、炊事、買い物等、日常生活を維持するための活動時間も必要だから、プライベートの時間はさらに少なくなり・・・

そんなものがあるとすればだが、二人シフトのコンビニエンスストアと変わりない状況ということになる・・・

厚生労働省の見解がどうであれ、公務員足る俺たちに人権はない。

(「人権」という文字が画面いっぱいに大写し)

人権がなければデートする権利もなく、それ以前に、合コン、ナンパという手段で彼女をゲットする権利もなく、結果として、結婚する権利も、家庭を持つ権利も、子供をつくり育てる権利もなく、いや、それどころか、酒を飲む権利も、好きなものを食うに行く権利もなく、日々整備班の分隊飯と、上海亭の出前とコンビニ飯で、最低限の生存を維持することしか許されないということで・・・

俺たちに人権はない、従って青春もなく、自由もない。

あるものといえば、任務とレイバーと陰険なロシア女や、アル中のオヤジや、女房に逃げられた人格破綻者やなどの素敵な仲間たちだけであり・・・

では、それはいったい何のための状況かと言えば、つまり正義の実現のためなのだ。

(「正義」という文字が画面いっぱいに大写し)

さらにいうなら、隊長は一人しかいないので、緊急出動の呼び出しを除けば、通常勤務だけだ。

 塩原佑馬は以上のように語っている。


 ロボットものだから、戦闘シーンが多いのかと思いきや、『THE NEXT GENERATION パトレイバー 第1章』は、

 通常勤務のダラダラぶりと、緊急出動の誤報で緊張感が無くなっている様子などが描かれる。

 テンポなく繰り返される通常勤務や、誤報出動の同じような場面の繰り返し、くだらない冗談。

 警察無線での暗号(警察官を150と呼んだりする)での会話を暗示するかのような、警察暗号を使った非常識な冗談。

 現場の警察職員(警察官と一般職員)は、精神疾患の人々を数字三文字で呼んで、笑いのネタなどにしている。参与観察ではなかなか明らかにされない実態である。

 話がそれたが、『THE NEXT GENERATION パトレイバー 第1章』には、テンポなく繰り返される通常勤務の中で人の不幸を望むような警察官の心情(出動したい)、警察組織内の空気のようなモノも描かれているように思われる。

 そしてドラマの最後の方では、そんなテンポなく繰り返される通常勤務の中、「新宿副都心で建設作業用レイバー暴走事故」が起こる。

 妻に逃げられたレイバーの操縦を担当する労働者(現実世界でいえば、ユンボのオペレーター)が、労働者(現場作業員)を人質に取るという事件で、パトレーバーが出動する。

 緊急出動と言いつつも、建設機械の重機を搬送するようなノロノロ感。

 現場で隊長が発砲の決断をするが、誰が発砲の責任を取るかが、警察無線で、緊張感なくダラダラ語られ・・・

 明が、とりあえず、キャノンをぶっ放して、解決(?)する。

 明の発砲と同時に、タイムボカンシリーズを思わせる「キノコ雲」の画像が画面いっぱいに大写しになる。

 明が、とりあえず、ぶっ放したキャノンの一撃は、画面いっぱいに大写しになった「人権」「正義」という文字を、木っ端微塵に吹き飛ばす勢いである。

 なぜか、「キノコ雲」の画像に警察機動隊の特殊部隊の隊員と思われる写真が数枚写っている。その写真は、機動隊のジュラルミンの盾の裏の絵(ジュラルミンの盾の裏に絵や言葉が書かれている)に何処となく似ている。

リートン作:キノコ雲

 明のキャノンの一撃は、もう警察そのものをも木っ端微塵に吹き飛ばそうかというような描写になっている。

 押井守は、警備公安警察の捜査対象者にされちゃったんじゃ・・・

 と他人事ながら、心配になってしまうくらい凄まじい表現だ。

 塩原佑馬(しおばら ゆうま)の語りから判断すると、「パトレイバー」を運用する特車二課が、交番勤務を風刺しているという観方も可能だろう。

 交番勤務の労働条件については、このブログの「警察の怪談」で大阪府警と愛知県警の交番勤務の事例を警察官の自殺や過労死の事例に絡めて書いたが、あれは通常通り問題なくシフトが回っていても起こる話として書いた。

 塩原佑馬が語る特車二課のような現実は、まずないだろうと思っているかもしれないが・・・

 警察官が突然辞めたり、警察官が突然過労死したり、警察官が精神疾患を発症して突然長期休養、結構頻繁に起こる警察官の自殺などで、突然シフトに穴があき、シフトが通常通り回らなくなるような場合を想像すれば、実際の交番勤務で、特車二課の状況と変わらない状況が起こるということも、十分あり得るのである。

 そう考えると、『THE NEXT GENERATION パトレイバー 第1章』は、

 「パトレイバー」、「パト」(巡回する)「レイバー」(労働者)の悲哀が良く描かれている。

 パトを警察の比喩とみれば、レイバー(労働者)を警察(警戒査察)するという意味にもなり、警視庁警備部の仕事が何かを暗示しているともいえる。

 「パトレイバー」にあこがれて警察官になるヒトもいるかもしれないが、犬党に警察批判を飲みこませるための比喩的表現とみれば、『THE NEXT GENERATION パトレイバー 第1章』は、なかなか辛辣だ。

 塩原佑馬(しおばら ゆうま)の語りは、機動隊軍歌『この世を花にするために』(川内康範作詞 猪俣公章作曲) の2番の歌詞「恋も情も人間らしく しても見たいさ 掛けたいが それすら自由になりはせぬ この世を花にするために 鬼にもなろうさ機動隊」にも通じる。

 「塩原」という姓も、何かを暗示しているかのようにみえる。

 夏目漱石(夏目金之助)は、塩原昌之助のところに養子に出されて、塩原金之助と名乗っていたことを考えると、塩原佑馬の警察批判は、漱石(塩原)を暗示しているという深読みもできる。

 ただ、押井守が漱石が警察を批判したことを知っていればの話だが・・・

 ちなみに塩原昌之助も、漱石の実父同様、明治維新以降、警察的仕事をしていた時期がある。

 書き忘れるところだったが、明が、とりあえず、キャノンをぶっ放して、解決(?)する場面で、押井守が警察の「正義」をかなり怪しいものとして描いていることは、言うまでもないだろう。


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