ソウル11/17-18: KBSからホンデの夕暮れまで
昨晩帰宿したのが4時過ぎなので11時ごろまで起きられない。ソウル3日目、窓の外は雨。テレビはたいていKBS(公共放送)をつけるのだけど見るとNHKのど自慢みたいな番組を同じ日曜の同時間帯にやっている。前にジノンさんに「全国歌自慢」って言うんです、と教えてもらったやつだ。でもこちらは、歌い手と一緒に牛の着ぐるみ二人が網焼きの焼肉を持ってきて司会者のおじさん(韓国の知人編集者から1927年生まれですよ、とリプライが飛んできた。見た目タモリくらいなのに!)のみならずカメラマンにも食べさせたり、その着ぐるみの頭を取ってバラしたり、観客席はさながらおじさんおばさんのレイブ会場(野外)みたいになっていてかなりカオス。この日韓「のど自慢」で比較文化的考察をしたら面白いかもと思いつつ外に出ると傘に手応えある冷たい雨粒でまたも心が挫けそうになるが、編集者のナリさんお薦めの新しいカフェ「Fair」が近かったので雨宿り昼ごはん。薦められたままにダブルミルクコーヒー、とスコーン。濃厚でおいしい。ここもCoalmineと同じくエスプレッソマシーンとミルだけを置く広い手品台のようなカウンターで、客席は幾何学的で質素な本棚のような茶の椅子とテーブル。こういうスタイルはソウルでも多い。雨は止まないが昨日諦めたトンミョの蚤の市までタクシー。
関羽を祀るらしい堂の敷地沿いに延びた通りの向こうから黒いビニール袋を手に提げた人たちがやってくる。地べたに置かれた1カゴ300円の柿、木の切り株、何かのための壺、薄型液晶モニター、太鼓……など特に買うものはないし(笑)、物が多い店も少ない店もどちらも情報量が多い。期待していた古着屋はわりと通りの奥のほうに集まっていたけれど、4000円前後とそんなに安くはなくてFlamingoやChicagoでもっと良いものが買えそうでパスする。まずはここで試しに店を、みたいな若者が多い気もした。気になったレコード店まで戻り物色するが試聴もできず結構数ある韓国歌謡もわからずCDを2枚だけジャケ買い。すると店主のおじさんが冷蔵庫からヤクルトを1本渡してくれる。「노이즈(ノイズ)」と「Dr. Reggae」、どちらも当たりだった。財布周りは警戒しすぎだったかもしれないけど、わからない。途中、光化門の教保文庫に寄ってランキングや棚をリサーチ。エッセイの棚は『仕事の喜びと悲しみ(일의 기쁨과 슬픔)』という本が1位で1986年生まれの女性が作家だ。先日AsahiGLOBEに大きく書評が出ていた『90年代生まれがやって来る』の奥付は124刷(たしか)だった。激しい。
ホテルで少し仮眠して、UE終わりのジョン・ジヘさんたちに合流すべく歩いてマンウォンの津津本館へ。韓国人シェフがやっている中華の有名店。遅れて着くとSUNNY BOY BOOKSの高橋くんとブースを手伝っていた阿部龍一さん、エシュンさん、となりのブースだったイム・ジナさん、そしてジョンさん夫妻がすでに賑やか。出てくる料理(名物のエビ揚げパンが絶品!)に圧倒されつつ互いの近況を交換しているうちに満腹。会計がひとり2000円でびっくりすると「あとは僕が皿洗いやるんで」とジョンさんの旦那さんが冗談を飛ばす。以前働いていた店みたいだ。「コーヒー飲みましょ」と付いていくとエシュンさんのアパートがすぐそこで初めて韓国の人の(しかも女性の)お家に上がるので少し緊張する。エシュンさんジョンさん高橋くん阿部さんとで今年のUEの売り上げが例年よりあまりよくなかったことを分析会。悪天候もあれど今年ソウルではPublisher's Tableという独立出版物の別のフェアが9月に立ち上がったし、イラストレーターの集まるZINEフェアのようなものもあって、「オブジェクト」のようなミニUE的な常設店も市街にある。たぶんそうした選択肢が増えてUE一人勝ちではなくなったのと、もう11年目なので客の世代も1ターンしたのではとの結論になったが、本当のところはわからない。あとは日韓関係のことや(ユニクロをリアル店舗でなくネットで買ったり、日本にひっそり旅行したりすることを「シャイジャパン」と言うそうだ。韓国の人の造語センスはいつも面白い)最近韓国で売れている本について、ジョンさんがいま準備している新著(この1年でジョンさんがどっぷりハマってしまったBTSを中心に「自分の好きなものを見つける」がテーマのエッセイ)段々と強くなる雨足を外に聞き取りながら。先ほどの『仕事の喜びと悲しみ』の著者は元スタートアップで働いていた女性で、ソウルのスタートアップではみな英語のニックネームで呼び会うから次までにみんな決めとかなくちゃね、と1時過ぎにお開きにする。
微かな台風のように荒れた雨風の中を一人で心細く歩いていると銀杏並木から黄色い蝶の葉がはらはらと一斉に落ちていくのに見とれてしまって立ち止まっている。「木の葉が落ちる。落ちる。遠くからのように。御空の枯れしごとく」(リルケ「秋」)
4日目の月曜は晴れたけれどインナーダウンが必要だと思ったときには引き返すにもう遅かった。Coalmineに再び寄ってこのあとの打ち合わせの準備。韓国人の作家と会うことにしていて資料をもう一度読み返す。久々に緊張していて少し前のめりになってしまったかもとあとで反省したけれど思いが伝わったらうれしいと願う。ややほっとした気持ちでTHANKS BOOKSに入ると、先日のK-BOOKフェスのときに少し飲んだ店長のソンさんがカウンターでハッとし顔を上げる。店内をざっと物色して『仕事の楽しみと悲しみ』を見つけたがカバーが違うのでソンさんに訊くとこちらは独立書店販売用のカバーだと説明してくれる。先例はあるがこの大型書店と独立書店の共存のための仕組みは素敵だなとあらためて思う。今回最後の食事はそこから歩いて1分かからない「ソルネハノクチプ(솔내한옥집)」へ。清水さん亜沙子さんが「一人でも入りやすいおいしい店」として教えてくれた店(コウケンテツ『僕の大好きな、ソウルのおいしいお店』所収。良い本です)。韓屋(ハノク)の扉を開けるとオモニとアジョシが只今昼ご飯中だったけれど「どうぞどうぞ」と。薦められていた麦ご飯のビビンパと白菜のチヂミ、とビール。見目もあっさりな8種のナムルに戸惑っていると「こうするのよ」とオモニが麦ご飯の中にぶっこんで混ぜ混ぜしてくれる。それに胡麻油をかけて食べるとすごくおいしいのだけどこの胡麻油単体でを何度もスプーンで飲んだ。白菜チヂミは白菜2~3枚に薄〜く衣をつけて炒め上げたもので旨みが出ていて絶品だった。胡麻油も自家製ですか?と訊くと「近くの市場で作ってるのよ」(といった風の)答え。「カドゥ、ソドテヨ?」「クロムニョ」「ハングッマル、チャ〜ラシネヨ〜!?」「アジッ、モロッソヨ〜」。韓国語はまだごく基本的な会話しかできないのだけど、韓国の人たちはそれがとてもすごいことのように言葉のお土産をつけて数倍にして返してくれるので、楽しくなる。でもこの通じる喜びはなにも外国語だけでなく普段の日本語の会話でも同じなのだと思うがそれはいつも背景へと消えていく。「世界には『奇跡の風景』というべきものがあると人たちは伝えるけれど、風景が奇跡なのである。風景がある、ということがすでに原的に、奇跡なのである」(見田宗介)。風景と言葉は同じだろうか、それとも違うだろうか。金浦に着くともう夜が下りていた。
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